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117. パディーヤ

 芋の道は平和だった。魔物の侵入は今のところは見られない。アンダロスの穀倉地帯は現時点では守られているようだった。


 連合軍は芋の道に出てから西に三日進み、パディーヤの街に到着した。

 街は城塞都市の体を取っており、もし魔物が侵入したのであれば、この街は穀倉地帯の防衛拠点になるだろう。


 そんなフィッツバーン男爵の切羽詰まった思いとは裏腹に、街の様子は普段通りで人々の間には笑顔が見られる。


 ただ、そんな平和な街にも立て続けに起こった災害の爪痕は見られた。路地にいる物乞いや浮浪者たちだ。


「少し聞いてもいいか?」


 フィッツバーン男爵は十ルーン小粒銀を渡すと物乞いの女性にしゃがんで話しかけた。


「はあ、なんなりと」


「どこから来た?」


「ホルストです。街が津波でダメになってしまって、ここまで逃げてきました」


「ホルストでは何をしていた?」


「針子です。同じ仕事をここでも探したのですが、見つからず、この有様です」


 男爵はれっきとした労働力が機能できていない現実を再確認した。


「ホルストからここまでとはずいぶん遠い。もっと南の街でも良かったのではないか?」


「どこの街にも避難民たちが押し寄せていましたので、門を閉ざして、受け入れてもらえませんでした。もっと北にもっと北に、と進んでくるうちに、ここパディーヤにたどり着いて、幸い受け入れてもらえました」


「そうか、それは難儀だったな。針子と言えば手先は器用だなはずだ。ここの領主様とも話をしてみるが、いずれ辺境のファルハナかスカリオン公国、オーサークで手先の器用な人々が大いに必要になる。この情報はお前が私にしてくれた話の対価だ。いい雇い主を見つけてほしい」


「は、はい。ありがとうございます」


 女は礼を言ったが、それは最初にくれた銀貨に対してであって、情報に対してではなかった。切羽詰まった人間は今後の人生を左右するかもしれない大切な情報より目の前のお金を優先してしまうものだ。



 ◇



 街の門で衛兵に言われた通り、ジン、ドゥアルテ、マイルズ、それにフィッツバーン男爵はパディーヤの領主を訪ねた。衛兵に言われなくとも、領主に会うつもりだった。芋の道の情報も知りたかったし、伝えられる限りの情報も伝えたかった。


 パディーヤの街とその一帯の領主は高位の貴族であるリヨン伯爵だった。


 リヨン伯爵は、二四〇人にもなる軍勢を率いているジンを粗略に扱うことはなかった。


「よくぞ参られた! 我が領にて歓待できるのを私は誇りに思う!」


 いささか大げさな歓待ぶりだった。


 ジンも特別なことをしたわけではない。いつものように、貴族の対応はドゥアルテにお願いして、面会の手はずを整えてもらっただけのはずだった。が、その歓待ぶりは常軌を逸していた。


