113. 合流
ワイバーンは東に向かうサワント・スカリオン連合軍の目の前で一度鋭角に旋回して、減速すると、地上に降り立った。
着地したワイバーンに取り付けられた鞍の鐙から、竜騎士がひょいと地面に飛び降りた。メルカドだった。メルカドは地面に降りるや否や、駆けだして、サルミエント将軍の元に向かった。
「将軍、あと十ノル、なんとか耐えて下さい。ジン殿の中隊が補給の弾薬を山ほど抱えて、来ています!」
「十ノルだと? それでは間に合わない! 我々が動き出すや否や、魔物たちも活発になっている。見ろ、街の向こうにトロルの姿が見え始めた」
宿場街にいたトロルは一掃したが、街の西から新手のトロルが五体現れたのが、連合軍本隊からも見える。
「なんとか、五ノルの後退に耐えて下さい。ジン殿たちも可能な限り、早くこちらに合流しようと必死です」
「すまん。少し希望が見えて、感情的になった。分かった。問題ない。すでに一〇〇ノル以上の後退戦をやった。残り十ノルなら大した話ではない」
サルミエントは強がって見せたが、これまでの一〇〇ノルとはわけが違う。今は矢玉がないのだ。近接戦闘しか魔物を抑える手段がもうない。
◇
魔物たちは集団に対して、集団になる。
宿場街を出て、連合軍がかたまり始めると、それに対峙するように魔物たちも大集団になって来た。宿場街のさらに西の後方から、新たなトロルも集団に加わった。
魔物の集団が千体を超えると、まるで集まるのを待っていたかのように、彼らは連合軍に向かって進撃を始めた。
先頭のオーガがうなり声をあげると、後続のゴブリンやオーガ、それに合流したトロルたちも走り始めた。
ファウラー、マイルズ、ドゥアルテ、それにオーノたち、近接戦闘の将や兵が前面に出た。弓兵も鉄砲兵もいまや役に立たないのだ。
魔物の群れは後ずさりする歩兵隊に向かって、走って来る。あと一〇〇ミノルほどでついに接敵する、というその瞬間、まだ暁が明けたばかりの薄暗い空が急に明るくなった。
マルティナと同じ電撃魔法使いの、サワント公国王宮魔導士だった。空気中の水分を伝って、強烈な電圧の電撃が広範囲に伝わったかと思うと、至る所から雷のように光の糸を引いて、魔物たちに襲い掛かった。
およそ百体以上の魔物が一瞬で消し炭になったり、電撃により行動不能に陥った。
サワントの魔導士はそれを放つとへなへなと崩れ落ちた。
近くにいたオーノが魔導士を抱きかかえた。
「オーノ、お前は歩兵だ。今の状況ではお前が主役だ。俺に任せろ」
鉄砲兵のビィドは、弾のない今は役立たずなのだ。せめて、大量の魔力――魔力はすなわち、生命力だ――を放って、倒れた魔導士を保護するぐらいの仕事はさせてほしかった。
魔導士の放った一撃は、少しの時間を連合軍に稼がせてくれたが、後から後からどんどん集まって来る魔物の数は未だに圧倒的だった。
そこに騎兵隊が一撃離脱の攻撃を加えて、走り去っていく。宿場街での突撃とは異なり、浅く、魔物勢力を削ぐ、と言った形だ。なぜなら、深く入れば騎兵の天敵であるトロルが五体待ち構えているからだ。
「くそっ!」
騎兵隊長のハッサンは天を罵った。これでは、さほど本体の支援にならない。
後退しつつ、陣形を保っている連合軍。その一番前、敵に近い付近にオーノやビィド、それに勇敢な魔導士はいた。そこに突然、十体のオーガが群れから突出して、突撃をしてきた。さっきの強烈な魔法の出どころを察知したのであろうか。
ビィドが叫んだ。
「オーノ、頼む!」
