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102. 海の戦い

 一方、港町パーネルも帝都ゲトバールを出撃した艦隊の攻撃を受けていた。


 ラスター帝国の軍船の数はおよそ八〇〇隻、一方スカリオン公国海軍はすべての艦船をパーネル沖に集めたが、三〇〇隻に満たなかった。


 しかし、海戦はスカリオン公国側が圧倒的だった。


 その原因はジンやニケがパーネルを訪れたときの公王との晩さん会に端を発する。あの晩さん会で公王は鉄砲の仕組みを知りたがった。



 ◇



「ジン、いったいなぜこの弾と言う金属片がこうも勢いよく飛び出すのだ?」


「陛下、それは火薬と言う薬の爆発力によるものです」


「カヤク、のう……聞いたことがない。いったいなんだそれは?」


 晩さん会でのこの会話を発端に、パーネルに一大火薬工場が作られることになった。触媒液と火焔石はオーサークの鉱山から運び入れる形が取られた。


 冬の間、大量に作られた火薬は、火焔玉と言う新しい兵器に化けていた。


 仕組みは至って簡単だ。火薬が詰められた人の頭の半分ぐらいの壺が〈火焔玉〉だ。火薬を壺の中に隙間なく詰めて、蜜蝋でフタをする。隙間があれば中で火薬が暴れて発火する可能性があるので、ここは製造工程としては最も慎重に進められた。


 これをハンマー投げの要領で遠くに投擲する。だいたい一〇〇ミノルには届かないほどは飛んでいき、地面や対象物にぶつかると大爆発を起こす。


 この火焔玉が海戦に用いられたのだ。



 ◇



 イスタニアでの海戦はジンの世界で言うところのガレー船での戦いだった。帆で進み、接近するとオールを掻いて、船を細かく操縦する。十分に近づいたところで魔導士による攻撃や、弓矢、火矢、あるいは火壺という油を入れた壺に発火用の火をつけて投げる攻撃が主流だった。


 火壺はやっかいな兵器だった。油が甲板に広がり、燃え上がるとなかなか消せないのだ。


 加えて、帝国艦船にはラムと呼ばれる船首水線下に取り付けられる体当たり攻撃用の武装があった。体当たりをして、敵の水線下に大穴を開けて沈没させるのが目的だ。


 要するに、船と船が激突するまで接近するのがイスタニアでの海戦の形だった。



 ◇



 タイミングの悪いことにカルデナスは軍艦の甲板長に任じられていた。仕事が見つからなかったのだ。商船の甲板長か、いや、贅沢は言わない、雑用の船員でも良かったが、なかなか引く手がいないうちに、大々的に船員募集をしていたスカリオン公国海軍に入ってしまったのだ。


「仕事は仕事だ。やるだけやるさ。いい仕事が見つかるまでの繋ぎにはなるさ」


 そう自分に言い聞かせていた。チャゴは年齢制限に引っかかって、海軍には入れなかった。本人の希望とはかけ離れてはいるが、今は火薬工場で火焔石を削っている。


 カルデナスが海軍に入ってたった一カ月余りで帝国海軍が攻めてきた。


(俺は呪われているのか)


 カルデナスはまさにそんな気分だった。あの津波を生き残ったというのに、また命のやり取りをするのは本当に御免被りたかった、が、公王に忠誠を誓った手前、逃げ出すわけにもいかない。気が付けばイスタニア湾、パーネル港沖二〇ノルの船の上で、帝国の艦隊が現れるのを待つ立場になっていた。


 カルデナスの船の甲板の上には、筋骨隆々の火壺の投擲手が五人、会敵に備えていた。なんでも、この船の火壺はそんじゃそこら辺の火壺とは異なり、一撃で船を葬るほどの火災を起こすらしい。カルデナスはそんなものを満載しているこの船の上に自分が立っていなければならないことを呪った。


(敵の火壺が当たって、引火したら一瞬でこの船も終わりじゃないか! 勘弁してくれよ……)



 ◇



 水平線の向こうから、無数の船が姿を現した。カルデナスは覚悟を決めた。


(絶対にこんなところで死んでやるものか。最悪、二十ノルを泳げば陸にたどり着く、泳ぎ切ってやる!)