 街の中央広場に横断幕が張られて、そこには急ごしらえではあるのだろうが、「オーサークの勇者たちをパディーヤは歓迎する!」と書かれてある。まるで救世軍扱いだ。


 ジンはその歓待を甘んじて受けることにしたが、ドゥアルテには小声で伝えた。


「こんなことに金や時間を使うより、兵の一人でも出してくれるとありがたいのだがな」


「ジン、そう言うな。彼らとて、尽くせる限りの手を講じてなお我々を歓待してくれているのだと思えば、そう悪い気もしなかろう?」


「まあ、そうだが……ドゥアルテ殿、いつものように団長として彼らと……」


 そう話すジンをドゥアルテは遮った。


「それはやぶさかではないが、ジン、お前も少しは貴族の対応などをやっておいてはどうだ? 何と言ってもお前はこの中隊の総責任者なのだからな」


「ドゥアルテ殿、拙者がそれを一番苦手としているのを知りながら、そう言っているのか?」


「はは、よくわかっているではないか。いい加減その辺りもお前もやって行かないとな」


「……そう言うなら、まあ、最善を尽くしてみるよ」



 ◇



「伯爵、久しゅうございます」


 フィッツバーン男爵はリヨン伯爵に貴族らしく敬礼をした。


「ああ、男爵! 久しいな。フィッツバーン領は無事か?」


「ええ、伯爵が魔物軍を抑えてくれていたのですね。おかげ様で無事です」


 リヨン伯爵の話を聞くにつれ、ジンは自分の考えの甘さを再確認した。伯爵は兵の出し惜しみをしているのではなかった。いや、それどころか、最善を尽くしてた。


 パディーヤの西、百数十ノル、チョプラ川に面するウォデルが対魔物の最前線になっていた。リヨン伯爵は一万人規模の兵をウォデルに出兵して、チョプラ川を渡河しようとする魔物をそこで押さえていたのだ。


 まさに、救世軍とはリヨン伯爵の軍だった。伯爵はその上で、鉄砲の性能と戦術上でどう有利なのかを聞き出そうとしていた。


「伯爵閣下。鉄砲は万能の兵器ではありません。あくまで弓矢の延長線上にあるとお考え下さい。ただ、国境街道での戦いで、一撃で背の丈五ミノルもあるトロルを何体も葬ってきましたので、その点に関しては優秀な武器です」


「隊長殿、閣下はよしてくれ。そう言うのはアンダロス王国が健在な時の貴族ごっこに過ぎん。今はこの穀倉地帯のすべての民の命、ひいてはイスタニア全土の民の命にかかわる問題だ。とにかく、時代最先端の鉄砲という新兵器を携えてここまで来たのだ。隊長殿の話を、忌憚ない話を、私は聞きたいのだ」


「伯爵、ではなんとお呼びすれば?」


「ポルターダと呼んでくれればいい。で、隊長殿は?」


「ジンと申します。こちらはマイルズ、副中隊長です、そして、これがドゥアルテ。ラオ男爵家に昔から仕える騎士です」


「ジン、か。現状をかいつまんで話そう。いま、我が領の一万人の兵力……我が領の全兵力の九割以上の兵力になるのだが、これをウォデルに出撃させている。ウォデルが破られれば、次はこの街、パディーヤが戦場になる。パディーヤはウォデルほど守りやすくないので、戦場になっているウォデルには申し訳ないが、あそこで魔物を押しとどめるのが理にかなっておるのだ」


「……ポルターダ様、ということは旧バーケル辺境伯領はすでに魔物でひしめいておる、ということでしょうか」


「ああ、残念ながら、そうだ。もうすでに人の住む土地ではなくなっておるな。食料も届けようがない状況だ」


「そうですか……ファルハナを解放して、キノの鉱山から出る鉄や火焔石、これらがなければ鉄砲の製造は出来ません。我々、中隊規模で旧バーケル辺境伯領に潜入することは可能と思われますか?」


「魔物は街道沿いに密集しておる。ウォデルに着いたなら、チョプラ川東岸沿いに北上して、渡し船か何かで渡河出来れば、比較的少ない魔物と相対するだけでファルハナには行けるかもしれないが」


 伯爵の説明にドゥアルテが口を開いた。


「伯爵、お願いがございます。ウォデルの領主様に一筆いただけませんか。渡し船の用意の便宜を図っていただきたいのです。二四〇人と馬およそ一〇〇頭の兵馬に必要なだけの渡し船です」


「その程度のこと、いくらでもやるが、戦場になっているウォデルがそれに対応できるかどうかは別の問題だぞ?」


「ええ、それは承知しております。しかし、ウォデルの防衛戦で鉄砲隊の力を見せれば、ウォデルの領主様もファルハナ奪還が絶対に必要と認識するはずです。そうなれば、ウォデルほどの規模の街になれば木工大工ぐらいいくらでもいるはずですので、何とかなるのでは、と目算を立てております」


「あい分かった。ウォデルを治めるミルザ伯爵に私から手紙を書いておこう」



 ◇



 明朝、ジン別動隊と領主連合軍、二四〇名はパディーヤを出発、更に西進し、野営と宿場街での補給を四日繰り返すと、ついにウォデルの街が見えてきた。


 春に始まった帝国との戦い、そしてそれに次いで始まった魔物軍との戦いを経て、季節はすでに夏になっていた。


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