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118. ウォデル

 ウォデルはパディーヤ以上に強固に作られた城塞都市だった。城塞の西側はチョプラ川に面しており、東側の門は芋の道に直結している。まさに巨大な関所の体裁(ていさい)だ。


 東側の門に到着したジンたちは、すぐに衛兵にリヨン伯爵から預かったミルザ伯爵宛ての手紙を渡した。東門の前で待たされること二テッィク、日が西に落ちて、ジンたちは城壁の日陰に入れるようになって、ようやく暑さから逃れられる、と思っていたところに衛兵がやって来た。


「隊長殿! 隊長殿はおられぬか?」


「衛兵殿、ここに」


「大変お待たせして申し訳ございませんでしたが、許可が下りましたので、お入りください。門の向こうで伯爵がお待ちです」


 二ティックもかかったのは、なにも勿体ぶっていたわけではない。単純のこの街は巨大なのだ。東門からチョプラ川に面する西門と繋がって建っている領主館、いや、この城塞都市にあっては天守閣と呼んだ方が相応しい建物まで、馬でも一ティック弱はかかってしまう。その距離およそ十三ノルもあるのだ。


 ジンたち、二四〇人の軍が入城すると、貴族らしい装束のまだ十代後半と見られる若い男性が騎馬で、いた。ミルザ伯爵だ。


 まだ十七歳か十八歳くらいだろう、少年と言ってもいい見た目だ。背が高く、端正な顔に優しそうなまなざしは、気弱そうにも見える。


「ジン殿、ジン殿はおられるか?」


 少年特有の良く通る声だ。


「はい、私がジンです。伯爵閣下であらせられますか?」


「ジン殿か。ああ、私がミルザ伯爵だ。ジン殿、よく参られた。リヨン伯爵の手紙、読ませてもらった」


「ありがとうございます。それで、渡し船の手配は可能でしょうか?」


「うむ。まずはそのテッポウとやらの評価が先だな。それのためにファルハナ奪還が叫ばれているのだろう?」


 見た目の優しさに反して、この少年には甘いところがない。


「評価、ですか?」


「ああ、簡単だ。西門に行けば群がる魔物たちと対面できる。特にトロルはやっかいだ。矢を数十発受けても倒れない。挙句の果てには西門に巨体で突っ込んでくるものだから、結局は魔導士や接近戦が得意な剣士を繰り出しては倒しているが、あれがもし一度に三体以上襲ってきたら西門は破られる可能性すらある。リヨン伯爵の手紙にはそれを一撃で倒す、と書いてあった。それを見せてくれればいい」


 まるで少年の顔をして大人顔負けの言い草だが、竹で割ったような性格をしているのか、虚勢を張っているかはわからないが、貴族らしい面倒臭さは見られない。ジンにとってはやりやすい。


「ミルザ伯爵? というか、ガラルド様ではないですか……ガラルド様がミルザ伯爵になられたということは……」


 ジンの後ろにいたフィッツバーン男爵がそう声をかけた。


「ああ、父上は身罷(みまか)った。なに、不幸な死に方ではなかったぞ。一番最初の魔物の波の時、街を守るために身を挺して門を守りきった。貴族として男として私は父上以上の働きをして見せると誓った。……と、そんなことは今どうでもよい。ジン殿、早速天守閣に来てもらえるか?」


「はい。参りましょう。……ドゥアルテ殿、歩兵隊を任せてもいいか? マイルズとエディス、それに銃騎兵隊を連れて騎馬で先行しようと思う」


 ジンは話が早いのが好きだ。鉄砲の力を見せよ、と言うのであれば、十三ノルもある東門から西門までの移動を歩兵たちと一緒に歩いていたら、文字通り日が暮れてしまう。すでに夕刻だ。日が暮れてしまえば、鉄砲での狙い撃ちは難しくなる。


「ああ、任された。ジン、鉄砲隊の力、伯爵に見せてやれ」


 ドゥアルテが応じた。


「では、伯爵閣下、行きましょう。……マイルズ、エディス、銃騎兵隊、私に続け!」


 ジンが号令をかけると、ミルザ伯爵と衛兵が馬の鼻を西に向けた。それを見計らって、ジンは愛馬マイルに気合を入れると、三十騎の銃騎兵隊もそれに続いた。



 ◇



 西門に着くと、ジンはマイルズに銃騎兵隊の指揮を任せて、閉まっている西門の前に待機させた。


「マイルズ、こういう手はずだ。よく聞いてくれ。エディスに城壁かこの要塞の上から大物をやらせる。残ったオーガやゴブリンなどの小物を銃騎兵隊で掃討してほしい。門を開ける前に門の格子越しに橋の上の敵を掃討した方がいいだろう。門を開けるタイミングなどは伯爵と相談して決める。門が開けば、大物はもう近くにいないはずだ。自信をもって門の近くの小物たちを掃討してくれればいい」


