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101. 攻城戦

 帝国軍アンダロス攻略軍大将ベラスケスは衝撃を受けた。


 何が起こったのか分からなかった。城壁上部で小爆発が横一列一斉に起きて、煙が上がった、と思ったら、乾いた爆発音がニノル離れたこの本陣にも聞こえてきた。


 直後、弓兵千人の内およそ三分の一が、倒れたのだ。


 一瞬、軽い恐慌を起こして、何も考えられなくなった。また断続的に乾いた音がして、次々に弓兵たちが倒れていくのが見えた。


「いかん……撤退だー! 今すぐ撤退させろ!」


 ベラスケスは叫んだが、彼が叫ぶ前には弓兵たちは整然と並んでいた一列横隊を乱して、本陣に向かって逃げ始めていた。


 逃げる弓兵の背中にも容赦なく攻撃が加えられた。本陣まで逃げ込めたのはおよそ三百人。ベラスケスは七百人の兵を一瞬で失ってしまったのだ。



 ◇



 守備側のオーサークでも人々は衝撃を受けていた。もちろん、彼らはこの戦果のために訓練を受けていたし、戦果を挙げる気でもいた。しかし、ここまで圧倒的だとは思ってもみなかった。


 未だ硝煙が立ち込める城壁の上にあって、兵たちはしばらく茫然としていたが、我に返ると歓呼の声を誰からともなく上げた。


 街道の前には帝国兵の骸が累々としていた。まだ、息があって、動いている者たちもいる。


「これは何というのか……恐ろしいな」


 一部始終を城壁の上に立って見ていたインゴは一人、呟いた。にわか仕込みの兵たちが、訓練の行き届いた弓兵たちを一瞬で葬ったのだ。しかも、それは弓矢が届かない距離から行われたのだ。


 隣に立っていたシュッヒ伯爵もしばらく茫然としていたが、インゴの呟きに我に返った。


「セイラン様、帝国を跳ね返すことが現実味を帯びてきました。私は街を守れるのですね」


「まだ五万人の内の七〇〇人程度を倒しただけだ。油断は出来んよ」


「ええ、油断などは致しません。ただ、私は正直に申しまして、これまで虚勢を張っておったのです。本当に五万の兵を弾き返せるとは思っておりませんでした。ですが、初戦がこれです。希望を持ってしまいます」


「ああ、希望は持て、伯爵。そして、敵の次の動きをしっかりと見ておこう」


 インゴは視線をニノル先の敵陣に向けたまま、シュッヒ伯爵にそう言った。



 ◇



 ベラスケスは竜騎士の突撃を決めた。城壁に向かってじりじりと進むなど、あの新兵器の餌食になるようなものではないか。


 竜騎士を城壁の上に着陸させて、出来るだけ多くの新兵器を使う敵兵を葬る。城壁の外には魔道騎士団を援護に差し向ける。騎兵なら、あの攻撃も当たりにくいだろう。


「ローデス! 竜騎士を準備させろ。城壁の左右に分かれて上昇、城壁に沿うように接近し、敵兵をワイバーンの後ろ足でなぎ倒せ! アティエンザ! お前は魔道騎士団に帯同し、竜騎士団の着陸と同じタイミングで城壁に一〇〇ミノルまで接近し、敵兵を魔法で出来るだけ多く(ほふ)れ!」



