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100. 開戦

 五万もの大軍を擁する帝国軍はオーサークよりおよそニノルほど西の街道上に陣立てした。その威容は十分にオーサークからも目視出来た。


 オーサークの民の動揺ははかり切れない。しかし、どこにも逃げようがないのだ。東に逃げればパーネルだが、パーネルだって海からの侵攻が予測された。


「なあ、マイルズ、やつらオーサーク程度の街ならそのまま突撃してくると思ったんだが、しっかり陣立てして、ゆっくり攻めてくる腹積もりみたいだな」


 ジンは城壁の上に立って、遠くニノル先に陣立てした帝国軍を見ながら、隣に立つマイルズに話かけた。


「鉄砲の情報が入っているのかもな」


 マイルズもジンと同じことを考えていた。兵は五万もいるのだ。人口が五万しかいないオーサーク程度の都市なら、陣立てなどせずとも力押しで十分攻め落とせるはずなのだ。だが、それをせず、長期戦も辞さない形で、遠くもない近くもないニノル程距離を空けて、陣立てしたのだ。


 帝国陣の中で動きがある。ニノル先なので、詳細は分からないが兵があわただしく動いているのは見えた。


 ワイバーンだった。竜騎士を乗せたワイバーンが十数騎、陣中から飛び発った。ワイバーンたちは高度を上げるとこちらに迫って来る。


「ジン、竜騎士だ!」


 マイルズが叫んだ。


「ああ、俺にも見えている。インゴさんに鉄砲を撃たないように伝えないと」


 ジンにはあんな速度で飛んでくるワイバーンに鉄砲が有効だとは到底思えなかった。ワイバーンに鉄砲を使用することで、持ち札を一つさらしてしまうだけだ。逆にワイバーンも陸上兵力に対して大した攻撃が出来るとも思えない。


「ジン、わかった。俺が走る。ジンはここで敵の様子を見ていてくれ」


 マイルズは、ジンがすべてを語らなかったにもかかわらず、ジンの意図を読み取った。その意図も含めてインゴに伝えなければならないと考え、兵を走らせるより、自分が行く方が早いと考えたのだ。


「頼む、マイルズ!」


 実際のところ、駐屯兵たちは撃ちたくて撃ちたくて仕方がない状態になっていた。なんの指揮権もないジンはインゴかシュッヒ伯爵に話を通していないと、兵たちに命令はできないのだ。



 ◇



「インゴさん! 竜騎士には鉄砲の使用をしないように指示をお願いします!」


「マイルズか、なぜだ?」


「あんなに高速に飛行する対象に弾が当たるとは思えません。逆に、竜騎士もジャベリン程度の武器だけですので、地上兵力になにか甚大な被害を与えるようなことも考えられません。だとするなら、連中は単なる斥候です。これに鉄砲というわが軍の秘密兵器の性能を見せるのはもったいないです!」


 インゴの鉄砲に対する期待はかなり膨らんでいた。マイルズの言い様はその性能を疑わせるものだった。


「当たらない、と言っているのか?」


「当たりにくい、と言っています。ただ、歩兵に対しては四百ミノルで命中率五割です。最初の一撃はそこで用いるべきです!」


 マイルズはそんな説明をジンから受けたわけではなかったが、きっちりジンが言わんとするところを理解していた。


「分かった、マイルズ、それは早速指示しよう。それと、ジンに鉄砲中隊の指揮権を持たせるようにしておく」



 ◇



 空の王はかくしてただの煽りとなってしまった。城壁を超えて、街中に降り立ったとして、面制圧するほどの数はいない。かと言って、空から地上の敵を攻撃するには結局、地上近くを低空飛行して近接兵器であるジャベリンやランスと言った騎兵用の槍で敵兵を突くしかできないのだ。結局のところ、竜騎兵は攻城戦においては『敵を驚かす』以上の活躍はできない。もちろんそんなことは帝国側は知っていたので、斥候と奇襲以外の役目を期待しているわけではなかったが、いざ、竜騎士隊を飛ばせてみせると敵の反応の乏しさにがっかりした。


「まあ、仕方あるまい。竜たちを一度戻して、攻城兵器を前に出せ」


 帝国第二王子ベラスケスは、風で少し乱れた金髪を整えるように掻き上げながら、傍にいた副官たちに命じた。


 ベラスケスは今回のアンダロス攻略軍の大将となっていた。歳は二十代後半、背丈は人並みだが、常日頃から鍛えているのか、体全体にしっかりと筋肉がついており、人のよさそうな笑顔を常に顔に浮かべている。



 ◇



 竜騎兵たちはオーサークの上空、かなりの高度を旋回しながら街を偵察していたが、帝国軍陣地の中から、魔導士による何かの合図だろうか、上空に火球が二発撃ちあがると、陣に引き上げていった。


 ただ、うち一騎がかなりの低空飛行で城壁からほんの数ミノルの高さまで降下すると、城壁に立ち並ぶオーサーク駐屯兵を間近に見ながら高速で飛び去って行った。駐屯兵たちはその竜騎兵に発砲したくてたまらなかったが、インゴに発砲するなとかなり強く言い含められていたので、我慢した。



