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119. オーサーク

 そのころ、オーサークでは後退戦をやり切ったサルミエント将軍が、預かったドゥアルテ大隊とサワント公国軍を連れて、オーサークに入城していた。


 ついに、オーサークの外で魔物軍を押し戻す勢力がいなくなくなったことで、オーサークは最前線となってしまっていた。


 西門前に押し寄せる魔物については、スコルピオン一〇台が時々爆裂矢を放ち、一撃で十数体から二十体を葬り、スコルピオンを逃れた魔物は鉄砲兵の銃撃で、城門前一〇〇ミノルにすら近寄れない。


 しかし、魔物は街道上に固まってはいるが、街道を離れて、オーサークの街を迂回するようにして東に行こうとする魔物もいる。放っておけば、オーサークの街の脇を抜けて、パーネルに向かってしまう。ウォデルのように橋の防衛に徹せばいいのとは違う。オーサークは街道上にあるだけで、魔物を完全に遮断することはできないのだ。


 幸い、ウォデルとは違い、オーサークには銃騎兵がいる。今や将軍となったバルタザールは銃騎兵隊を率いて、その機動力と遠距離打撃力を活かして、反対側の東門から出撃すると、街を迂回してパーネル方向に向かおうとする魔物を掃討していく。ただし、この出撃は昼も夜もない。間断なくやって来る魔物をオーサークより東に行かせないようにしなければならなかった。


 一方、サルミエント将軍もサワント公国軍とドゥアルテ大隊を率いて、オーサーク北部の農村――かつて帝国が焦土作戦を行おうとした地域――に分散してしまった魔物掃討の任に全力を注いでいた。サワント公国王室のスカリオン公国内での立場は彼の肩にかかっていると言ってもよかった。


 そんな防衛戦を行うオーサークに、竜騎兵メルカドがジン別動隊から遣わされた。オーサークの、ひいてはパーネル、いやスカリオン公国防衛の事実上の総責任者になっているインゴにどうしても伝えたかったことがあったのだ。


「セイラン卿! ジン殿、ついにウォデルの街に入りました。ウォデルではチョプラ川の西岸に魔物を押しとどめています。ジン殿が芋の道を西に行く過程で、多くの領主と話す中、各地の領主から出兵や物資の支援を受けております。領主たちの悲願はファルハナの復興です。ここ、オーサークは帝国を支える鉄砲と弾薬を作るのが精一杯です。ファルハナに望まれているのは北部穀倉地帯の守りに必要な鉄砲です。帝国臣民として、帝国に鉄砲を出来るだけ多く送ってほしいのはやまやまですが、アンダロスの北部穀倉地帯がやられれば、帝国も立ち行きません。ファルハナ奪還の暁には鉄砲製作の技術者をファルハナに返してやってほしいのです」


 メルカドはすっかり帝国軍人であることより、イスタニア全体を見渡して判断する人になっていた。それはそうだ。帝国に飛んで帰ったり、ジンと同行したり、ジンの行く先々の状況をその目で見ているのだ。実際にその目で見ているという点では誰よりもイスタニア全土の状況を知っているのがこの竜騎士であることは間違いなかった。


「モレノやヤダフのことだな。彼らは今やスカリオン公国の臣民だ。ここに来た時、彼らにそう宣誓させたと聞いている」


「しかし、セイラン卿、北部穀倉地帯が魔物に落ちれば帝国もスカリオン公国も地獄に落ちます。卿もそれは分かっていらっしゃるはずです!」


 若いメルカドには勢いがある。インゴはそんな勢いが嫌いではない。


「まあ、落ち着け。モレノやヤダフの弟子たちがここオーサークに育っておれば、問題ない。帝国にもオーサークにも鉄砲や弾薬を供給し続けられるだろう。もし、未だに二人がいなければ立ち行かないような状況であれば、それこそ、お前の提案はベラスケス王子が聞けば激怒するような話になるぞ。場合によっては反逆罪だ」


「殿下はそんな狭量な方ではありません!」


「そ、そうか、まあ、分かった。少し時間をくれ。今の鉄砲製造の状況を儂自身もよくわかっていないところがあるのでな。モレノやヤダフに話を聞いてくることにして、判断はそれからだ。いいな?」