 ◇



 インゴは敵陣に動きがあることを見て取った。


「竜騎士を再度使うようだな。城内にいる兵も弾を装填して、上空からの攻撃に備えろ」


 オーサークの城壁から見て、敵陣の竜騎士隊が一〇騎ずつ左右に分かれて飛び立った。正面からは騎兵が前に出てきた。


「騎兵と竜騎兵の同時攻撃か……伝達! 城壁の鉄砲隊は前面からくる騎兵に集中! 城内の鉄砲隊は上空の竜騎兵に対し、任意に発砲せよ!」


 老境に達しているとは思えない張りのある声でインゴが命令を下した。



 ◇



 城壁に対してワイバーンが降下してきた。城内にひしめく鉄砲隊、本来は城壁の外に出て展開する予定だった鉄砲隊だったが、竜騎士迎撃を命じられた。


「撃てー! 撃て―!」


 ワイバーンを駆る竜騎士たちは、降下して、城壁の上で迫る魔導騎士団に集中している鉄砲兵たちを、鍵爪でなぎ倒した。城壁に沿って攻撃を加えることで、着陸に際して、一撃で五名ほどをなぎ倒せた。城壁の上では二十騎にも及ぶワイバーンが同様の攻撃を行っていた。


 城内にいる鉄砲兵は同士討ちを恐れている場合ではなかった。城壁の上に立つワイバーンに対して、集中砲火を浴びせた。


 鉛の弾は角度によっては跳弾して、ワイバーンの硬いうろこにはじき返されるが、正面から直撃した弾は鱗を破って、ワイバーンの体内を食い破っている。


「鉄砲で竜も倒せるぞ!」


 城内鉄砲兵の六千丁の集中砲火はワイバーンやそれに乗っている竜騎士も葬った。最後の竜騎士も打ち取られ、崩れ落ちたワイバーンが城壁内に堕ちてきた。


「「「「オオーーーー!」」」」


 城内で歓呼の声が上がった。その刹那、突然城壁の上で火柱が上がった。


 竜騎士の攻撃で城壁の上の鉄砲兵二〇〇人ほどがやられていたが、八〇〇人がまだ城壁の上に残っていた。そこで無数の火柱が上がったのだ。帝国魔導騎士団による魔法攻撃が始まっていた。


 インゴとシュッヒ伯爵、そして少し離れたところにジンとマイルズも城壁の上にいた。ジンの目の前で突然熱源体――火の玉が出現した。火の玉はまるで意志を持っているかのように、近くにいた鉄砲兵に吸い付くように衝突すると、火柱を高く上げて、兵を消し炭にしてしまった。


 ジンは会津兼定を振るって、火の玉を弾いて、防御に徹していた。ヤダフと彼の知り合いの魔道具師に命を救われたようなものだ。


 インゴとシュッヒ伯爵は城壁でも鉄砲兵の列とは少し離れていたので、火の玉による攻撃にあわずに済んだ。


 インゴはそれでも、城壁の上を守る千人がもうすでに三〇〇人ぐらいにまで減ってしまったことを認識した。


「いかん! バックアップの兵を城壁にあげろ!」


 伝令が城壁を降りて、城内のバックアップ兵に指示をしていくと、指示を受けた者から城壁に上がって、魔導騎士団に発砲を始めた。魔導騎士たちは速力を活かして、城壁に並走して鉄砲から逃れようとするが、千丁もの鉄砲が火を噴き始めると、魔法攻撃をするタイミングを失い、十騎ほどが被弾すると、後退し始めた。



 ◇


「どうやら、無敵、と言うわけではなさそうだな」


 ベラスケスは呟いた。虎の子の竜騎兵全員と魔道騎士団の三分の一を失ったのは痛かったが、敵兵七〇〇人ほどを戦闘不能にした。相手兵力のおよそ十分の一にあたるはずだ。


(これはカタパルトを使うしかないか)