ビィドはまだ意識のない魔導士を庇いながら、オーガに対しては無力な短剣を手に構えた。
ハッサンの騎兵隊はすでに走り去った。すぐに踵を返して戻ってくることはできない。
オーノが何としてでも、魔物の先鋒であるこの十体のオーガを、と思った時、その十体のオーガが一瞬で葬られた。
◇
「ジン殿、ドゥアルテ大隊はもうほんの十ノル先です! いいえ、八ノル、ぐらいのはずです。かなり不味い状況に陥っています!」
メルカドは西に進むジン中隊の前に着地すると、駆け寄りながら状況報告をした。
「どう、不味いのだ?」
ジンも「不味い」の一言で状況は完全に把握できない。
「五倍から十倍の魔物軍に対して、遮蔽物もない街道沿いで後退戦をしています。鉄砲兵、弓兵共に矢玉は尽きていますので、騎兵隊と歩兵隊が何とか耐えている状況です。全滅は時間の問題です」
ジンの顔が険しくなった。
「エディス! 銃騎兵の初の戦場だ! 行けるか!?」
「ああ、ジン、大丈夫! 行くよ、みんな!」
「「「オオオーーーー!!」」」
銃騎兵たちが馬上で応じると、ジン中隊から離脱して、三十一騎が駆歩で走り始めた。十五ミティックもあれば、八ノルは走破出来るはずだ。馬には負担をかけるが、ドゥアルテ大隊とサワント公国軍の兵の命がかかっている。
【駆歩:馬が三〇分程度は持続できる速さでの駆け方。時速二〇キロから三〇キロ】
エディスを先頭に駆ける銃騎兵隊員たちの目に遠くで苦戦する、ドゥアルテ大隊の状況が見えてきた。
「まずはあのオーガたちだ。二連射! 行けるか!?」
エディスが銃騎兵全隊に聞こえる声で訊いた。
「「「「はい! 教官!」」」」
銃騎兵たちからいい返事か聞こえた。騎兵たちは短くなった突撃銃を片手で構えて、銃身を左腕の一の腕、肘から手首にかける部分に乗せて、馬に揺られながらも出来るだけ安定させる。
モレノ式は最初だけ二連射が出来る。飛び出た雷管に薬莢を先に詰めておけばいいだけだ。一度二連射すると、左右交互に詰めるので、そうもいかなくなるのだが、こういった状況では二連射が大いに役立つ。
◇
「「「「オオオオオオオオ」」」」
サワント・スカリオン連合軍が歓呼の声を上げた。
待ちわびていた援軍の到来だ。
「やりおったな、ジン!」
ドゥアルテは銃騎兵隊を見て、まずそう思った。銃身を短くして、連発が出来る鉄砲を装備した騎兵隊。ジンしかそれを考え付かないと思ったのだ。
しかし、実際はそうではない。騎兵での銃の採用はすぐにパーネルの高官や将軍たちが思いついた。しかし、運用については一撃離脱しか思いつかなかった。そこにジンの異世界人ならではの元居た世界から移入した元込め銃のアイデア、それにモレノの創意工夫がこれを作り上げたのだった。
銃騎兵隊とサワント騎兵隊が交互に波状攻撃を敵前面に仕掛けている。連合軍の後退、ジン中隊との合流を可能にするためだ。
じりじりと後退しながら戦う必要はなくなった。連合軍は敵、魔物軍に背中を見せて、東に急いだ。その時間と空間は銃騎兵とサワント騎兵隊が稼いでくれている。
◇
連合軍から見て、ジン中隊が見えてきた。マイルズが騎馬で一番先に駆け寄った。
「ジン!」
「マイルズ!」
お互いの無事を喜ぶ間もなく――いや、お互いの顔を見られただけで、その意思はお互いに伝わっただろう――次に取るべき作戦行動が論じられた。
「ジン、弾薬が尽きて、鉄砲隊は無力になっている。補給がうまく出来さえすれば、この状況は押し返せるぞ」
「ああ、マイルズ、弾薬はたんまり持って来たぞ」