「はい、セイラン卿、ありがとうございます」


「で、メルカド、帝国の状況はどうなのだ?」


「すでに西半分は壊滅状態です。帝都ゲトバールより一〇〇ノル西の城塞都市で、鉄砲の輸入もあって何とか防いでいる状況ですが、ここが破られれば、あとは帝都で魔物を防ぐしか方法はありません。帝国の弱点を晒すようで気が引けるのですが、こんなことは卿にも分かっておられると思いますので、言いますが、帝国は食料自給率が非常に低く、サワントからの食料輸入、イスタニア湾を通じてイルマスやパーネルからの食料輸入に頼っている面が大きいのです。今やサワントは頼れません。もし、アンダロスの北部穀倉地帯がダメになれば……」


「メルカド、もう良い。分かっておる。誰しも自国の民が飢え死にするのは見たくないということだ。十分に理解できる。しかし、理解しておけ。もし、未だにオーサークがモレノやヤダフがいなければ鉄砲が作れないような状況であれば、彼らをまだ取ってもいないファルハナに行かせることで、帝国に供給できる鉄砲もなくなってしまう、ということを。だから、儂がそれをまず確認する。いいな?」


「……出過ぎたことを申し上げました。単なる連絡係にすぎない若輩の戯言と、お聞き捨てください」


「なに、そう自分を見下げる者ではないぞ、メルカド。お前は一番よくイスタニア全土を見ているではないか」


「セイラン卿、ありがとうございます。攻め込んだ帝国に対する思いもあるかと思います。ですが、帝国臣民には罪はありません。どうか、見捨てないでほしいのです……」


「のう、メルカド、イスタニアは今や一つだ。どこがどうダメになっても立ち行かぬほどに追い込まれておる。皇帝陛下にもそのことを分かってほしいと、この老骨は願うばかりじゃ。いつかお前が帝国で取り立てられて、イスタニア全てのことを考える帝国政庁が築かれることを儂は祈っておる」



 ◇



 インゴはメルカドに献策された通り、すぐにヤダフとモレノを呼び出そうとした。しかし、なかなかつかまらない。工房にいないのだ。


 インゴに遣わされたオーサーク政庁の役人が、ヤダフやモレノの周りの人間に聞き取りを行うと、最近はちょっと工房で仕事をするとどこかに行く、とのことだった。


 情報機関を使うことにした。いったい彼らはどこに行っているのか、と。彼らの居場所を調べるためにはいささか大げさではあるが、メルカドを待たせてある。無駄にする時間はない。


「セイラン様、場所が分かりました。彼らは〈鹿肉料理サマル亭〉という料理屋に入り浸っております」


 インゴは報告を聞いて、あまりの馬鹿馬鹿しさに大笑いした。


「つまり、そういうことだ。彼らがいなくてもとっくにオーサークの鉄砲製造は十分回る、ということだ」


 実際の話はこうだ。ヤダフの作る銃身は精密でまったく狂いのない素晴らしいものだったが、他の量産品と一緒に扱われて、ヤダフは少しへそを曲げていただけで、モレノはモレノでジンが言い残して行ったリボルバーの仕組みや大鉄砲の銃身の素材を考えていろいろと試作してみたもののうまく行かず、ここのところしばらく飲んだくれていただけだった。そこにファルハナの〈宵闇の鹿〉に似た店を見つけたものだから、懐かしさも手伝って、弟子たちに大方の仕事を任せて入り浸っていたのだ。



 ◇



「モレノ、俺はな、今でも最高峰の銃身を作っているぞ。だがどうだ。出来上がった銃身の扱いは他のへたくそな連中が作った銃身と同じ扱いだ。命中精度も絶対に違うはずだ。だというのに、この扱いだ。なんというか、最近、ジンがこの話を持ちかけてきたときの興奮はいつの間にかなくなってしまっている」


「ふん。お前のは甘えだ。贅沢だ。俺はな、必死になって()()()()()と言われる機構を考えておったが、どうにも無理なんだ。俺の場合はお前のように腐っているのではない。ちょっとした気分転換だ」


「と、言う割に、俺とお前はこうやって昼から飲んだくれるのは既に六日目だがな。えらく長い気分転換ではないか。え? わっはっはっは」


 ヤダフは空笑いで言葉を終えると、六日も連続で飲んだくれる彼らに会話の種はもうなくなっていた。


「まあ、こうして、愚痴を言いながら飲めるのは、このオーサークを駐屯兵やパーネルの軍、それにサワント軍が守ってくれているおかげだがな。それでもいい加減、何かの役に……」