「ああ、分かった。任せろ」


 ジンとエディスは、ミルザ伯爵と共に天守閣に登って行った。


 天守閣の上から見る、西の景色は何ともおどろおどろしいものだった。西日の逆光に影を長くする無数の魔物たちがチョプラ川の岸に群がっている。特に西門に繋がるウォデル大橋の上には隙間もないほどの魔物がいた。


「伯爵閣下、あの橋を落とせば、魔物は来られないのではないですか?」


「ああ、ジン殿、その通りだ。だが、あの橋は石造りの頑丈な橋だ。あれを落とす手段がない。魔導士を使って質量攻撃も考えたが、中途半端に壊しても魔物を防ぐことにもならない」


「そうなのですか」


 ジンはふと火焔玉の爆発なら橋を落とせるかもしれないとは思ったが、火焔玉でも上から落としたところで、橋に穴をあける程度が精いっぱいだろう。それではどうにもならない。やはり橋げたを破壊して、橋全体を水没させなければならないとするなら、橋げたに火焔玉を大量に仕掛ける作業が必要だ。魔物がひしめく橋の下に行ってそれを行うのは不可能だ。


「それで、ジン殿、用意は良いか?」


「はい。……エディス、あのトロルをやれるか?」


「うん。ちょっと暗くなってきたし逆光だから面倒だけど、何とかなると思うよ」


「では、頼んだ」


 エディスが旧式の鉄砲を構えた。狙撃ではこちらの方が慣れていて使いやすいそうだ。何でも新式の元込めタイプは左右のバランスが今一らしい。


「……撃つね」


 エディスは狙いが狂わないように小さくそう呟いた。


 バン!


 発砲音がして、二五〇ミノル先のトロルが仰向けざまに倒れた。


「まだまだ行くよ」


 エディスはそう言いながら、薬莢を装填する。

 ミルザ伯爵はただ目を見開いて、無言でその様子を見ている。


 バン!


 さっきのトロルから少し北側にいたトロルがまた倒れた。

 あと一匹。


 次は三〇〇ミノルほども離れている。


「あれはちょっと難しいかな……」


 エディスは独り言ちながら、右手の人差し指を咥えて、唾液を付けてから風向きを見た。自分が女であることを全く意識しないその動きに、ミルザ伯爵もジンも少し照れた。


「でも……行けるような……気が……する!」


 エディスは『する!』の発声と共に発砲した。はたして、三〇〇ミノル先のトロルの眉間に弾丸は突き刺さった。


 ただただ驚いて、無言でいたミルザ伯爵がようやく口を開いた。


「これは、エディス殿がすごいのか、鉄砲がすごいのか……」


「へへ、伯爵、その両方だよ」


 エディスは得意そうにそう言った。


「伯爵閣下、エディスは名手ですが、一〇〇ミノル先のトロルなら、二日も練習すればだれでも倒せるようになります。それがこの鉄砲の凄さです。で、閣下の評価にもう一つの鉄砲の働きを見せたく思います」


「この上ににまだ何かあるのか?」


「はい。銃騎兵と言う全く新しい兵種です。ついては西門を開いてほしいのです」


「ば! 馬鹿を言うな! そんなことをすれば、魔物が街になだれ込んでくるではないか!」


「なだれ込んでは来ません。あの橋の上には何匹程度いるように見えますか?」


「二百匹ぐらいはいるのではないか?」


「まずは門を開ける前に橋の上の魔物全てを門の鉄格子越しに制圧しますので、なだれ込まれる心配はありません」


「あの二百匹を倒すというのか?」


「ええ。新型の突撃銃は一ミティックに二十発撃てます。三十人の銃騎兵がいますので、一瞬で片が付きます」


「分かった。それが真実で、橋の上にひしめく魔物をすべて倒したなら、門を開ける許可を与えよう」


「では、エディス、マイルズに伝えてくれるか?」


「分かったよ、ジン。伯爵、ちょっと下に行ってくるけど、いい?」


「おい、ハッチャー、連れて行ってやれ」


 エディスにそう請われて、ミルザ伯爵は手近にいた衛兵に西門前までエディスを案内するように命令した。


「はっ!」


 ハッチャーと呼ばれた衛兵はすぐにエディスを案内して下に降りて行った。


 少し間が出来た。


「ジン殿。あれはジン殿がこのイスタニアに持ち込んだ武器か?」


 何と勘のいい少年だろうか。異国人っぽいジンの見た目、ずいぶんとうまくなったコモン語でもまだ残る訛り、ジンが外国人であることをすぐに見て取って、推測したのであろうか。


「閣下の慧眼、恐れ入ります。はい。私が持ち込みました。ただ、私の力だけでは全く無理でした。そこに天才薬剤師や鍛冶屋、細工屋が協力しあい、ファルハナで誕生した武器です。ファルハナの鉱山で採れる鉄と鉛と火焔石。これがなければ作れません。ファルハナの重要性を閣下にも理解してもらいたいのです」


