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月影映る・海  作者: 林伯林
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 話は多少遡る。



 時渡りした先で気ままに遺跡調査を続ける三人(主に学者)は、無人島の洞窟奥で、そそり立つ水晶の壁を見つけた。


 神殿跡から古い石畳の道を見つけて辿った結果だった。


 水晶の内包物はオパールに変化した竜。


 巨大な竜の身体がそのままの形で残されていた。


 これが信仰の対象になっていたのだろうと予想できたが、見た目の壮麗さ以上の力があるのか?


 ガイキがいささか無粋な事を言ったので我に返った学者は、返事をしようとして僅かに顔色がおかしいエイディスに気づいた。


 エイディスはそっと手を伸ばし、水晶の表面に手を置いた。中の竜を確かめるようにじっと覗き込む。


 飛ばした魔法の灯りを最大にしていたので、乱反射が遊色を万華鏡のように弾きだしてそれは美しく、そして眩しく、目を眇めないと見つめる事は難しい。


 「エイディス!」


 耳元で強く名を呼んで、肩を揺さぶる。それではっと息をのんで、エイディスは我に返ったようだった。


 「一つ聞きますが、生き物がこの状態になるのにはとてつもない年月がかかるのですよね?」


 「化石だしね……」


 妙な事を聞くとばかりに学者はこれまた何とも妙な返事をした。


 「私は、あの竜に会った事がある、と言ったら頭の中身を疑いますか?」


 エイディスは更に妙な事を言った。

 尋常ならば。


 「いや。我々だってこうして時渡りしたんだ。別に不思議じゃない」


 現状を考えれば、起こり得る事だろう。

 それを聞いてエイディスはわずかに笑んだ。


 「私が話したのは、生きている状態の竜でしたが、あの瞬間、私が時渡りしたのか、竜が時渡りしたのか……」


 全てが曖昧で良く判らない、とエイディスは力なく呟いた。


 月照の峰であった場所を歩いているうちに恐らく転移したのだろうが、氷壁の中の魔物たちも今となっては幻のように感じていた。


 「竜は行きたい所へ行く、と言って、魔法陣の中へ消えて行きました」


 「それがどこかは?」


 「聞いていません。竜も言いませんでした」


 何しろ、唐突にあの場所へ転移させられ、唐突に竜に話しかけられたのだ。何をする時間もなかった。


 「彼がいたのは氷壁の中に魔物が何体も閉じ込められている場所でしたが、「維持」の魔法を解いて魔法陣を出現させた、と言っていました。崩れ落ちる氷壁から私が避難する為の物と、自分が移動する為の物を」


