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吟遊詩人ギレディウスは、突然ホールに現れたそれに呆気にとられていた。
演奏会は終盤で、人々も良い具合に集中し、熱気も高まっている最中だったが、天井から降りてきた女神の姿に更に熱狂は高まった。
だが、暫く姿を現していなかった有翼の佳人とは似ているようで明らかに違う存在であることに、人々は気が付いていないのだろうか。
瞳の色が違うなどと言う些末な事ではなく、まといつかせている神気が違う。
そこにいるだけで圧倒されるような気が満ちていた。
吟遊詩人は深呼吸して片膝をついた。
その様に、人々は静まり返る。
今までにない事だったからだ。
---邪魔をして悪いけれど、急いでいるので協力してほしいの。
女神は意思を伝えてきた。
これもまた、聴衆にとっては初めての事だった。
「御意に」
壊れた以上、二度と演奏会場に現れることは無いだろうと思っていた有翼の佳人の再来に戸惑いつつも、吟遊詩人は即座に答えた。
これはあの時の金の光輝の神に間違いない。
優しく包まれ慰撫された恩がある。
---ありがとう。では連れていくわね。
女神がそう伝えた途端、舞台上の吟遊詩人も女神そのものも姿を消した。
残された聴衆は、今見た物をどう解釈するべきか戸惑い、ざわめいた。
しかし、ほんの少しの後、どこからともなく竪琴の音が聴こえてきた。
吟遊詩人の音色に間違いなかった。
人々は周囲を見回したが、出所は明らかでなく、一体どこから湧いてくる旋律であるのか。
誰一人席を立つこともせず、ただ周囲をうかがっていた。
***
女神が吟遊詩人を連れてきたのは、あの洞窟だった。
天井の魔力の塊は、何かの波動に共鳴するかのように輪郭を震わせ、泉に横たわる神像の輪郭もまた、金色の光を揺らめかせていた。
奉納する歌に反応してこうなるのは見てきたが、何もしていないのにどうしたことだ。
吟遊詩人はそれだけで異常事態を悟った。
---奏でてちょうだい。
女神の要求は端的だった。
だが、吟遊詩人はそれだけですっと竪琴を構えて奏で始めた。
清らな乙女は月神の巫女となりて
その歌以外はありえず、吟遊詩人は歌わず、旋律を竪琴で弾く。
やがて、微かに、旋律に歌が合わさってきた。
どこから聴こえてくるのかは判らなかったが、その歌声が、渡り人、静音のものであると、練り込まれた魔力によって吟遊詩人は即座に気づいた。
長い歌だったが、静音は、恐らく一度聴いただけのそれを完璧に歌っていた。
魔力の作用なのだろうか。
吟遊詩人は取りとめもない事を考えた。
天井の魔力塊はますます震えて輪郭を曖昧にし、泉の神像も朧に金色に滲んでいる。
吟遊詩人は微かな眩暈を覚えて目を眇めた。
神像の揺らめく金色が泉の上に弾けて漣を作る。
天に満ち、地にも満つ
そは暁の光
朦朧と、口ずさむ。
暁の愛せし精霊よ
目覚めの時は来ぬか……




