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闇魔術の玉は魂縛の玉であり、黒玉と呼ばれて王の秘術の一つとして代々継承されていた、とその始めから作成に至るまでの経緯も含めて説明すると、ガイキはどんどん不機嫌になっていった。
己の父親に対して行われた非道を告げられたわけで、さもありなんと思われた。
「アルトナミ王家はね、なんというかまあ、隷属の紋といい、そういう手段が得意なんだよ」
学者の言にますます顔をしかめる。
「初代が闇魔導士だったのがその発端なんだろうけどね」
「アルトナミ王家は今でも闇の属性を発現する事が多いのか?聞いたことが無いが」
「そもそも闇って滅多に発現しないんだよ。その上、知られている術の殆どは結構な魔力量を要求されるものばかりなので発現してもその力を行使できないで終わってるんじゃないかな。王家の魔法属性って割と秘匿事項なんでわかんないけど」
ああ、でも……と、学者は呟く。
「鑑定だけは、微量の魔力でいけるかも……。ただ、やっぱりこれもある程度の魔力量を持ってないと最小限の事しか判らないね。まあ、王家にとってはそれでも有益な能力になるのかな。特に現状においては」
誰も強大な魔力を持つことができなくなってしまった現代では。
「基本は対象からほんの少し魔力を吸い上げる事だそうですよ」
静音はまだ握ったままだった掌の中の石を転がしながら言った。
「え?」
「サンプルを取って検査する……って感じなんでしょうかね」
「あ……なるほど」
学者は手をポンと打った。
「その後分析魔法を改良して使って、更にそれを可視化させる方法があれば……」
「まあ、分析魔法なんてものがあるんですか?」
「僕が開発したんだ。まあ、魔核を色々使うから高価になっちゃうんだけどね」
「まあ、流石ですね。最初に握らされた透明な石がそれですか?」
「いや、あれは、神殿の門外不出の魔力測定の石で……あ」
学者は何事か思いついたような顔をした。
「そうか。あれ、僕が作るあれと基本的に同じだ」
「アディ」
また脱線しかけて、ガイキが学者の肩を叩いた。
「ああ、うん」
心ここに非ずといった顔で学者は生返事する。
ガイキは溜息をついた。
「我らがこちらへ出向いたのは、月神の呼び出しがあったからだ」
仕方なし、といった風に顔を上げ、静音に言う。
「月神様のですか?何故でしょう?」
「丁度洞窟の奥で水晶に閉じ込められ、半ば宝石化した竜の化石を見つけたからだろう。今思えば、そういう風に誘導されていたんだろうが」
『誰に』だろう---
静音は思うが問わなかった。こちらの世界へ来てから、そういう事ばかりだったので、もうそれを追求する気力もなければ意味も見いだせなかったからだ。
「大丈夫か?」
黙り込んだ静音に気遣わしげに尋ねる。静音は頷いて竜を見やる。
「あなた、古代の洞窟で既に化石化しているのね」
竜はふんと息を吹く。
「折角文字列を書き換え位相も変えて終端を導いたのに、それを曲げてくれたおかげで矛盾だらけだ」
時系列が乱れたのだろう。
静音の知った事ではないが。
「時空がひずむのだ。些細な事なら修復が自動でなされるが、此度はそういうわけにはいかん」
静音の心を読みとったように、竜は不機嫌な声で言った。
静音は笑う。
「どうでもいいのよ。私には」
世界が滅びようが、空間が歪もうが。
竜はガイキや学者を見やる。
「そなたらもそうなのか?」
ガイキは肩をすくめた。
「渡り人を呼びつけたのはこの世界の人間だ。その結果であれば、引き受けるべきだろう」
「僕は生きている間、研究が出来るならそれでいいよ」
学者が未だ上の空のままで答える。
竜は深い深い息をついた。
そして最後にリルを見る。
「そなたも同じか?」
だがリルは首を横に振った。
「私はひずみは正してほしい。静音と……様のいる世界だもの」
相変わらず月神の名前は静音には聞き取れない。
「そもそも静音には何の責任もないのに、なんで静音ばっかりひどい目に合わなきゃいけないの。歪みの元を作ったのはアルケじゃない。アルケは一体どんな報いを受けたって言うの?何事もなく安穏と死んでいったじゃない。そんな男に唯々諾々と従って力を貸したウ・ルフィネラは?弱ったからってそれが何。たかだか百年にも満たない年月力を失っただけじゃない。その後……様の棺で万年眠って至福の時を過ごしているわ。みんな、哀れがって優しくしているけど、自業自得じゃない。精霊たちは人間を蔑むけど、なら自分たちで因果律を正せばいい。全部静音にさせるつもりでただ蔑む。何もしないくせに」
リルの声は決して激昂しているわけではなく、静かだったが、深い怒りに満ちていた。
静音は、いつも楽しそうなリルが、そんな怒りを秘めていた事に驚いていた。
しかも怒りの中心は静音だ。
「リル……」
許せない、と呟いたリルの薄緑に輝く髪が黒く染まった。
南国の海の色だった瞳も黒曜石に変じた。
「リル、リル」
静音はそっと両手を上げて肩先に浮かぶ幼子のような姿の妖精をすくいあげるようにする。
同時に、最近使うようになった魔力糸を編み上げて一枚布のようにする魔力膜で包み込む。
「落ち着いて。私のお気に入りの瞳の色が変わってしまうわ」
「だって、理不尽すぎる。みんなひどい」
「そうね」
静音は苦笑いして、直接は触れられない筈の精霊の背中を撫でる。
「でもこのままだとあなたの属性が闇になってしまいそうよ」
はっとリルは顔を上げた。
するりと静音の指が黒く染まった髪を梳く動作をすると、そこが元の薄緑に光る。
「ウ・ルフィネラって言うのね。例の闇精霊。その子も一度深い怒りに染まったのかしら?」
「ええ……そう。その前は定まらない属性だったって……。今の私に似てる」
「あなたが闇に染まったら、私とお揃いの色にはなるんでしょうけど、出来れば元のままでいてちょうだい」
でも……と呟くリルの瞳にオパールの輝きがきらめく。
それはしずくになって黒く染まった瞳の縁から零れ落ちた。
「私の為に怒ったり泣いたりしないで。闇精霊になってしまったら危ないわ。アルトナミ王みたいな人間に目をつけられても嫌でしょう?あなたは私と違って長く生きるんだから」
契約者が死ねば、契約は終わる。
次に惹かれる魔力があれば、また、別の人間と契約が交わされる可能性がある。
ウ・ルフィネラはアルケのそれは抗いがたい魔力であったと言っている。
惹かれてやまず、どうしようもなかった、と。
過去のリルはそれを右から左に聞き流していたが、静音を前にして実感した。
どうしようもないのだ。
その、甘やかな魔力に引き寄せられる……
「そんな話、しないで……」
リルは腕を伸ばして、静音の胸に顔を埋めた。
契約が終わる話など、今聞きたくなかった。
静音がゆっくりと宥めるように背中を撫でると、その手の動きに従うように、髪の黒が抜けていった。
一見、元の薄緑に戻ったかに思えたが、毛先だけ黒が残り、静音が気にして何度も指で梳くが、リルは首を振った。
「そこの色は落ちないわ」
南国の海の色に戻った瞳でリルは言った。
「怒りは忘れようがないもの。一度発露してしまった以上、無い事にはならない」
「そう」
静音は残念そうに溜息をついた。
今日は結構コンスタントに閲覧があるようで(いつもは閑古鳥が鳴いている)何故でしょう。不思議。