 水平線上に張り付いた無数の黒いシミのようなものは、少しずつ近づいてきて、いよいよその形が見えるようになってきた。


 甲板上の投擲手たちは自身の頬を両手でぶっ叩いたりして気合を入れなおしていたりする。カルデナスはなにか自分がとてつもなく場違いな所にいる気がしてきていた。


 水平線を見つめるカルデナスは突然自分の肩が叩かれて、叩いた主を見た。部下の海兵だった。


 部下は一瞬だけカルデナスを見て、すぐに別の方向を見て、敬礼した。

 カルデナスもその方向を見ると、艦長が甲板に下りてきていた。カルデナスも慣れない敬礼をした。


「甲板長!」


「はい!」


「一度前進して敵との間合いを詰める。それから、後退し、敵との相対速度を小さくする。帆の上げ下げは頼んだぞ」


「了解です!」


 カルデナスはそう応じて、敬礼した。


(なるほど、賢い作戦だ。敵にぶつからせずに、一定の距離を保ちながら、(くだん)の火壺を喰らわせる、ってことか)


 作戦を聞いて、カルデナスはがぜんやる気が出てきた。もしかすると泳がずとも生き残れるかもしれない。


総帆展帆(そうはんてんぱん)! 前進、ヨーソロー!」


 カルデナスは声を張って、甲板員に命令した。

 停船していた船に帆が上がり、春の南風に乗って、急速に前進を始めた。


 やはり、海は良い。追い風で前へ前へ進むこの感じ。カルデナスは一瞬だけ戦争のことを忘れられた。しかし、この船は帝国艦隊に突撃をするわけではないのだ。頃合いを見計らって、後進しなければならない。


(そろそろか)


 その頃合いが来た。帝国艦隊の姿ははっきりと見えるようになってきていた。ここまで前進してきたのは何も自分の船だけではない。並走していた僚艦も縮帆(しゅくはん)して、減速し始めた。


「縮帆!」


 商船の船員より圧倒的に動きがいい。さすがに軍人たちだ。

 手際よく、帆が縮められると船は減速し始めた。これから逆風の中、港の方向に後退しなければならない。


「転舵、取りー舵ーいっぱーい!」


 僚艦たちも左に回り始めた。帝国艦隊にお尻を向けてパーネル港に逃げ込む状態だ。


(敵はこれを何とみるかな)


 そう考えてから、カルデナスは自分も少しは軍人らしく考えるじゃないか、と苦笑した。



 ◇



 船は逆風の中、速力が落ちる。それは帝国艦隊も同じだ。南風が吹く中、帝国艦隊とスカリオン公国艦隊のチェイスが始まった。


 距離がだんだんと縮まって行く。いや、そうなるように仕向けている。相対速度を出来るだけ小さくして、投擲する火壺が命中するようにしたいのだ。


 向こうも火壺を使ってくるだろうが、風はこちらの見方だ。それに、カルデナスはこの筋骨隆々の投擲手たちが飛距離で帝国の投擲手に後れを取るとは思えなかった。


 帝国艦隊の先鋒艦と、距離が一二〇ミノル程度まで近づいたとき、投擲手の一人が甲板上でくるくると回り始めた。


(頼むから変なところに投げるなよ)


 投擲手たちの腕を知らないカルデナスはただ祈るしかなかった。まかり間違って、帆柱にでも当たれば、この船は終わりだ。


 投擲手は火壺に結わえられた丈夫な縄の先をもって、全身でくるくると回りながら、遠心力を蓄えていく。そうしながら、船尾に向かって進んで行き、回転速度が人が回れると思われる最大速度に達すると、最後に気合を入れて、火壺に結わえられた縄ごと、宙に放った。


「ふんっ!」

 

