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12. 用心棒の条件

「条件は三つある。ひとつ、ああ、その前に俺は森に籠っていたから金の価値が分からない。それをまず教えてくれないか?」


 ジンは金額を提示しようとしたが、そういえばアンダロス王国の貨幣に関する知識は持ち合わせていないことに気が付いた。


「ああ、ジンさまには本当に驚かされますね。わかりました。ちょっとお待ちください」


 クオンは席を立つと奥の部屋にはいって行った。


 今いる部屋には残されたジンとニケ、それにツツ、そしてクオンの家族であるクオンの妻と子供たちがいる。


 気まずい沈黙を気にして、クオンの長女と思われる女の子が同年代に見える獣人であるニケに話しかけた。


「ニケさん、だよね? どこから来たの?」


 訊かれたニケは一瞬、ジンの顔を見てから、クオンの長女の顔に向きなおした。


「魔の森の向こう、アスカだよ」


「魔の森の向こう! 魔の森を超えてきたの!?」


 クオンの長女が驚いたかのように反応した。


「いや、あのね、見ての通り、私、獣人だよ。獣人はみんな魔の森の向こうが故郷なの」


 リアはもちろんそんなことは知っていたが、ただ単にこの沈黙をどうにかしたかっただけだった。


「……そ、そうだよね。あ、私、リアっていうの」


「ニケ、だよ」


 ニケもどう返事していいかわからず、リアがすでに知っているはずの自分の名前を告げた。


 そんな会話にならない会話がまた途切れ、沈黙が気まずさに変わりそうなそんなタイミングでクオンが奥から戻ってきた。


「ジンさん、お待たせしました」


 そう言って、食卓にジャラっとアンダロス王国の貨幣らしき金属のメダルや四角い銅片を広げた。


「これが銅貨です」


 そう言って四角い銅片をつまみ上げる。


「それで何が買える?」


「ははは、近頃はこれでは何も買えません」


(なるほど、一文銭みたいなものか)


 ジンはクオンの返答を聞いて、自国通貨の価値に置きなおしながら、その価値を推測してみた。


「そうですね、五銅貨もあれば街で安い朝食が賄えます」


(ん? 若松でかけそばが二十文くらいだったから、感覚的には一銅貨は四文くらいのものか)


 クオンは小指の先ほどの銀貨を見せる。


「十銅貨でこの小粒銀です」


 ジンは驚いた。


(なんと! この世界では銀が驚くほど安いのだな!)


 一朱銀ほどの大きさのある小粒銀の価値が、銅貨十枚で賄えるとは、江戸時代末期を生きてきたジンには信じがたい兌換率であった。


 銅銭一枚は一文、そしてそれが二五〇枚ほどあってやっと一朱銀、ちょうどこの小粒銀ほどの大きさの銀に交換できたのが江戸時代末期の日本だった。


「この小粒銀が十個あれば銀貨一枚になりますが、残念ながら、この家には今はありません。情けない話ですが、ここ二年、そんなお金を見たこともありません」


 不器用なジンはどう返事していいか一瞬悩んでから、眉間に小じわを作り、同情を示す。


「そうか。それは大変だな」


「いえいえ、まあ、この村は農村ですから、野盗さえいなければ、別に自給自足で生きていけますので。で、もちろんこの家にはないのですが、十銀貨で一金貨になります」


 金貨一枚は銀貨十枚、銀貨一枚は小粒銀十枚、小粒銀一枚は銅貨十枚、というわけだ。


「で、この銅貨を一ルーンと呼んでいます。つまり、金貨一枚は千ルーンなわけです」


(なるほど、これは日本の貨幣制度よりよっぽどわかりやすいな。いや、そうじゃない、つまり銀貨と金貨の兌換率が常に一緒ということだ。だとすると、この世界ではさほど商学は進んでいないのかもしれないな。でなければ、金貨や銀貨を鋳つぶせば利ザヤが出るということに商人が気づかないはずがない)


 ジンが会津にいたころ、まだ〈経済〉という言葉は日本にはなかったが、藩校では〈商学〉として大坂で行われている先物取引、それに幕府財政や藩財政の講話を受けたことがあった。


 それで、ある程度の商業に関する概念は持ったジンだったが、そのさほど深くない知識と照らし合わせてもこの貨幣制度は穴だらけのように思えた。


 ただ、ジンはずっと先になって初めて金貨を手にしたとき、この憶測が全く的を得ていないことに気づくのであるが、それはまた後日の話だ。


「ふむ。大枠、理解できた。では、一つ目の条件だ。期間は三〇日。一日五〇ルーン。一日三食付きだ。三食は俺とニケ、そしてこの狼、ツツにも与えてほしい。これが報酬の条件だ」


「承りました」


「二つ目の条件、それはこの村から若者を十人見繕(みつくろ)ってほしい。俺が剣術を教える。俺がいなくなって、自分たちで身を守れないのは困るだろう?」


「わかります。いえ、ジンさま、ありがとうございます。ジンさまがいなくなった後のことまで考えてくださるなんて、感謝に堪えません。ですが、その、私自身を含めたとしても十人も若者などいないのです」


「どういうことだ? この村には二十戸ほど家があるではないか?」


「ジンさまが助けに来られた時、腹を刺されて息絶えたものがいたはずです。あの者はオールトという働き者のよい男でしたが、ああして亡くなってしまいました。

 野盗が襲ってきたのはもちろん今回が初めてではありません。もう何度も襲われて、抵抗する者……特に若い男がそうしてしまいがちなのですが、抵抗するとあのように殺されてしまいます。

 もう、二十二軒の家に残っている若者、というか働き盛りの男女は私たち二人を除いて、三人しかいないのです。」


(そこまで虐げられて、ただ奪われて、それでもこの土地にしがみついて生きてきたというのか?)


 ジンはグッと歯噛みする。


「なら、剣術訓練はその五人でいい。残りの動ける者たちはこの村の防衛力を高めるために労力を出してほしい。抗う力を持つのだ。そして、最後の条件だ。俺が去るとき、引き止めないでほしい」


「そ、それは! ……わかりました。引き止めません」


 クオンは内心が見透かされたことに気づき、思わず言葉に詰まったが、了解するしかなかった。


 ジンはクオンが最初から引き留めるつもりで依頼してきているのを十分わかっていた。


 しかしながら、初めてこの世界の人間界に出てきたジンとニケは一文も、いや、一ルーンもお金を持っていなかったのだから、これでは行く末、大変な不便を強いられるだろうということで、ニケは反対の様子だったにも関わらず、この提案を受け入れることにしたのだ――引き止めないことを条件に。


 だからこそ自衛力を養わさせるために剣術を教えることにした。ジンが去った後、一回でも野盗が襲ってきたら、皆殺しにあうのを分かったうえで、そんな村民を置いて去っていくのはあまりにも寝覚めが悪いというものだ。


第11話、第12話が共に短いので、まとめて投稿しました。

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