 竜は何故、自分を助けたのだろう、とエイディスは思う。

 その分余計に魔力が必要だったろうに。


 「移動した先に階段がありました。そこを降りて、歩くうち、またしても氷壁に魔物が閉じ込められた場所に出ました」


 今思い出しても、夢の中をさまよっていたような心地がする。

 青い泉、光る精霊たち、白い鳥、またしても現れた魔法陣。


 一つ一つゆっくりと、思い出しつつ話す。

 エイディスは二人と行動を共にしつつも、何があったのかをここまで話していなかった。

 恐らく、二人は話し出すまで待っていてくれたのだろうと気づく。


 今も二人は黙ってエイディスの話を聞いていた。


 「私が氷壁を切り裂いたのは、「鳥」がそうすべきであると囁いたからです。考える前に剣を壁に突き立てていた」


 ひび割れた氷壁から、魔物たちがゆっくりと歩き出てきた時、鳥は更にその後に続いた。そして囁いた。


 「そなたも来るのだ」


 抗えず、ゆっくりと歩みを進めた先は、泉に浮かんだ魔法陣の中。


 「魔物たちがどこへ移動したのか、何故それが必要だったのか、私には判りません。鳥が囁くと、私の意志はそれに従おうとしてしまう」


 腰につけた小さな物入れの袋に手を入れ、そこから二つの石を掴み出した。


 「鋼玉かな」


 手の平のそれを見て、学者が呟く。真っ青で透明感があり、宝石として質が良い、と見えた。魔核の方が価値は高いが、色石にはそれなりに需要がある。


 「これは最初真っ赤な色をしていました。「鳥」の瞳に嵌っていたものです」


 学者は好奇心を隠さず、エイディスの手から一粒石を取り上げた。


 「あ、これ魔核か。魔力がある」


 触れてみると、微かな魔力の波動を感じた。学者は常人よりもわずかに魔力に敏感だった。


 それを聞いて、ガイキもじっと見つめる。


 彼の眼には、明確に魔力が「見えて」いた。


 「魔法陣を抜けた後、「鳥」は今後どうするか聞いてきました。初めての事でした。私は鳥の首を切りました」


 恐らく、あの時、「使命」は終わったのだろう。

 もう「鳥」の存在は不要であり、エイディスが手を下す「許可」も出た。

 あのまま、傍に置いて案内人として使う事も可能だったのだろうが。


 学者は暫し石を見つめた。


 「ガイキ、これ君どう見える?」


 剣士を振り返る。


 ガイキの目には、じわりと滲み出す魔力の波動が見えている。


 「水の魔力ではないな」


 学者に石を手渡され、掌の上で転がした。


 「おや」


 そして、それに気が付いて首をかしげる。


 「あんたのそれと共鳴している」


 それ、と指差されたのは、学者の右の手の平に刻まれた星の形。

 神殿サークルの調査時、祭壇の側面の彫刻を辿ってガイキには判らぬ装置を作動させた際に出来た傷だ。

 その形は、十時の長めの線、短めに斜めの二本、計四本の線によって描かれている。全てが交差する中心は、今、ほのかに魔力を帯びていた。


 「あれ、なんでだろ。むしろ反応するなら……」


 ふと学者は、腰のバッグから水晶玉を出した。


 転移の水晶球はこれもまた中心がちらちらと瞬いている。


 「反応してるね……」


 エイディスがずっと石を持っていて、この距離にいながら、今までは何の反応もなかった。


 ということは、今この場であることが重要だったのだろう。


 目の前の、暗く虹色を弾く竜の姿を見上げる。


 「これが原因なんだろうね」


 竜の瞳は紫色をしていた。


 学者が以前見た竜は、北の荒れ地で落雷を幾つも生んで渡り人を攻撃していた。


 あの竜の瞳の色は何色だっただろう。記憶に残っていなかった。竜の鱗が黒っぽい色だったので、同系色だったのだろうが。


 そこまで考えて、竜など、人が生きているうちそう何度も見る事などないのだと首を振る。


 そっと手を伸ばし、エイディスと同じように水晶の壁面に触れる。


 「あ」


 触れたのは右手で、その掌には魔力を帯びた星が刻まれている。


 そのわずかな魔力に、水晶がぴりりと光を発した。


 学者が慌てて手を放すと、表面を走った魔力の波動は消えた。


 首をかしげてもう一度竜を見上げる。


 「ねえ、エイディス、その石持った手で触れてみて」


 石が一個残った右手を軽く握って、エイディスは言われるまま壁に触れた。


 再び、水晶が魔力に反応する。


 そしてエイディスの右手はするりと壁の中へ入った。


 ぎょっとしたようにエイディスは手を抜いたが、その時、脳内で記憶が巻き戻ったような心地がした。


 周囲を見回す。


 氷も雪もない。だが。


 ---時は巡った。


 ふいに頭の中に声が響いた。

 それが覚えのある声であったことに、エイディスはもう驚かなかった。


 顔を上げると、竜の宝石化した瞳がこちらを無機質に見下ろしている。


 「行きたい所へ行けたのか?」


 ---辿り着いた。


 「満足したのか?」


 ---さて。費やさせられた年月を思えば、見合っているのかどうか。


 「誰に?」


 ---アルケ・アルトナミ




 オパール輝く竜の化石が、金色の光を帯びた。




 羽ばたきの音が降ってきた。

 

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