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「ゴウト・ウ・リシネラ・ウ・ルスウ。私たちを探ったとて、南方諸島の秘密は手に入りませんわよ。何も知りませんから」
ウ・ルスウとはこの都の名ではなかったか。
ではこの男は王族なのか。
「島の商店がどうとか言っていたではないか」
は、と静音は瞬きする。
隠蔽が不完全だったのか。
月神の笑みが冷ややかに変貌した。
瞳の色が本来の色に戻り、その場の物を一瞬にして凍てつかせた。
身動きできなくなった男の青い瞳を覗き込む。
「ああ、あなたの血統は、そうなのね」
納得したように月神は言った。
「残念だけど、ゴウト、あなたの求める物はもうないわ」
声も出せずに男は激しく瞬く。
「あなたのその「目」は偶然の産物よ。神の加護などではないわ。そもそもあなたの先祖に与えられたのは精霊の加護よ」
男は何とか声を発しようと身動きできないながらもあがいていた。
月神は気まぐれか、男の言葉を解放した。
何を言うのか興味があったのかもしれない。
静音はひたすら静観する。
「愚弄するとは許さんぞ!我らの先祖は金色の髪と瞳を持つ神より力を授かりし「正当な」統治者だ!」
眦が上がり、青い瞳が燃えるような憎悪で月神を睨むが、月神はそよ風ですらないかのように平然としている。
「あなた方が統治者の血統を重んじるのは勝手だけれど、そこに都合よく神の存在を利用するのはどうかと思うわ」
「なんだと」
「そもそも神ではなく精霊なの。そして精霊の愛は一代限り。子々孫々まで愛するなんてことはないわ」
「そんな馬鹿な話があるか!そもそもそうであれば、何故私のような「目」の持ち主が現れるのだ!」
「何故かしらねえ」
月神は大した興味もなさそうに首をひねった。
「単なる遺伝ではないかしらね。そもそもあなた方は誤解しているわ」
「誤解だと」
「ええ。その目は精霊の加護が授けたんじゃない。その目があるから結果的に精霊が守護したの」
「出鱈目を言うな!」
神の加護を根拠にして何代もこの国を統治してきた血統が、その根本を覆されたに等しい。
「あら、本当の事なのよ」
激昂する男の前でおっとりと月神は頬を押さえる。
「あなたの先祖はその目で人々を守って戦ったの。魔物を退け、障壁を張り、人々の為に献身的に尽くしたわ。だからあの子が気に入って、守護したのよ」
月神がすっと左肩へ目をやると、そこには金色の精霊がとまっていた。
金色の髪、金色の瞳、全体が金色に光っている。
男の目が驚愕に見開かれた。
「あなたの「目」なら見えるでしょう?この子が古の賢者を守護したのよ。だから彼は書き残したはずよ「金の髪金の瞳を持った者に感謝を捧げるべし」って。「我が力の源であり、あまたの命を救いし者であるが為」って」
ふわ、っと月神の肩から離れた精霊---イェルキラは身動きできない男の傍へ近づいた。
じっとお互いの瞳を見合って、イェルキラは月神の肩に戻った。
「迎え入れろ、などとウ・ルスウは書き残していない筈」
イェルキラは言った。
「望まれるなら歓待せよ、と言い残した筈」
くるりと回って、姿を消してしまった。
月神は肩をすくめた。
「加護を得たいなら、精霊に好かれる人間になることね」
まだ充分暖かいティーカップを持ち上げた。
表面が震えると、ぽこんと小さな水滴が宙に浮く。
「無粋なものを入れてくれたわね。こんなもの飲んでも私は眠らないわ」
すすすっと水滴は宙を移動し、身動きできず、声も封じられた男の護衛、最初に静音に話しかけてきた男の口元にちょんと触れた。
瞬きする間に、男の瞼が閉じ、月神は手も触れずその身体を床に横たえた。
「人間には結構強烈な効き目ね」
溜息をつきながら、静音を見る。
「座らない?お茶はともかく、お菓子は大丈夫よ」
静音は大きくため息をついた。
円卓の三脚目の椅子を引いて腰を下ろす。
そしてティーカップの中を覗き込んで、浄化を施した。
遠征隊を思い出してもう一つ溜息をついた。
男は静音の浄化を見て目を見開いた。
男の「目」は静音の魔力視とよく似ている。
魔力の動きが見えるのだ。
それにより、大きな魔法が発動する前兆をとらえて素早く対応でき、戦場に於いて危機を脱する事が可能だった。
男の戦績は「目」によるところが大きかった。
先祖由来のそれは、男が皇帝である証として充分だったが、男は、始祖が持っていたという力も欲した。
神の加護により、強大な魔法を行使したと伝えられているのだ。
「目」を持つ以上、発動は可能と判断し、方法を模索していたのだった。
「そなたの力は、一体何だ」
男は静音を見る。
静音は嫌そうに顔をしかめ、月神の方を向いた。
「私はこの男と話しませんよ。責任はあなたがとって下さい」
「まあひどい」
「ひどいのはどっちです。好んでこんな所へ来たのはあなたですよ」
「おかげで美味しいお菓子食べられるじゃない」
「買えば済む話でしょう」
「まあそうなんだけど」
幼い子のように唇を尖らせる月神は、先ほどまでとは別人のようだった。
「ところで、ゴウト・ウ・リシネラ、南方諸島の何が知りたかったの?」
くるりと男の方を向いて尋ねる。
「何をいまさら。航海術に決まっているではないか」
「ああ、そうね……」
男は精一杯虚勢を張って笑っている。
「あのね」
「あそこには、あなたが欲しくてたまらない、精霊の加護を受けた魔導士がいるのよ」
月神は晴れ晴れと笑った。
「「統治者の血統」というあなたの言を借りるなら、その魔導士こそが統治者にふさわしいのではなくて?」