 モレノが言い終わらないところに身なりのしっかりとした老偉丈夫が現れた。


「その方たちがヤダフとモレノだな?」


 そう断定的に言うと、老偉丈夫はヤダフとモレノが座るテーブルの余っている椅子にどっかと腰を掛けた。


 二人とも驚いて、ただ無言でその老偉丈夫を眺めていると、彼が話し始めた。


「驚かせて済まない。儂はインゴと申す」


 二人はまだインゴに会ったことはなかったが、名前はもちろん知っていた。


「セイラン卿であらせられますか?」


 モレノが応じた。


「大げさな名前で呼ぶでない。儂はただのインゴじゃ。それより、昼の日中からお主らは何をしておる?」


「インゴ殿、見ての通りです」


 半ば自嘲気味にヤダフが言った。


「昼間っから飲んだくれておる、と?」


 インゴは念を押した。


「ええ。もう俺らの出番はないようでして」


 ヤダフは続けて、自嘲気味、且つ、自暴自棄気味にそう言った。


「それは重畳! まさに、重畳!」


 すると、インゴはこれぞ待っていた答えだと言わんばかりに手を打った。

 ヤダフもモレノも、多少怒られると思っていたところに、この反応で面食らっていた。


「ああ、すまぬ。直截に言う。お前たちが公王陛下に忠誠を誓ったことはよく知っておるがの。だが、お前たち、ファルハナに戻ってほしいのだ」


 二人とも驚いてインゴのその言葉に応じることができない。


「ファルハナを鉄砲の街として復活させる。これはスカリオン公国、帝国、そして最も大切な北部穀倉地帯の領主たちの総意じゃ。ただ、今はまだその段階にはない。ジンたちが必死になって戦っておる。ファルハナを奪還したらいち早く赴いて、鉄砲の製作が出来る状況をお前たちに作り出してほしいのだ」


「インゴ殿、と言うことはつまり、その、オーサークに俺たちは要らない、と言うことでしょうか」


 モレノは確認した。


「うむ。直截に言えばそう言うことだ。その証拠にお前たちがこうやって飲んだくれていても、鉄砲の製造に大きな影響がない」


 インゴは鉄砲の製造数はしっかり把握していた。しかし、内情がこうなっている――ヤダフとモレノが飲んだくれていても鉄砲製造に遅れが出ていない―――ことまでは知らなかったが、今、知ったわけだ。


「し、しかし、インゴ殿、奴らが作る鉄砲の精度はまだまだです!」


 ヤダフは言わざるを得なかったが、それに対するインゴの返事には取り付く島もなかった。


「ヤダフ。しかしな、兵たちが求めているのはお前の作る芸術品ではないぞ。そんなものは『ヤダフ印』とかなんとかを付けて、エディス殿のような凄腕にだけ渡るようにすればよかろう。今、オーサークや帝国が必要なのは、数だ。質はある程度でよい」



 ◇



 竜騎士はあまり重い荷物は持てない。持てる弾薬はせいぜい五〇発程度。それ以上重くすると、ワイバーンがうまく飛べなくなる。ジンに頼まれた通り、ウォデルに少しでも多くの弾薬を渡すため、五〇発の弾薬の入った背嚢(リュック)を担いで、ワイバーンに跨った。


「セイラン卿、では技術者の話、ありがとうございました。またウォデルの戦況や、ジン殿の状況を伝えにやってきます。技術者たちにはオーサークを発てる用意だけでもお願いいたします。いまウォデルにいるフィッツバーン男爵に許可をもらって男爵領から一〇人程度護衛を出せるか聞いてみます。技術者たちが西に移動するとして国境街道は使えませんので、オーサークからは南の森越えになります。さすがに非戦闘員の技術者たちには酷でしょう」


「メルカド殿、お主はそこまで考えておったのか。護衛の件は心配するな。ヤダフとモレノが実際に出発する段になれば、こちらで用意する」


「何から何までありがとうございます。では、行ってまいります!」


 メルカドはそう言い残すとワイバーンの首筋を軽く叩いて合図した。すると、ワイバーンは大きな翼を広げて力強く羽ばたくと宙に浮いた。


 見送るインゴは飛び去って行くワイバーンを見ていたが、あっという間に遠く南西の空に消えた。


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