07
「久しぶりだね。元気だった?」
アディトリウスはにこやかに声をかけてきた。
「ええ。おかげさまで」
静音は用心深く学者の背後を見やったが、一人きりのようだった。
「こんな所で何をしているのか聞いてもいい?」
「遺跡を探していました。あなたは?」
別段、隠すことでもないと静音は答え、学者はそれを聞いて楽しげな顔をした。
「偶然だね。僕もだよ」
学者は背後の林を指さした。
「あそこにね、古い神殿跡があるんだ」
「へえ、そうなんですか」
静音は魔力糸で林を探り、確かにそこに暁の神殿に似た場所がある事を確認した。
「この辺の海は昔陸地だったんだよ」
学者の言葉に静音は頷いた。
「面白いものでもないかなと思って」
「遺跡はね、色々面白いものがあるから楽しいよ」
「そうでしょうね」
静音はもう一度海を見やった。
「海の底が気になる?」
「この辺の沖でしょう?昔の都があったのは」
学者は少し驚いた顔をした。
「知ってるの。アルトナミの人間は敢えて口にはしないのに」
「アルトナミ国外の人に聞きました」
「国外って……この大陸の人間は元をただすと全員アルトナミの人間なのに」
要するに、大陸の人間は敢えて「神の怒り」については口にしないという事か。
「この大陸の国ではありませんから」
「ああ……そうか。君はどこにでも行けるんだね」
学者は羨ましそうな顔をした。
「それくらいの特典があってもいいと思います」
憮然として静音は言う。
確かにね、と学者は笑った。
その笑みを見て、静音は首をかしげた。
「少し若返ってません?」
唐突に言われて、学者はきょとんとした顔をしてみせた。
「え、そう?」
そして片手で顔をまさぐった。
「まあ、ほら、遠征中は色々……疲労も激しかったし」
そう言いながらも、
「あ、でも、今結構好きにやらせてもらってるんだよね。そのせいかも」
と言い放ち、静音を呆れさせた。
どう見ても、元から好きにやっていたようにしか見えなかったからだ。
「きちんと食事をとっているとか睡眠時間を確保しているとか、そういう理由だと思いますよ。後、魔力量増えてますよね?一番の理由はそれだと思います」
静音は魔力視で学者の全身を見て、断言した。
「あ、そういえばそうかもね」
学者も納得したようにうなずいた。
「慣れない土魔法で村の端から端まで障壁作ったり、転移魔法やら結界杭やらの魔導具にギリギリまで魔力注ぎ込んだり、色々やったせいか、確かに魔力量増えたよ。成人してから増える事なんてないってのが定説だったけど、そうじゃなかったみたい」
新発見だよ、と楽しげに学者は言った。
「健康で長生きできるなら有難い事だよ。その分研究が出来る」
学者馬鹿を発揮するアディトリウスに静音は何も言わなかった。
人には天分がある。
「そろそろ行きます」
静音は言った。
「え、もう?」
「時間がないので」
一冊の本を虚空から取り出すと学者へ差し出した。
「なにこれ?」
「神殿の遺跡から見つかった恋愛小説です」
「は?」
うっかり受け取ってしまった学者が何か言う前に、「それでは」と静音は転移で消えた。