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「そなた、調査に向かったのではなかったのか」
開口一番、挨拶もなく言い放つ王に流石の筆頭公爵も鼻白んだ様子で一瞬顔をしかめた。
「私が行った所でどうなります。調査に向いた人員を向かわせておりますよ」
「我が見る限り、そなたこそそういった事に向いているように思うがな」
悪気の一つもなさげに王は言った。心底そう思っていたのだ。
公爵はむっとしたようだったが、流石に顔には出さなかった。
王は微かに笑いながら足を組んだ。
「で、用件は何だ」
「かねてよりお話し申し上げておりました、第一王子殿下の婚約者の件でございます」
公爵は底の見えない笑みを浮かべて言った。王もまた笑みを浮かべたままだ。
「娘御は体調が戻らぬのではなかったか」
「此度の調査で上向く可能性がございます」
「何か確証でもあるのかな」
「妻の夢見がございました」
公爵の妻は身体が弱く、一切人前に出る事が無く、公爵家内でさえ、決まった少数の使用人のみが傍に仕えて隠されるように世話されていると言う。
表向きは頼子の伯爵家から迎えた娘という事になっているが、市井で見つけた「先見」の能力のある平民の幼女を無理やり連れて戻ったと皆が知っている。
娘を突然奪われた親に金を握らせ黙らせようとしたが、親は納得せず結局は「事故」でどうにかしたと。
ささやかな「先見」の能力を有しているのみであった娘は大人びていて、熱心に神殿に通って祈る子供でもあったが故、界隈の人間達にはよく知られていて、公爵の非道は隠されようもなく、誰に追及されることもなかったが明らかではあった。
娘はやがて、光魔法を有する赤子を生んだ。それが現在病床に伏している、第一王子の婚約者候補である。
「公爵夫人は息災か?」
王は何気なく問う。
「ええ。おかげさまで」
顔色も変えず、公爵は答えた。
閉じ込められた妻がどのように暮らしているのかは、殆ど外には聞こえてこない。
たまにこうやって「夢見」があった、と知らせてくるので、生きてはいるのだろうと思われてはいる。
そう、「先見」と言いながら、公爵の妻となってからは娘のそれは「夢見」となった。
少なくとも、公爵はそう言う。
もとから夢に見るのみであったのか、結婚以降そうなったのかは定かではない。
だが、王は多少調査をしてみたことがあるのだ。
通っていた下町の神殿の下働きをしていた子供が言葉少なに言うには、幼女は無邪気に、時折、先見であろうと思われる事を口にしていたと。
それらはささやかな事で、明日は雨になる、とか、今年の夏は雨が多いだろう、とか、知り合いの失せ物が見つかるだろうとか、その程度の事だったらしい。
それでも下町の神殿は幼女を大事にしていた。神から賜った有難い力であり、祝福を得た子と思っていたからだ。
「妻の夢見では、調査の後、娘は己を取り戻すという事でございます」
「そうか。ならば、その時に話をしようか」
本来なら、浄化の旅から戻ってすぐに協議に入る予定だったが、渡り人に途中離脱され、それが娘の嫌がらせのせいであるとされ、更には統括者であった王子にもその責はあるという事で、話は落ち着くまではと先延ばしになっていた。そうしているうちに火魔獣の襲撃があり、娘は自失状態となったのだ。
「現状、娘以外の候補はございますか」
「何故そんな事を聞く」
「単なる興味でございます。優れたご令嬢なれば、娘に更なる精進が必要かもしれませぬし」
王は皮肉に頬を歪めた。
「今のところ、そなたの娘に対抗しようというような骨のある娘はおらぬよ。こちらがどうかと話を持ちかけても端から断られる」
公爵は眉を寄せた。
「打診されたご令嬢が?」
「浄化の旅の、苛烈なふるまいを聞いて、いずれも恐れをなして断ってきたぞ」
面白そうに王は笑う。
「精進は、まあ、棘を隠す事だな」
大したことではない、と言いたげに王は肩をすくめた。
「王子殿下はその件に関しては?」
「あれは何も気にしていない。いつものことだ」
結婚も後継者作りも務めの一つとしか思っていない。
「話を持ちかけた娘にしても、こちらもまあ、予測していたというか、こうなるだろうと思ってはいたので、形だけだな」
「何故また」
「最初から、そなたの娘のみ候補というわけにもいかぬだろう。体裁の問題だ」
貴族の力関係を慮っての事だと王は言う。
「旅の前に、渡り人にもやんわり打診してみたのだがな」
ふと思い出したように王は言った。
「おや、なんと答えたので」
興味を引かれたように公爵は顔を上げた。
「興味が無い、と答えよった」
愉快げに王は答えた。
「興味……」
王は思い出したように声を出して笑った。
「王子にも貴族にも、なんなら男にも興味がないそうだ。そんな話は餌にはならない、と答えよった」
含み笑う王に公爵は渋面を浮かべた。
「王家に取り込むおつもりであれば、そんな話をせずとも」
他にやりようはあったのではないかと公爵は思ったが、王は笑うのみ。
「まずは浄化を行ってもらう必要があった」
そう言われ、苛め抜いて途中で抜けさせてしまった己の娘の手際を思い出して黙る。
「あの渡り人に懐柔は無理だ。警戒心が強すぎた」
王は手首を返した。
かすかな金属のこすれる音がする。
そこには、いくつか腕輪が嵌っていた。
公爵は一瞬だけ息を止めた。
王の手首の装飾品は、それぞれが魔導具である、という噂があるからだ。
「あれに、「印」をつけようと思ったのだがな。言い伝え通り、渡り人にはなかなか通じないらしい」
印、ときいて公爵は顔をこわばらせた。
「よくそんな……。下手をすると渡り人の力をそぐかもしれませんのに」
王は鼻で笑った。
「得体のしれない力を持つ者に、首輪をつけずにおくわけにもいかんだろう」
失敗したがな、と王は言った。
そなたの娘とて、渡り人に「命の危険を感じた」と言わしめたではないか、とせせら笑う。
「ま、今となってはどうでもいいことだ」
溜息をついて立ち上がる。
なるようにしかならぬ、と続ける。
娘の婚約の話をしに来たにも関わらず、公爵は何とも言えない心地になって顔をしかめるのみだった。




