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竜の爪は当たり前だが魔導人形などよりよほど重く鋭く速く、静音のシールドはそれを弾き返しはしたが、一度弾くとその部分がぼやけるように曖昧になって「硬度」が下がる。
魔力を薄く張っているだけとはいえ、その強度はゴーレムの一撃にさえびくともしなかったというのに。
魔力同士が干渉しあって、強固につながり合った粒子が解けている。
---よしよし。強度も面積も上々だ。
静音は生きた心地がしなかったが、竜はそれらを打ち、満足そうだ。
---ほれ、もっと本気を出せ。
そう言って解けた場所へ雷撃を落とす。
静音は慌てて魔力を練り直す。
一部間に合わず、肩や髪や頬を焼いた。
浄化の旅を思い出す。
あの時はわざと受けたのだったが、今回は全力回避である。
竜はいたぶるように静音を転がした。
両の爪で右に左に、時折落雷でシールドをそぎ落としながら。
「理不尽……!」
一体自分が何をしたというのか。
お人よしを余計なお世話と咎めたいのか。
それにしてもやりすぎではないか。
---何を言う。そなた死んでおらぬではないか。
当たり前だ。死んでたまるか。
静音はそう言いたかったが、口を開く余裕などなかった。
***
アルトナミ王城は慌ただしく組織された第一王子と魔導士の王都魔法陣調査隊を見送って束の間の静けさが訪れていた。
中央塔の最上階から、神殿方面を見やれば、金色の光を帯びる魔法陣が空に浮かび上がっている。
アルトナミ王は王子たちの出立を城壁から見送った後、執務室へ戻らずこの塔へと上ってきた。
北東の塔を火魔獣に破壊されて以降、城で一番高い場所はこの塔のバルコニーとなった。
王は暫く微動だにせず魔法陣を見つめていた。
人払いしているはずの部屋に人の気配を感じて振り返る。
バルコニーから見る室内は暗く、影が動いた事しか判らない。
「そなたか」
だが王は見知った相手であるかのように声をかけた。
「筆頭公爵家のご当主様が、面会を願っておいでですよ」
「ああ、あれの所も調査隊を差し向けたのだったか」
「塔も含めて合同で調査するという話でしたのに、あなたが打ち合わせに顔をお出しにならなかった事がご不満のようでしたよ」
「指揮は第一王子に任せると通達したはずだが」
「あなたが関心をお示しにならない、とご不満なのでは」
王は口角の片方を上げた。
笑ったつもりなのだろうが、第三者には唇を歪めたようにしか見えなかった。
「ここから動かぬ我に一体何ができると言うのだ?」
「直接問われればよろしいでしょう」
そもそも、最近ろくに姿を現さない事そのものがご不満なのです、と影は遠慮もなく淡々と言った。
王はもう一度バルコニーから魔法陣を見やった。
「そなたに聞いたことが無かったな。あれは何だ?」
影は一拍置いて微かに息をついた。
「御覧の通り、魔法陣でございますよ。元は循環や円環を導くものだったようですね」
「元……?今は違うのか?」
「あの陣の文字列は所々に隠蔽がかかっていて正確なところは読み取れないのです。ですが、つい最近書き換わったようです」
「どう書き換わったのだ?」
「円環を閉じず、終端を導くように」
「……水や土の魔獣はどちらへ向かったのだ?」
「あれらは円環へ」
「では終端へは風が?」
影は首を振ったようだった。
「わかりません」
王は黙り込んだ。
この影は、既に成った事以外は「見る」事は出来ない。
これから押しかけてくる筆頭公爵家当主が何を言うかも。
予測はつくが。
王はふと顔を上げた。
影の気配が消えた。
「失礼します。王へ面会のお申し出です」
扉の向こうから、声が聞こえた。




