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120. ファルハナ

 ファルハナにいるシャヒードには十三人の仲間がいた。


 マリアム、アラム、ビーティなどの顔なじみ、そこにフィンドレイ将軍との戦いでシャヒードと共に戦った弓兵たちだ。


 元冒険者ギルドの受付嬢、四十代後半のマリアムは女中として領主館に入り込んで、ファルハナの現支配者アジィスの動向やその軍の実態をシャヒードに伝えていた。


 ビーティの父親、〈宵闇の鹿〉のオーナーシェフは魔物に食い殺された。

 ビーティが悲嘆に暮れているところを一応顔見知りだったシャヒードに保護されてから、ノーラ――ラオ男爵――の救出に協力している。


 彼女の仕事はアジィスたちのいる領主館に入り込んで、地下牢のノーラやガネッシュ、シェイラ、ナッシュマン、それにファニングスにスリット状の集光口から食料を渡すことだ。それぞれが独居房に入れられているので、それぞれに渡していかなければならない。


 スリット状の集光口は地下牢から見れば斜め上に伸びているため、外から食料を転がすだけで地下牢に閉じ込められている彼らに手渡せる。


 少女と言ってもいいほど年若いビーティはアジィスの兵とも顔なじみになっていて、丸パンの賄賂を渡すことでその行為を見逃されていた。


 ファルハナの状況は一言で言って、最悪だった。丸パンの賄賂が効力を持つくらいに食料事情は最悪だったし、安全な場所はもうどこにもなくなっていた。


 フィンドレイ戦のおり、魔導士シュワバーの質量攻撃で受けた城壁の穴から魔物たちは大挙して街の中に入ってきていた。


 かつて、五万人が暮らしたこの街は政変で二万人にまで減り、ノオルズ公爵の支配により、さらに多くの街の人が逃げ出して、一万人を割るようになっていた。そこにアジィスの恐怖政治で、更に五〇〇〇人近くの人々が街を去った。


 魔物の襲来は最後に残った五〇〇〇人にとどめを刺した。


 今や街の中には魔物の姿もさほど見られない。もう獲物になる人間がいないのだ。唯一魔物が集まるのは領主館の周りだ。


 かつて、マイルズやバルタザールが衛兵をした領主館の外塀の門では、アジィスの生き残りの兵と魔物たちが殺し合いを演じている。


 ただ、魔物の性質なのか、人間の数に応じた魔物しか集まってこない。外塀の門の前に群がるのはせいぜい数十体だ。


 二千人いたアジィスの兵も、元はと言えばダロスの近衛兵を主力とする各領地で糾合した貴族の手勢の集合体だった。多くの貴族たちはノオルズ公爵が一揆で殺されてしまうと、手勢を連れて領地に帰ってしまった。


 残ったのは、津波の時に共にダロスを脱出した七十八人の生き残り五〇人と、ホルストで加わった兵たち五十人の生き残りの四十人、合わせて九十人弱だった。ホルストで加わった兵たちは街が津波で壊滅していることで、帰るところがないから、ここに残ったに過ぎない。



 ◇



 アジィスはそんなファルハナの領主館のバンケットルームで一人、首座に座って、ワインを煽っていた。


 突然立ち上がると、まだ中身の残るワイングラスを壁に放り投げた。


(なんだ、この状況は!)


 ノオルズ公爵が一揆で殺されたとき、アジィスは自分の時代が来たと思った。

 しかし、今、自分に残されているのはこの領主館だけだ。ファニングスから取り上げた食料も残り少なくなってきていた。兵には配給量を減らしているが、いつかは尽きるだろう。アジィスはこんなことならファルハナの支配なんてしなければよかったと後悔していた。


 今や一〇〇人にまで減った兵をただ食わせて、領主館を防衛するだけの毎日だ。それにしてもテッポウとは何だったのか。結局、ラオ男爵はかなりの話をしてくれたが、技術者がいない中、それを再現できるはずもなかった。


