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月影映る・海  作者: 林伯林
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 「実はとても怒っておいででした?」


 紅茶を口に運びつつ静音は問う。

 香りはベリー系。渋みが少し強いが、菓子と食すならこのくらいがいいのか。


 月神は貼り付けたような笑みを解く。


 「のべつ幕なし嘆きと祈りが聞こえてうるさいってイェルキラ達が言うのよ」


 地下神殿を訪れた際、静音にも聞こえていた。


 「この男が帝位を継いでから更にひどくなったって言うし、鼻っ柱を折るくらいでマシになればいいけれども」


 「初めから、この男を引っかけるおつもりでしたね?」


 静音がぎろりと睨むと月神は舌を出した。

 完璧な美貌を誇る人形がするとも思えない可愛い仕草だった。


 「敢えて瞳を金色に見せてみたり。そもそもこの男のお忍びの日を選んでみたり」


 「ごめんなさい」


 月神は大して悪いと思ってもいない様子で指を組み合わせた。


 「でも誤解よ。流石に皇帝がお忍びで街に出ているとは思わなかったわ。本当よ。たまたま見つけたのよ」


 それで、丁度いいと今回の行動に及んだと。

 静音は溜息をつきながら、焼き菓子の皿からクッキーを取って口に運んだ。

 バターがたっぷり入っていて贅沢な味だった。

 乳製品が比較的手に入りやすいのだろうか。

 帝都周辺は酪農がさかんだったりするのか。であれば、バターやチーズを買って帰ろうか、と明後日の方向へ意識を向ける。


 「魔牛を飼う方法が確立されてて、牧畜が盛んなのよ。普通の牛よりミルク量も豊富だし、身体が大きいから可食部も大きいの」


 それも元々は南方諸島の魔導士が考え出したものらしい。

 三代前はつくづく愚かな判断をしたものだ。


 「彼と契約した精霊は彼が王になると思っていたらしいんだけど」


 結局、帝国ではなく、南方諸島の統治者となった。


 「まあ、なるようになったという事なんですかね」


 かの魔導士は王になることなど望んでいなかったのではないかと何となく思う。


 「ここのお菓子美味しいわね。少し買って帰りましょうか」


 お土産に、と月神は生クリームの乗った小さなケーキを頬張りながら言った。


 「まあいいですけど。じゃあ乳製品も買って帰ります」


 いいわね、そうしましょう、と月神は微笑んだ。

 



 二人は、転移で何食わぬ顔をして店先に出た。


 隠蔽をきちんとかけて、店頭で菓子を買い、さっさとその場を去った。




 一方、部屋の前にいた男の護衛たちは、何時までも出てこない主人を不審に思って中に入ると、死んだように眠る男の側近と、椅子に座って目を閉じ、微動だにしない主人を目にすることになった。

 あまりの異様さに躊躇うも、肩をゆすって主人を目覚めさせようとした護衛は、主人の身体ががちがちに固まっている事に気が付いて仰天した。

 ひそかに大騒ぎになったが、宮廷に連れ帰られた男はその晩目覚め、周囲は安堵し、男は夢見の悪さに顔色を悪くし、暫く寝不足に悩まされた。

 夢の内容を男は決して洩らさなかったが、酷く男を憔悴させる内容であることは確かだったようだ。





 「そういうわけだから静音、今度南方諸島にも行きましょう」




 何が「そういうわけ」なのだろう。

 静音はがっくりと肩を落とした。 


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