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「次は南の大陸」
と静音が言うのに合わせてルーが微笑んだ。
「逃避はここまでで」
有無を言わさぬ鉄壁の微笑に、静音は溜息をついた。
ホログラムはオウナからアルトナミへと移動した。ほぼ真裏となる。
双方面積的にはほぼ同じだ。
どちらも魔力変動で半分が海に沈んだ所も同じ。元の面積も同じくらいだったのだろう。
画像は西へ寄り、海に突き出した部分へとズームした。
現在のアルトナミ王国であり、大陸でもっとも栄えていると言われている国ではあるが、オウナのロウスウと比べると長閑である。
王都の中心には未だに魔法陣が浮かんでいる。
その魔法陣に折りこまれた文字列が変化している、とルーに告げられたのはつい先ほど。
今すぐ何かが起こると言うわけでもないだろうが、確認を、と言われたのだ。
魔法陣の文字列は、一部に隠蔽がかかっていて、ルーには所々がぼやけて見えないという。
リルにも確認させたが同じ状態だという。
月神にも同じ依頼をしたが、笑って拒否された。
かかわる気はないという事なのだろう。
一部ぼやけて見えないとはいえ、全体に変化していればルーにもそれは判る。
「循環とか円環とかそういった文字列が変わっているように思う。帰還、位相、帰着、か?」
ルーは円盤にそって刻まれた文字を辿る。
静音には実を言うと隠蔽は利いておらず、文字列は全て読めている。
これらが魔物たちを魔力粒子に返してまた新たな存在とする陣から、終端へ導く陣に変わっている事にも気が付いた。
「順番で言うと次は竜なんだけど……、もう円環の中へ戻る気はないのね」
「竜が?」
「そうね」
ルーは小首をかしげた。
「ではこの魔法陣は竜が設置したのか?」
「いや、うん……なんというか……」
静音は説明しづらそうな顔をした。
「一度話さないといけないんでしょうね」
深く息をついた。
「気は進まないけど」
「竜と?」
「そう」
両手で顔を覆い、唸る。
「行きたくないなあ……」
「竜の所へか?」
首を振る。
「王都へ」
画像の魔法陣を指さす。
「あの下に」
魔法陣の下は破壊された神殿の礼拝堂だ。
***
静音自身もまた生真面目であるのだろう。
本来なら、放っておいても誰も文句は言わないはずだ。
浄化は終わっているのだから。
***
かつてアルトナミ一の権勢を誇っていた公爵家は、長女が膨大な魔力と光魔法を発現し、絶頂期を迎えた。
現在もその力に揺るぎはないが、強い裏打ちの一つであり、現状一番の自慢でもあった長女が、先日の火の魔獣の襲撃以来自失状態に陥り、どれほど手を尽くそうとも回復の兆しが見えない事が、今、公爵家全体に影を落としていた。
神殿一の治癒魔法の持ち主として、誰よりも敬われ、守られていた娘ではあったが、浄化の旅で神子に嫌がらせをし、遠征隊から追い出す原因になったのではと、その評判を僅かに落とした時から、おかしくはなり始めていたのかもしれない。
火の魔獣に襲われた際の出来事は、その場にいた治癒魔法士の娘達には箝口令が敷かれていて、正確に何が起こったのかは一般には知られていないにも関わらず、神子への仕打ちから神の怒りをかったのではないかとまことしやかに囁かれ始め、あっという間に噂は広がった。
公爵家はそれを否定するが、根拠も証拠もない故にそうではない、という言は、「そうでないかもしれないのであれば、「そうである」かもしれない」と政敵にいささか意地悪くひっくり返された。
現に娘が行っていた神子への嫌がらせは、止められていないが故に、具体的に何をしたのかが克明に他の娘達によって証言され、手足となっていた娘達は、己に神の怒りが振り下ろされるのを恐れるあまり、次々と神官の元へ懺悔に走った。罪状は明らかではないか、と。
公爵は最後の手段として、姿を消してこれ幸いと思っていた神子を探すことさえ始めた。
王家の諜報員でさえ、未だ影さえ捉えられていない神子を探し出すことが果たして可能なのか、それを問う人間はいない。
王家より先に見つけ出し、恩の一つも売るなりすれば、言うなりになるだろうという考えそのものが、もしそれが神の怒りであるならば逆効果である事にも、公爵は気が付いていない。