 またもや虎の子を投入する事態になるが、いたずらに兵力を損耗すると、本来の目的であるアンダロス王国攻略、具体的にはイルマスの攻略が難しくなる。


 カタパルト、つまり投石器だが、三〇〇ミノルは届く。命中精度などいらない、質量攻撃だ。重い石を城壁にぶつけて、敵の防御を粉砕するのが目的の兵器である。


「アティエンザは戻ってきておるか?」


「はっ! 殿下、ここに」


「カタパルトを使う。城壁から三〇〇ミノルにカタパルトを展開せよ」


「はっ!」


 先刻から組み立てていたカタパルトがいよいよ組み上がっていた。アティエンザは兵たちに命じた。


「カタパルトを城壁から三〇〇ミノルまで押し上げろ。盾持ちはカタパルト運用要員を守れ」


 アティエンザの指示に巨大な木製の攻城兵器が動き始めた。



 ◇



 ジンは敵襲が落ち着いたところで、マイルズと共にインゴとシュッヒ伯爵の元に来ていた。他の銃歩兵隊の中隊長も集まっていた。


 インゴが口を開いた。


「敵の攻城兵器が動き始めた。岩の一つでも城壁に食らえば、状況はかなり変わって来る。絶対に奴らに撃たせたくない」


 ジンがそれに応えた。


「インゴさん、攻城兵器の射程距離は如何ほどですか?」


「四〇〇ミノルは届かないと見ていいいだろう。ジン、鉄砲の射程は四〇〇ミノルで間違いないか?」


「はい、インゴさん、間違いありません。命中精度は落ちますが、弾が当たれば四〇〇ミノル先の敵の甲冑を貫けます」


「うむ、ならよい。我々は先ほどのアーチャーに対して、三〇〇ミノルに近づくまで攻撃を行わなかった。敵のこの認識をそのままにしておく。あの木立が見えるか? あの辺りがちょうど四〇〇ミノルだ。奴らは四〇〇ミノルのラインを無警戒に超えてくるに違いない。そこを鉄砲で叩け。ただし、城壁からの射撃ではない。中隊を五つ、城門から出て、一〇〇ミノル突出。二撃のみ加えてすぐに戻れ」


「「「はっ!」」」


 ジンを含む中隊長たちが復命して、各持ち場に戻って行った。


 カタパルト――つまり投石器――は大きな木の車輪がついていた。それを十数人の兵たちが必死に押しながら、こちらに迫ってきていた。


「まだ出るなよ」


 インゴが小さく呟いた。命令はしっかり届いているはずだ。四〇〇ミノルと言えば、あの木立の辺りだ、あそこにカタパルトが到達する直前に城門を出て、二回射撃、すぐに撤収。そう中隊長たちには言い含めてある。



 ◇



 アティエンザは敵の新兵器の射程距離を見極められていなかった。弓兵隊を出したときはおよそ三〇〇ミノルに迫った時に攻撃が始まった。不自然なことが、弓兵隊が撤退時に逃げ始めた時、およそ四〇〇ミノルほど離れるまで、敵の攻撃が止まなかったことだ。その証拠に、弓兵隊の遺体が、城壁より四〇〇ミノルも離れたところにも転がっている。アティエンザはあそこが敵の射程最大だと考えてしかるべきだ、と思った。


 しかし、ベラスケスは三〇〇ミノルラインにカタパルトを展開せよ、と命令している。これは何も無茶を言っているわけではない。カタパルトで発射できる岩石の最大投射距離が三〇〇ミノルなのだ。


「難しいな。これは」


 アティエンザは独り言ちた。城壁から四〇〇ミノルも離れたあの木立の辺りにも少ないが味方兵の遺体が転がっている。数が少ない、ということを考えると、敵の攻撃は届くが、威力が減殺されているか、あるいは命中精度が四〇〇も離れればかなり落ちるということなのかもしれない。


「皆の者! 奴らの兵器はここまでは届かない。カタパルトを押せ!」


 アティエンザは新兵器の攻撃が届く可能性はあると思いながらも、とにかくカタパルトの投射可能距離にまでそれらを押していくしかなかったのだ。


 その時だった。オーサーク側で動きがあった。城門が開いて、五〇〇人ほどの兵が展開し始めた。


「全隊! 止まれ!」


 アティエンザはカタパルトを押す兵たちに命令した。その直後、城壁沿いに展開し終えたオーサークの兵が突然、カタパルトに向かって走り始めた。


「盾持ち、前に! カタパルト運搬兵を守れ!」



 ◇



 ジンの中隊も城門を出る中隊の一つだった。


「中隊! 止まれ、射撃用意!」


 ジンの指示に、オーサーク駐屯兵約百名が片膝をついて、射撃体勢を取った。


「撃てー!」


 敵はカタパルトを押す兵たちの前に盾持ちが展開して、カタパルト運搬兵を守ろうとしている。運搬兵を倒して、カタパルトの城壁への接近を阻止する作戦だ。阻止しつつ、同時に鉄砲の射程距離が三〇〇ミノルであると敵に印象付ける目的もある。


