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103. 焦土作戦

 ジンは鉄砲中隊長として、百人の鉄砲兵を連れて、オーサークから三ノルほど北にあるとある農村の防衛していた。


 対峙する敵の数はその十倍にも及ぶ騎馬大隊。


 すでに多くの村が焼かれていた。これが鉄砲兵を城壁から引きずり出す作戦と分かっていても、出て行かざるを得ない。


 別の村でも別の鉄砲中隊が敵の歩兵大隊などと交戦中だ。


 五万対七千弱。いや、街を守る五〇〇人を残してきたので、五万対六八〇〇。オーサーク駐屯兵は七倍強にも及ぶ敵と交戦しなければならない状況だ。


 敵の作戦は大隊規模で同時に多くの農村を襲って、寡兵のオーサーク駐屯兵をさらに細かく分断する作戦だ。展開する敵の数、農村の規模などに応じて、オーサーク側は二個、三個中隊を派遣したりしているが、ジンのいるこの村は小さく、ジンの一個中隊だけで守っている。


 ジンの中隊にとって唯一の救いはこの農村に流れる幅五ミノル、深さ一ミノルほどの農業用水路だ。直線で農村の脇を流れている。


 この用水路を挟んで、この村を焼きに来た約一千騎の敵、騎馬大隊と対峙している形だ。敵はおよそ五〇〇ミノル先に展開している。


 用水路がなければ、騎馬大隊と鉄砲中隊の相性は最悪だ。ただの平地で一千騎の騎馬突撃を受けた場合、最初の一撃で五〇騎くらい、二撃目で同数、合わせて一〇〇騎は葬れるだろうが、最終的には突撃され、蹂躙されてお終いだ。


 だがここには用水路がある。騎馬突撃で簡単には水路を超えられない。必ず一度水路の前で騎馬の渋滞が起こる。この間、オーサーク兵は狙い撃ちし放題になるはずだ。敵も十分にそれをわかっているのだろう、なかなか鉄砲の射程に入ってこない。



 ◇



 ジンの中隊には副官としてマイルズがついている。なぜかインゴにペア認定されたせいだ。そう言えばオーサークに来てこの方、常にマイルズと一緒に仕事をしてきた。


「なあ、マイルズ、ひと当てしてみるか?」


「ひと当て?」


「ああ、脚の速い連中を選抜して、小隊にするんだ。用水路を超えて、敵に三五〇ミノルまで肉薄して、一撃だけして逃げる。一五〇ミノルの往復だ」


「うーん、意味あるか?」


「あまりない。ただこのままここに縛り付けられている間に、暗くなれば鉄砲隊は不利だ。その前に敵を釣り出して、少しでも兵力を減らしておきたい」


「まあ、やってみよう。各小隊長に足の速い奴を四、五人推挙してもらうよ」



 ◇



 即席の俊足小隊が出来た。二十五人の脚の速い鉄砲兵たちだ。


「マイルズ、残った中隊の指揮を頼む。俺が小隊の指揮を執る」


「ジン、お前の脚が速いなんて話は全く聞いたことがなかったがな」


「脚はそんなに早くないが、みんなについて行きながら指揮を執る。なに、たったの一五〇ミノルだ。それより、ここに残る兵たちに射撃用意をさせておけよ。俺たちが逃げ帰るときに敵が追いかけてきたら、そいつらの対処を頼む」


 ジンが直接指揮を執ることにしたのは訳がある。二十五人が用水路を超えて突出した時点で敵が突っ込んできた場合、作戦を即座に中止して、引き返す判断が必要だ。用水路をまた超えて村に戻らなければ皆殺しにされる恐れだってあるのだ。だから、この判断は自分がすべきだと考えた。



 ◇



 かくして、俊足小隊はざぶざぶと用水路に入り、歩いて超えた。深さは一ミノルほどしかないが、まだ春の水は冷たい。


「冷てーーー!」


 兵たちは鉄砲を両腕で頭の上に掲げて、水につからないようにしながら、用水路を超えていく。その様子は敵陣からも見えるはずだ。


(さあ、どう動く?)


 それは、一個騎馬大隊に一個鉄砲小隊が突撃していく奇妙な風景だった。しかも、千人も抱える大隊側がどう対処すべきか、すぐには判断できずに、あたふたしている。


 俊足小隊の脚にジンは追いつけない。後ろを追走しながら、指揮を執った。


「止まれー! 構え―!」


 俊足小隊は敵まで三五〇ミノルのポイントで突然停止して、片膝をついて射撃姿勢を取った。敵、騎馬大隊側の騎馬兵たちは、自分が的になっているのか、なっていないのかが分からないので、後退して誰かの陰に入ろうとする。それが連鎖をして、たった二十五人の攻撃に兵たちも馬たちも恐慌を起こし始めた。