 ファルハナを飛び出しても、魔物に取り囲まれて死ぬのが関の山だ。それにどこに行けというのだ。ノオルズ公爵が死んだ今、アンダロス王国の威光――そんなものが残っているとすれば、の話だが――も使えない。



 ◇



 ノーラは厳しい冬を生き永らえた。気温が温かくなってくると、ずっと咳き込んでいたのも幸いにして治った。なによりもシャヒードの存在が大きかった。冬の終わりのある日、スリット状の集光口の上から紙にくるまれた丸パンが転がって来た。紙には反乱軍のことが書かれていて、ノーラに希望を抱かせた。また、鉄砲の秘密を守る必要がないとも書かれていた。それを知ったとしてアジィスには再現の方法がないからだと理由づけられていた。


 ノーラは鉄砲の秘密を小出しにしながら、自身と両親、それに騎士たちの命を永らえてきたのだ。



 ◇



 しかし、夏になった今、反乱軍はとっくに解散していた。シャヒードはノーラたちの解放がいまだに出来ていなかった。


 戦闘員は自分を入れて十一人しかいない、それで領主館に斬り込んだとして、アジィスの兵はまだ百人程度いるのだ。無謀だった。


 かつて魔物がまだ襲ってきていない時、反乱軍としては、アジィスの食料搬入を阻止して横取りして、民に分け与えたりしつつ、ノーラ救出の機会を待っていたが、魔物の襲来で様相が全く変わって来た。


 アジィスの軍団は空中分解して、民への影響力がなくなった。領主館に閉じこもり、ただただ自分たちの身を守っているだけだ。反乱軍としての存在意義を失ったと言ってもいい。


 今、シャヒードが出来ているのは、ビーティやマリアムを魔物襲来の危機から救い出し、彼女たちの協力を得て、虜囚になっているノーラたちになんとか食料を届けることだけだった。



 ◇



 アラムは、自分は参加しなかったが、住民一揆に期待していた。ノオルズ公爵を追放して、ラオ男爵が復権すれば、昔のように愛着のあるこの街でまた商売が出来ると期待していた。しかし、実際に起こったのは単なる支配者の交代だった。ノオルズ公爵が死に、アジィス近衛団長がファルハナの支配権を得た。アジィスの支配はノオルズ公爵よりもさらにひどかった。


 もうこの街では商売ができないと悟った。冬が明ければこの街を出て、オーサークに身を寄せようと決めていた。それも魔物の襲来で身動きが取れなくなってしまった。


 こうなったら、もう、この街で生き残るしかない。そこにラオ男爵の騎士だというシャヒードが現れた。彼が言うには反乱軍としてアジィスに抗っていたが、もはやアジィスはただ領主館に閉じこもる寄生虫にすぎない。反乱軍は解散したが、まだ大切な目的が達成できていない。それはラオ男爵たちを地下牢から救出することだ。ついては商人としてアジィスたちに顔つなぎが出来ているアラムに頼みたいことがある、と。


 アラムもラオ男爵の復権しかこの街の希望はないと思っていたので、マリアムをアジィスに女中として雇わせて、情報を収集する協力をしていた。


 しかし、日を経るごとに街の状況は悪くなっていった。もう街には誰もいない。逃げたか魔物に食われたかは分からない。


 人のいない街を復興させたところで何の意味があるというのか。アラムもシャヒードと同じく、ラオ男爵たちの救出はしたいと思っていたが、その先にある街の復興はもはや諦めていた。


 店の在庫もアジィスに供出させられたり、消費したりでほぼなくなっていた。


 あの時、ニケたちと一緒にオーサークに行っていれば、今頃、商売が出来ていたのかもしれない。そんな後悔も少しはあるが、しかし、今更考えても仕方がない事だ。


 アラムのかすかに残る希望はこのまま生き残っていれば、いつか、もしかしたら、魔物が引いて行って、この街を脱出できるかもしれない、という非常に希薄なものになっていた。


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