 中隊が五つ、約五〇〇発の弾丸が運搬兵とそれを守る盾持ちたちを襲った。盾持ちたちの盾は、薄い鋼板を木の板に張り付けた物だったが、弾丸は無情にもそれらを貫いて行く。


 一撃目の硝煙が漂う中、ジンは更に命令を下す。


「弾ー込め―!」


 ジンの中隊もあと四つの中隊もほぼ同時に弾込めを完了し、敵に狙いを定める時点でジンは気が付いた。敵のカタパルト運搬兵も盾持ちたちも完全に無力化していたのだ。


「二撃目は必要ない。前方を警戒しつつ、後退。城門まで撤退する!」



 ◇



 アティエンザは、敵が城門を打って出ることはないと高をくくっていた。しかし、軽装の鉄砲兵はすぐに一〇〇ミノル前進して展開、銃撃を加えてきた。


 しまった、と思った時にはもう遅い。重いカタパルトを曳いて戻るなど無理だ。後悔したのは後詰に騎兵隊をつけておけば、被害は出るだろうが、あの突出した鉄砲兵に強力な一撃を加えられたはずなのだ。


「カタパルトを放棄しろ! 撤退だ!」


 アティエンザも腕に弾を喰らっていた。一〇〇名近くいた運搬兵も盾持ちたちも一〇名くらいしか生き残っていない。少し後方にいたアティエンザですら、銃弾を受けた。無傷の者はいないだろう。撤退しかなかった。



 ◇



 ジンたち、突出した五つの中隊は全くの無傷で城門まで引き上げた。


 出迎えたインゴは上機嫌だ。ジンや他の中隊長たちを手放しで褒めた。


「ジン、それにデシュマックたちもよくやった!」


 ジンは考えていた。


(しかし、これで奇襲はもう使えないな。城門を打って出る可能性がある、と相手は理解したはずだ。あんなに無警戒な作戦はもう取らないだろう)


 初戦の弓兵、次戦の竜騎士と魔導騎士の合同攻撃、そして攻城兵器の接近、どれも撃退したが、敵の人的被害は軽微だ。敵本陣にはまだ五万の兵が健在なのだ。



 ◇



「すぐにポーションで治療いたしましたが、痛みが取れないのです。なにか、腕の中に残っているのです」


 本陣に戻ったアティエンザはベラスケスに報告した。


「それがあの兵器の本体かもしれぬな。医療班、アティエンザの腕の中の何かを取り出して、余に持ってくるのだ」


 アティエンザはせっかく塞がった傷をまた開くのか、と辟易したが、自分の腕の中や、味方兵の体の中に残る敵の兵器の何かに対する好奇心が勝った。


 一方、ベラスケスは覚悟を決めなければならなかった。三〇〇から四〇〇ミノル先の兵に致命傷を負わせる敵の新兵器。ここに小部隊ずつ送り込めば敵の格好の餌食になるだろう。歩兵大隊、弓兵大隊、騎兵大隊の連合作戦で一気に数の力で押し切る作戦。勝てるだろうが、大きな被害を出すだろう。本来、この軍の目的はアンダロス侵攻だ。そんな被害を出せば、イルマスを攻略できなくなってしまう可能性もある。


 ならば、邪道ではあるが、敵を城門から引きずり出す作戦を取らざるを得ないではないか。


 そう、焦土作戦だ。オーサークの北側に回り込んで、農村を焼いて回るのだ。オーサーク駐屯兵は対応せざるを得なくなるはずだ。


 ベラスケスはここまで考えてから独り言ちた。


「やりたくないなぁ」


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