()ー!」


 ジンの合図で一撃が放たれた。十騎ほどに命中した。指揮系統が乱れているのか、突撃を始める様子はない。ジンは腹をくくった。あと数人だけでも敵兵を削っておきたい。


「射手、そのまま、弾―込め―!」


 この時点でさすがに敵も動き始めた。一個中隊、百騎ほどがこちらに向かって突撃し始めた。


「命令撤回! 逃げろー!」


 俊足小隊は全員立ち上がって、逃げ始めた。騎馬の速度は足の速い人間の三倍ほどもある。ジンはこれを計算していた。俊足小隊が走って戻る距離は一五〇ミノル。敵騎馬は俊足小隊が用水路にたどり着く前には追いつけない。しかも、用水路に近づけば、用水路に沿って銃撃の用意をしている七十五人の鉄砲の餌食になる。



 ◇



 途中まで追いかけた騎馬隊だったが、用水路の向こうから銃撃が始まると、手綱を引いて馬を転向させた。


 ジンはこの戦法を何度も繰り返した。敵の兵力をそぎながら、鉄砲の威力を印象付けていく。一番怖かったのが、遮二無二に、用水路を超えて突撃されることだった。そうなれば、敵兵にも大きな損害は与えられるだろうが、もし敵がそれを恐れずにこちらのせん滅を図ったのであれば、負けるのはこちら側だと分かっていたのだ。



 ◇



 ジンの作戦には敵将、騎馬大隊長ダーマ将軍も腹に据えかねていた。しかし、ベラスケスの命令は損失を出来るだけ避けて、鉄砲隊を農村にくぎ付けにせよ、だった。そう言う意味ではダーマ将軍は忠実に役目を果たしていた。ジンの中隊は村を守るため、ここから離れるわけにはいかない状況に陥っていたのだ。


 ベラスケスには策があった。騎馬大隊と魔導騎士団を遊撃隊として、各農村にくぎ付けにされた鉄砲兵を各個撃破で葬って行く策だ。


 ジンはもちろんそんな策があることなど知らなかった。小手先の敵兵数を少しでも削る作戦を何度も何度も繰り返すのが精いっぱいだったのだ。


 そこに総大将ベラスケスが率いる一個騎馬大隊と魔導騎士団の生き残りがやってきて、ダーマ大隊に合流した。


「ダーマ将軍、よくやった。この村を守る敵兵数は如何ほどか?」


「殿下、多分中隊規模、おおよそ百人ほどかと思われます」


「よし、よく耐えた。これから殲滅戦に移るぞ」



 ◇



 敵陣に援軍が加わった様子が村からも見えた。


「これはまずいな」


 ジンは一人呟くと、マイルズを呼んだ。


「マイルズ、どうも敵を欺いているつもりで、完全にこっちが欺かれたようだ。あれは遊軍だ。各農村でくぎ付けにされた鉄砲中隊を、あの遊軍とくぎ付けにした部隊の連合攻撃でつぶして回っているようだ。見ろ」


 ジンは遠く五ノルほど先に立ち上る煙を指さした。


「あそこから煙は上がってなかった。きっとあの村を守る味方は全滅して、村に火がかけられたのだろう」


「ジン、で、どうする?」


 マイルズも何の考えも浮かばなかった。村民たちには守って見せると大見得を切った手前もあるし、そもそも、オーサーク周辺の農村が焼かれてしまえば、オーサークの継戦能力は失われてしまうのだ。


 敵兵数は二〇〇〇を超えている。こちらはたったの百人だ。


 どこの村でも同じ状況に陥っていると思われた。援軍が来るとは思えない。


 ジンはしばらく考えた。あらゆる可能性を考えたが、やはりこの状況はあまりにも不利すぎる。なにも思いつかなかった。


「マイルズ、すまん、何も思いつかない。お前に何か策は思いつくか?」


「いや、ないな。これはもう死ぬしかなさそうだ」


「そうか、そうだな。二十倍以上の兵力をこの用水路頼みに撃退できるはずもない」


 ジンはもはや腹をくくるしかなかった。この状況を逃れられたとしたら、もはやそれは奇跡である。


 二人とも諦めは付かない。付かないが、目の前の状況はもうどうしようもなかった。


(結局〈役目〉って何だったのだろうか。これが最期なら、伏見で死んでたって大した違いはなかったろうに……ま、足掻くだけ足掻くしかないか)


「二人組になって、散開。隣の二人組とは最低五ミノルは離れろ! 魔導騎士団の広範囲魔法に警戒。優先目標も魔導士だ。一斉射は五十人。弾込め、射撃を交代しつつ出来るだけ多くの弾薬を敵にぶち込め! 敵が動き始めれば、すぐに斉射開始、当たらないだろうが、何発かは当たるはずだ。わかったか! 弾込め!」


 弾薬には余裕がある。もう鉄砲の射程距離を偽るために三〇〇ミノルを切ってから攻撃なんて悠長なことはしていられない。とにかく、敵兵力をそいでいくしかない。


 そんな指示が行き渡って、鉄砲兵の散開が完了したとき、敵陣も動き始めた。


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