「ありがてぇ!」
「マルティナ、いるか?」
ジンは急にマルティナを呼んだ。
「ん? ジン、なに?」
「もうすぐ味方が魔物軍を連れてくる。一網打尽にしてくれるか?」
「任せろ、って言いたいところだけど、せいぜい百体ぐらいだね」
ジンは呆れた。それのどこがせいぜいだというのだ。
「百体は十分だろう。ま、頼んだぞ。……輜重隊! マルティナが時間を稼ぐ。その間にドゥアルテ大隊への弾薬の補給、頼んだぞ!」
「「「「はいっ!」」」」
サワント・スカリオン連合軍がいよいよ視界に入って来た。その後方に無数の魔物が迫ってきている。
「鉄砲隊、前に!」
四十名の鉄砲隊が弾を装填して、膝立ちで鉄砲を構えた。その照準の先には味方の連合軍兵士たちが見える。
「歩兵隊、鉄砲隊を護れ!」
鉄砲兵の射線に入らないようにしながら、歩兵隊が鉄砲兵の前に出た。
魔物から逃げる連合軍兵士たちがいよいよ近くになって来た。
「マルティナ、リア、エノク頼んだぞ」
ジンはそう言うと、自ら鉄砲兵を守る歩兵隊に肩を並べた。
◇
ドゥアルテとサルミエント将軍が騎馬で先にジン中隊の鉄砲隊列までやって来た。
「ドゥアルテ殿、無事で何より! 兵たちに鉄砲隊の隊列をそのまま突っ切って我が隊の後方に向かって走れ、そして騎兵隊に魔物より離れろ、と指示を!」
ジンはドゥアルテにそう叫んだ。
「おう!」
ドゥアルテはそうとだけ返事すると、また、サルミエント将軍と一緒に馬を返して、兵たちにそれを告げに行った。
連合軍の歩兵隊の先頭がいよいよジン中隊の鉄砲兵の横隊列を通り過ぎていく。
「まだだ! まだ撃つな! 今撃てば、味方にも被害が出る!」
ジンが鉄砲隊に制止をかける。鉄砲隊員たちの眉間にはまだそんなに暑くもない季節だというのに、汗がにじんでいる。待てば待つほど魔物への距離は近くなる。弾は当たりやすくなるが、いかんせん、こっちはたったの四十人だ。向こうは、少なくとも見える限りでも千体、いや後方まで見渡せないがその倍は迫ってきているのだろう。
最後の鈍足の歩兵がジン中隊の鉄砲隊を通り過ぎた。
「撃ー!!」
ジンの号令に、四十丁の鉄砲が火を噴いた。
「弾ー込めー!」
ジンがそう命令した時、上空でバリバリと音を立てて、空気が震えた。
マルティナがこの間、ずっと詠唱を続けていた、彼女が持つ電撃魔法の最上級魔法を放った。
一帯の空気が帯電して、全兵士の髪の毛が総毛だった。
ただ、魔物たちは総毛立つどころではなかった。電撃が一番激しかった付近の魔物たちは一瞬で消し炭と化し、その周りにいた魔物たちは雷の直撃を喰らって脳天に大穴を開けた。さらにその周りにいた魔物たちは電撃のショックで動けなくなっていた。
(こりゃ、一〇〇どころじゃないな。五〇〇ほどは一撃で倒したんじゃないか……)
ジンは顎が落ちるほどの驚愕に、その結果を茫然と見ていて、気が付かないでいたが、マルティナは膝から崩れ落ちて、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「マルティナ!!」
ジンが急いで駆け寄ろうとすると、ジンより先にニケがマルティナを抱き起した。
「もう、無茶するんだから」
ニケはそう言うと、小さな体でマルティナを背負い、輜重隊の馬車に運んで行った。
◇
サワント公国軍騎兵隊も最後の一撃を敵前面に加えると、ジン中隊の後方に逃れた。銃騎兵たちは間断なく射撃を加えながら、ゆっくりとジン中隊の鉄砲兵の後ろまで後退してきている。