 ◇



 帝国軍陣内はあわただしくなっていた。各種攻城兵器の組み立て、戻って来たワイバーンたちの収容、偵察の報告などが行われていた。


 ベラスケスは直接、竜騎士隊から報告を受けていた。


「かなり低いところを飛んでみましたが、矢が全く射かけられませんでした。殿下、これはかなり不自然です」


 先ほど、ほぼ城壁の高さまで降下してから陣まで撤退してきた竜騎士だった。


 ベラスケスは鉄砲と言う兵器の詳細は知らなかったが、アンダロスの内情を調べる密偵たちが持ち帰った話の一つに新兵器が辺境の街の小競り合いで用いられた、という情報は得ていた。しかし、ここはアンダロスではない。スカリオン公国だ。


「ネス、ご苦労だった。確かに不自然だな。何かほかに気づいたことはあるか?」


「はい、殿下。高速で飛行しながらですので、しっかりと見えたわけではありませんが、オーサーク兵たちは皆、何か銀色の筒のようなものを持っておりました」


「ふむ。わかった。休め」


 ベラスケスは熟考している。


(これはなにかあるな。虎の子の魔道騎士団も攻城兵器もまだ出すべきではないな)


「ローデス! アティエンザ!」


 ベラスケスは副官たちの名を呼んで、指示を出した。


「攻城兵器を前に出す命令はひとまず保留だ。ただ、組み立ては続けろ。魔道騎士団を使ってひと当てしたいところだが、これも用意だけさせておけ。数的に圧倒されている敵は絶対に城門をうって出てこないのだ。盾持ちもいらん。弓兵大隊を単体で押し出してひと当てする」


「「はっ!」」



 ◇



 ジンが預けられた鉄砲中隊と共に城壁の上で敵陣を窺っていると、千人ほどの兵がオーサークの城壁に向かって進撃を始めるのが見えた。


 弓の射程距離を考えれば、二〇〇程度までは何の警戒もなく近づいてくるはずだ。ジンはファルハナでの戦いを思い出していた。


 すると、城壁の上を走る伝令がジンの元にもやって来た。


「演習通り三〇〇ミノルまで近づいてきたら、一度銅鑼(どら)を鳴らす。それが射撃用意の合図。二度目の銅鑼で発砲の合図だ」


 ジンは伝令に黙って頷くと、伝令は更に別の中隊に同様の内容を伝えに走り去った。


 千人の銃歩兵が既に城壁の上に展開し終えている。千人以上、スペース的に城壁に並べられないのだ。この辺りの問題は、単に城壁が銃撃戦用に作られていないということだろう。ジンは函館に幕府が築城したばかりの五稜郭という城を聞いていた。もし、オーサークがあのような設計であれば、六千人を一度に並べられたはずだ。しかし、イスタニアでは銃器が戦争に用いられたことはないのだから、オーサークがそのような設計になっていないのはどうしようもなかった。


 ジンの進言によって、銃歩兵たちはそれぞれ番号が与えられている。『右五』『左百二十』とかいう番号だ。つまり、同じ敵兵を銃撃しないように、自分の番号に対応する敵兵を狙うことが訓練されていた。『右五』なら敵の右から五人目を狙う、という意味だ。ただし、『左百二十』ともなると、数え間違いも発生するだろう。この辺りはもうどうしようもない。銃撃だって百発百中ではないのだから、同じ敵兵に弾が飛んで行ったって完全に無駄になるというわけでもないだろう。


 さらに、城門の内側には六千人の銃歩兵が待機している。内千人は城壁の上に上がるバックアップ部隊だ。残り五千人は状況に応じて城門を出て、城壁に沿って展開する手はずになっている。五千人の鉄砲隊が展開するのには時間がかかる。その間、城壁の上にいる鉄砲隊が敵を牽制する役目を負う。



 ◇



 敵が近付いてくると、兵装が分かった。弓兵隊だ。


「絶対に門を打って出ないと舐めやがって」


 ジンは呟いた。しかし敵は間違っていない。オーサークの総兵力は八千人。対する帝国軍は四万人から五万人。どうしたって、城門を打って出ないのは確かだ。


 弓兵隊は四〇〇ミノルまで街道を縦隊で近づいてくると、横隊に変化し始めた。街道の幅はもちろん千人の弓兵が展開できるような幅はないので、両翼の大部分が街道の外に出て、野を歩いている状態だ。


 横隊のまま、更に近づいてくる。


 ドワーン!


 ちょうど三〇〇ミノルにまで弓隊が近付いたタイミングで銅鑼が鳴った。


 オーサーク駐屯兵――そのすべてが鉄砲歩兵となっている――が鋸壁(きょへき)から顔を出して、鉄砲を構えた。自分の担当の敵に狙いを定める。


 敵弓兵たちはまだ前進を続けており、弓を構えてすらいない。城壁の上のオーサーク兵を倒すには二百ミノル程度にまでは近づかなければならないのだ。


 ドワーン!


 二度目の銅鑼が鳴ると、千丁の鉄砲が一斉に火を噴いた。


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