「渡し船の話はあい分かった。何とかしよう。ただ、それとは関係なく、銃騎兵の働きも見てみたい」


「ええ、そろそろかと思います」



 ◇



 天守閣の上の普段は弓兵が弓を射る台――単にデッキと呼ばれていた――の上にジンとミルザ伯爵はいた。


 二〇ミノルの高さはあるそこに、地上、西門の前で起こった、乾いた発砲音がまず一つ聞こえた。


 その発砲音に続き、無数の発砲音が起こり始めた。


 パン、パン、パパパパパパパン、パン、パパパ……


 みるみる間に橋の上にひしめいていた魔物が倒れて、屍をさらして行く。


 あっという間に橋の上の魔物はほぼいなくなった。すぐとギギギーと音を立てて、格子状の西の城門が上がって行く。


「突撃ーー!」


 マイルズの声が天守閣のデッキにも聞こえると、開いた西門から三十騎の銃騎兵が飛び出していく。


 射撃を行い、橋の上に無数に転がる魔物の死骸を蹴散らしながら、銃騎兵は橋を渡って行く。渡りながら、橋の向こうの魔物を次々と葬って行く。


 マイルズは銃騎兵が撃ち漏らした魔物を槍で串刺しにしている。


 チョプラ川を渡河して、対岸、五〇ミノルほどの範囲にいた敵を一掃すると、銃騎兵は歓呼の声を上げながら、西門に戻って来た。銃騎兵がすべて門をくぐると、西門はまた固く閉ざされた。


「すさまじい兵種だな」


 ミルザ伯爵は呟いた。


「ええ、伯爵閣下。閣下にはこれが必要なのではないですか?」


「ああ。ジン殿、その通りだ。それも一〇〇、いや一〇〇〇ほども欲しい」


「であれば、拙者にファルハナの奪還をさせてください」


「さっきも言ったが、その話はもう了承したはずだ。すぐに渡し船の製作を手配しよう。……それで私は頼みにくい話をしなければならない」


「と、言われますと?」


「エディス殿だ。エディス殿と鉄砲を一つ、弾を百発ばかり置いて行ってくれないか? その代わりに我が兵を一〇〇人、ジン殿に付けよう。どうだ?」


 そこにちょうどハッチャーと呼ばれた衛兵がエディスを連れて天守閣に戻って来た。


「どう、ジン? マイルズ、すごかったよね!?」


「ああ、さすがはマイルズと銃騎兵たちだ。それでだな、エディス、伯爵閣下が今、おっしゃられるには、エディスと鉄砲一丁、それに弾薬一〇〇発程度を、ここウォデルに置いて行ってほしいとのことだ。どうだ?」


「全然かまわないよ。ファルハナで戦うのもここで戦うのも、魔物と戦うのは一緒だし、伯爵、美男子だし」


「……その、エディス? 最後のはご本人を目の前にしていささか失礼では……」


 ミルザ伯爵はジンの言葉を遮った。


「いや、ジン殿、一向にかまわない。というか、私は嬉しいぞ。美男子と褒められたことが、ではなく、エディス殿がどこで戦っても魔物を倒すのは一緒だ、と言ってくれたことだ。弓兵はこの軍団にもかなりいる。本当にやっかいなのはトロルと時々飛来するワイバーンたちだ。あいつらしか西門を破れる魔物はいない。だから、近づいてくるたびに魔導士と凄腕剣士を門の外に繰り出して排除しているのだが、その度に小さくない人的被害が発生するのだ。エディス殿と一〇〇発の弾があれば、一月程度、やって来るトロルを被害なく排除できるのだ」


「閣下、であれば、です。帝国の竜騎士二名が我が隊に付き従っているのはすでに見られたはずです。彼らにオーサークとの往復を頼んでみましょう。二往復もすれば更にあと一〇〇発程度の弾薬は運べるはずです」


「そうしていただければ助かる。ジン殿、エディス殿、本当にありがとう。貴公らは我が軍団の数百以上の命を救ってくれることになるはずだ。戦場となっているこの街だが、せめてもの労いの宴を設けたいと思う。どうか、楽しんでほしい」


「閣下のお気遣い、痛み入ります。兵たちも喜びます」


 結果、エディスの鉄砲の腕は一〇〇人の兵と交換になった。ジンにとっても心強い援軍だ。鉄砲の威力を見たミルザ伯爵にとっても、ファルハナ奪還は必須のこととなったのだから、一〇〇人兵を貸すと言っても、それは自らの目的に沿ったものにもなるのだ。


 ジンとエディス、そしてミルザ伯爵がデッキから見下ろすチョプラ川の向こう、そのさらに向こうの地平線に日が沈んでいく。そこには多少倒したと言っても、変わらず無数の魔物の群れが黒い影を落としていた。


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