 高々と火壺は空に舞い上がり、驚いたことに敵先鋒艦の甲板上に堕ちた。



 ◇



 その威力は火壺などと呼べるものではなかった。一瞬で炎が敵艦の甲板上に広がったかと思うと、甲板上にいた敵操艦員たちを消し炭に変えた。帆にも燃え移って大火災が敵艦上で発生していた。


(これが例の特別仕様の火壺か)


 カルデナスはこれら火壺が火焔玉と呼ばれることを知らなかった。


 僚艦の上でも投擲手たちが次々と火壺を投げ始めた。


 敵艦はこちらに向かってきている。風はこちらの味方。この二つの要因があって、火焔玉は敵艦まで十分に届いた。当たらずに、海面に堕ちる火焔玉も多かったが、海面に落ちる衝撃で爆裂して敵艦にダメージを与えている。


 優勢な状況に、艦長がまた甲板上にやって来た。


「カルデナス! このままパーネルに逃げ込め。敵全てを撃沈できると思うな」


「はい!」


 カルデナスは艦長たちの作戦がようやく読めてきた。相対速度をあわせて、パーネルに逃げ込む。逃げながら、敵艦を出来るだけ葬る。


 炎上する敵艦に後続の敵艦が船首から衝突して、ラムを自軍の船に突き立てたりしている。敵艦隊の中で同士討ちが起こっている。


 艦数は未だに敵が圧倒しているが、パーネルに近くなるころには、同数かあるいはこちらが敵の数を凌駕することになっているかもしれない。


 陸には鉄砲兵が千名待ち構えている。この調子で行けば敵のパーネル上陸は阻止できるはずだ。



 ◇



(俺はツいてる!)


 カルデナスは思った。津波の時も、オーガの時も、そして、当初絶望的に思えたこの海戦も、今や自軍が有利になってきていた。


 ただパーネル港がカルデナスの目にも見え始めたとき、敵の数はまだ四〇〇から五〇〇隻ほど残っているように見えた。


「カルデナス! 船を港につけろ! 雑でいい、スピード重視だ。多少船を壊しても構わない。とにかく港に着けて、総員退艦だ!」


 艦長が大声で告げた。


(雑ってどういうことだよ。(はしけ)や桟橋にぶつけてでも急停船ってことでいいのか?)


 カルデナスは少し疑問に感じたが、命令の意図を確認する時間もなかった。もうそこら中に浮かぶ艀や岸壁から突き出た桟橋が視界に入ってきたからだ。


 艀が浮かぶ向こう、港の岸壁に、銃歩兵隊が横列で片膝をついて鉄砲を構えている。


 命令しても甲板員たちそれをこなせるかどうか分からないが、とにかく、急いで命令を出す。やれることをやるしかない。後のことは神のみぞ知ると言ったところだ。船を止めて、なんとしても船員たちを陸に戻すのだ。カルデナスは声の限り叫んだ。


「畳帆! 畳帆! 投錨!」


 甲板員たちも同じ心境だっただろう。必死に命令をこなそうと動いた。


 船は艀を蹴散らし、桟橋を壊しながら、減速し、停船した。


 帝国艦隊も畳帆し、投錨して、減速を急いでいるが、急には止まらない。岸壁への距離がどんどんと縮まっていた。



 ◇



「総員、退艦!」


 カルデナスの船では、艦長の声が響き渡った。海兵たちは春のまだ冷たい海に飛び降り始めた。


 敵艦の弓兵たちが飛び降りた海兵たちに矢を射かけ始めたその時、岸壁に並んでいた鉄砲兵が射撃を開始した。千丁の鉄砲が火を噴くと、敵艦上にいた弓兵や操舵員、甲板員たちが一斉に倒れた。


 それでも生き残った敵兵たちは、必死に遮蔽物の陰に隠れたり、海に飛び込んだりして、銃撃を避けようとしている。彼らは逃げるのに精いっぱいで、すでに戦闘力を失ってしまっていた。


 彼我の損耗率は十対一とも呼べる、歴史に残るパーネル沖海戦はここに幕を下ろした。


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