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ばさりと目の前を金色の波動が覆った。
思わず目を閉じ、開くと、水晶の壁の中に、竜の化石と重なるように金色の翼ある人の輪郭が見えた。
もう一度瞬きすると、それは、よりはっきりと質感を増した。
金の髪、瑠璃色の瞳、白い翼。
バラ色の頬と唇、しなやかな手足。
金の魔力の波動で舞い上がる衣。
「月神か……?」
直前に、静音が現れ、翼ある月神の像があれば教えてくれと言われていた。
像どころか、生きた姿(神に生死の概念があるのかどうか)で現れるとは。
長いまつげに縁どられた瑠璃色の瞳が瞬いた。
---突然現れてごめんなさい。少し急いでいるの。
月神は微笑を浮かべて思いのほかフランクに話しかけてきた。
---力を貸してくれないかしら。
***
「月神には竜の友がいたという」
吟遊詩人がふと口ずさんだ。
「ともに空を飛び、遊びたわむれたと」
静音は、自分には挑みかかってくる竜しかいない現実に溜息をついた。
「いいなあ」
珍しく、羨んだ。
それを聞いて吟遊詩人は笑った。
「竜と戯れたいのか?竜が好むのは光り物だと言う。財宝で機嫌を取るのはどうだ」
「持ってないもの」
「では歌を捧げるとか」
「あなたじゃあるまいし、私の歌にそんな価値はないわ」
彼は首を振った。
「君の声には魔力が宿るよ。弟子に欲しいくらいだ」
「え、そしたらここへ奉納へ来なきゃならないんでしょ?お断りよ」
ぐるりと洞窟を見回して、言った。
外れとはいえ、アルトナミ王都の傍である、こんなところへ定期的に通う事など御免である。
「残念だよ」
吟遊詩人は微笑みながら言った。
元より幽霊を弟子に取るなど不可能ではある。そう、判っていて戯れに言ってみたのだ。
それ程静音の声には力があった。
***
静音は、竜の濃いアメシストの瞳を見上げて、果たしてどうしたものかと、過去のやりとりを思い出していた。
光の柱の中は転移門となっていた筈だったが、竜が立ちふさがっていた。
そもそもその竜に会うため来たので、転移出来ない事そのものは別段問題はなかったが。
「ええと……こんにちは」
とりあえず、話しかけてみた。
竜は黙って静音を見下ろしていた。
「門をくぐりたかったのだけれど」
微動だにしない竜に不自然さを感じて、一歩近づいた。
竜を覆っている結界の一種が静音の魔力を弾いた。
結界同士が反応していた。
そして、結界とはいえ、触れた事で、静音は竜が生きていない事に気が付いた。
周囲を見回し、竜の後ろの門が竜の結界の中にある事にも気が付く。
つまり、他者を入れないように封鎖されている。
どうしたものかと竜を大きく迂回して背後をうかがう。
アーチ型の石の門が一つ、ぽつんと建っている。
その他には何もない。
「歌うといいわ」
ぴょこっと静音の髪の中からリルが顔を出した。
静音は驚いたような顔をした。
「リル、ついてきてたの?」
「置いていこうったってそうはいかないわよ」
つんと顔をそらす。
「寝室を出入り自由にしたのは失敗だったかしら」
いないことを確認して移動したつもりだったのだが。
「私、役に立つと思うんだけど」
リルはぷくっと頬を膨らませた。
「うん、そうでしょうね……」
静音は竜を見上げる。
大立ち回りの可能性があったので、敢えて一人で来たのだ。
今も、可能性は消えてはいないが。
「で、歌わないの?」
「……」
黙り込んだ静音の耳に、遠く微かに、竪琴の音が聞こえてきた。
吟遊詩人の音色だった。
唖然とした顔で静音は確認するように周囲を見回す。
旋律は魔力を帯びて、「外」から聞こえてきていた。
「歌って。静音」
半ば懇願するかのように、リルは促した。
静音は、大きく息を吸い込んだ。
ちょっと梃子摺っております。




