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月影映る・海  作者: 林伯林
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 封鎖された神殿内へ入りたいと願い出たのは公爵家と王子。


 塔も遅れて申し出てきた。相変わらず、アディトリウスは音信不通であり、こういう時真っ先に立候補する人物がいないと何事も後手に回るらしい。


 もっとも、塔は最初に調査に訪れてはいるのだ。渡り人があの光の中へ入って消えたとて、何かが変わっているとも思えなかった。


 公爵家も王子も独自の調査隊を連れてきた。


 主に魔導士兵で組織されているようだった。


 塔は傍へは近寄らず、以前と同じように、光の柱の周囲から調査を始めた。




 所で、王子の調査隊にはアリオが入っていた。


 光魔法の娘達程の事はしていないが、アリオとて静音に嫌がらせした事に違いなく、今は公爵令嬢の陰に隠れてはいるがいずれ誰かに咎められる日は来るだろうと思われた。


 アリオは現実的であったので、神の怒りなどは信じていなかったが、人の感情や、噂の効力についてはよく判っていた。


 その時々で傾きが変わる天秤のようなものだ。


 生家は言外にどうにかしろと言ってくる。戻ってきた時は出世間違いなしと喜色満面で出迎えておきながら。



 所在無く佇む面々であったが、一番最初にそれに気が付いたのは王子だった。




 光の中に、渡り人の姿がうっすらと浮かび上がった。





 「セラ!」





 王子が呼びかける。





 しかし、渡り人は聞こえていないように、周囲を見回し、何かを探しているようだった。


 やがて虚空の一点を見て、何事か話しかける。


 柱の外にいる者には渡り人以外は見えない。



 「セラ!」



 もう一度王子は呼びかける。


 「中へ入れないのか!」


 塔の人間の方へ向かって問う。


 「以前試した時は、物が通り抜けるだけでした。人も。渡り人だけの現象かと思われますが、いずれにせよ殿下が試して良いことではありません」


 最年長と思しき人物は塔の長老だった。アディトリウスがいない以上は、王子も出向く先に出てこないわけにはいかなかったらしい。


 「では私が試してみよう」


 手を上げたのはアリオだった。


 魔導士隊の有力者である人物が手を上げたことに長老は驚きを隠せず、王子の方を見やる。


 有能な魔導士は国としても保護の対象であり、戦や災害などの特殊な場合を除き、危険にさらす行為は出来るだけ避けさせるのが国の方針だった。


 「まあ、まずは魔法を放ってみよう」


 そう言って、アリオは小さな炎弾を光の柱の中、静音の像の足もとへ放った。


 誰が止める間もなかった。


 炎弾は柱の中の瓦礫に当たり、細かく砕けて飛び散った。破片は柱の外へも飛んできた。


 「アリオ、セラに当たったらどうする」


 アリオはそれを聞いて内心呆れつつ笑った。あの旅で、この王子は一体何を見ていたのだろう。戦闘時は馬車の中にしかいなかったのだったか。そう言えば、外に出てきていたのは学者だけだったかもしれない。


 「セラはこの程度、受けてもけろりとしていましたよ」


 腹立たしいことに。


 光魔導士の娘達の嫌がらせの暴走は、そのせいもあったのかもしれないとアリオは思う。何をしてもある程度は大丈夫だと認識させてしまったのだ。


 「物は通り抜けるだけのようですね」


 足元の瓦礫の破片を拾い上げ、柱に向かって投げる。石は静音の身体を通り抜けて向こう側へ落ちた。


 「後は人ですね」


 アリオは柱に向かって無造作に手を突き出した。


 するりと光の中に肘まで入る。


 「変わりなしです」


 中でぐるぐる腕を回してみながら、塔の長老を見やる。


 長老は頷いた。


 「前回もそうでした。塔の人間が決死の思いで腕を中へ入れても、何も起こらなかった」


 「入ってみたのでしたっけ?」


 「ええ。重犯罪者を試しに入れてみましたが、そのまま素通りしました」


 そこは保険を掛けたらしい。


 「ではもう一度犯罪者を用意するか?」


 同じことのようだが、とアリオは言う。


 「いや、僕が入りますよ」


 その時、不意に背後から明るい声が飛んできて、全員が一斉に振り向いた。




 いつの間に近づいてきたのか、そこにはアディトリウスの姿があった。 

 



***


 「そなた、今まで一体どこにいたのだ!」


 一番に声をかけてきたのは長老だった。彼がいないせいで、この数か月胃の痛む思いをしたのだ。


 「古代遺跡にいましたよ。そう申請してたでしょ?」


 へらへら笑いながら答えるアディトリウスの右腕は、何があったのか肘から先が破れて袖がなくなっていた。


 「「鳥」は返ってくるばかりでそなたはずっと行方不明だったのだ」


 「それは申し訳ない。何しろ「潜って」いたもので」


 悪びれず笑って答えるアディトリウスに、長老は震えていた。怒りで。


 「それならそれで、その前に連絡くらいすべきだろう」


 アディトリウスは肩をすくめた。


 「済みませんね。何しろ「仕掛け」に嵌って落ちたもので、そんな余裕はなかったんですよ」


 古代遺跡には罠のような仕掛けが多々確認されている。確かにそれに嵌ってしまえば連絡は難しかろう。


 だが長老は怒りが治まらないらしい。


 「そなたはいつもその調子だ!初めてではないのだし、何か策を講じる事くらい出来なかったのか!」


 それが難しい事くらい、長老とて判ってはいたが、言わずにはいられなかったらしい。


 「死なずに戻ってこれたのが奇跡ですんで無理ですね」


 つらりと答えてアディトリウスはつかつかと光の柱へ歩み寄った。


 中では静音の像が相変わらず何かと話しこんでいる。首をかしげてそれを少しの間見て、アディトリウスは頷いた。


 「ガイキ」


 背後を振り向いて呼ぶと、そこには、これまたいつの間にそこにいたのか、大柄な剣士が調査隊の後ろから前へ出て来た。


 「そなたも、一体今までどこにいた」


 王子が掠れた声で問う。


 剣士はちらりと王子を見る。


 「学者殿に雇われて、護衛を」


 ギルドにそう申し出ていたはずだ。


 王子は瞬きした。


 完全に、縦割りの弊害だった。


 「ガイキ」


 アディトリウスは肘から先がむき出しの腕を伸ばし、剣士の手を掴んで引いた。


 「承知した」


 視線を合わせただけでガイキは頷く。


 二人はするりと光の柱の中へ入った。


 「待て!」


 王子は慌てて声をかけたが一歩遅かった。


 二人の姿も、柱の中へ消えた。


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