マルティナ、サワント騎兵隊、銃騎兵が貴重な時間と空間を作ってくれた。
ドゥアルテ大隊の鉄砲兵、サワント公国軍の弓兵たちは、その間に、ジン中隊の鉄砲兵の隊列を通り過ぎて、輜重隊に駆け込んでいった。そして、ついに、弾薬や矢を受け取った。
マルティナの魔法や騎兵の攻撃に耐えて、ジン中隊の鉄砲隊近くまでたどり着いた魔物たちもいたが、ジンやツツ、それに歩兵隊に葬られた。
ドゥアルテ大隊の鉄砲隊はオーサーク出撃当初、五〇〇人だったが、すでに四四〇人ほどにまで減っていた。それでもジンが連れてきていた四〇人の一〇倍以上の規模だ。
彼らが弾薬を手にして、前線にいるジン中隊の鉄砲隊に合流すると、戦況は徐々に人間側に傾き始めた。
「よし、このまま押し込むぞ」
サルミエント将軍はやっと生まれた希望に高揚していた。
◇
「んんん……」
マルティナが輜重隊の馬車の荷台、荷物がうず高く積まれる一角に空いたスペースに横たわっていたが、ようやく目を醒ました。
「大丈夫、マルティナ?」
ニケが心配そうに、横たわるマルティナの顔を覗きこんだ。
「ううん。まだフラフラだよ」
「マルティナ、これ飲んで」
何かの液体が入った椀をニケがマルティナに差し出した。
上半身を起こして、マルティナがそれを受け取ってから、ニケの顔を見た。
「なに、これ」
「お薬。ちょっとましになると思う」
マルティナは少し口に含んでから、咽返った。
「まずーい!」
マルティナは抗議した。
「我慢だよ。マルティナ。鼻をつまんで、一気飲みして」
マルティナは意を決して、言われた通り、鼻をつまんで一気飲みした。
「ニケ、これ、味はどうにかならなかったの? ……ん? 何か少し静かになってきたね」
銃声が遠くで聞こえるが、輜重隊からはずいぶん距離を感じる。
「うん。魔物たちを押し返してる。ただ、それにも限界がある。後から後からやって来るんだから、いつかは弾薬が尽きるからね。たぶん、頃合いを見て、サワントの兵もドゥアルテさんの兵もオーサークに退却することにはなると思うよ」
「……だね。私ももう一発、どでかい魔法を撃てるように休んでおくよ」
「うん。でも、マルティナ、そういうのはもう軍に任せて、私たちはそろそろ別行動だよ」
ジンも馬車の荷台に入って来た。
「マルティナ、気が付いたか。無茶してくれたな、まったく。……おかげで助かったがな」
「ジン! ニケがそろそろ行く、って言ってるけど、そうなの?」
「ああ、俺の別動隊だけ南に向かう。西への街道沿いはどんどん魔物がやってきているから、アンダロスの国境を南に抜けて、道なき道をファルハナに向かう」
ニケは一度頷いてから、ジンに聞いた。
「ドゥアルテさんやマイルズはどうするの?」
「ドゥアルテ殿なら、ドゥアルテ大隊の指揮権をサワント公国軍に渡して、こちらに合流する。彼もファルハナが気になって気になって仕方がないはずだ。サワント公国軍はこのままオーサークまで後退してオーサークの戦力に加わる。マイルズはまだ聞いていないが、もちろん俺たちと一緒にファルハナに行く」
一の腕、二の腕、という表現。
今は誤用が通用になっているようですね。
本当は肩から肘が一の腕、肘から手首までが二の腕が元々だったらしいです。
この作品では誤用の方を使いました。
明日ですが、更新、定かではありません。
いろいろと私用が立て込んでいます。出来るだけ、頑張ってみますが、無理かもです。
寒くなってきました。皆さま、ご自愛ください。