69
大事なお嬢様なので、見知らぬ方とお話させるわけにはいかない、と静音は断ったが、男は困ったように街の中心部にある建物を指さした。
「あそこに最近有名な菓子店が出しているカフェがある。お茶でもいかがだろうか。勿論あなたも一緒で構わない」
静音は溜息をつき、月神に問うような眼差しを向ける。
月神は微笑んで頷いた。
「構わないわ。美味しいお茶があるのかしら」
男を見やる。
「菓子だけでなく、茶もうまいという話だ。近頃都の若い娘達に評判らしい」
「そう。では行きましょうか」
月神がそう答えるので静音としては従うほかない。
本音を言えば、一人で勝手に行ってほしい。巻き込まないでほしい。
そんな目で見たが、月神は無視した。
もう二度と一緒に買い物などしない。
静音は心に誓った。
***
男に案内された場所は確かにオープン席もあるカフェであった。
周囲に緑を配して生垣にし、ちらりと外から見えるようにもなっていた。完全に隠すよりもこの方が良いのだろう。
連れて行かれたのはオープン席ではなく、二階の個室だった。
扉の向こうに座っていたのは目の覚めるような金髪碧眼の男だった。
まごうかたなき貴族階級であろう。
「初めまして。不躾で申し訳ない」
男は立ち上がって月神を迎え入れた。
「どういったご用件ですかしら」
月神は優雅な口調で尋ねた。
隠蔽はかけっぱなしな筈だが、男はじっと月神の顔を見ている。
「その、私の家は古い家系で、色々な言い伝え等が残っているのですが」
「ええ」
月神の落ち着き払った微笑に男は一瞬見惚れたようだった。言葉が途切れる。
「金色の髪と金色の瞳を持つ乙女があれば、迎え入れるようにと」
月神は「まあ」と言って頬を押さえた。
「迎え入れるとはどういう意味ですの?」
「その、妻として」
「まあ、困りましたわ」
月神は眉をひそめた。
「それ以前に、私の目、おっしゃる程金色かしら?」
そう言われ、男は月神の瞳に見入る。
遠目に、光ったように見えたそれは、今は薄い茶色に見えた。
「そうですね、今となってはそれほどでも……」
月神は笑った。
「光を反射してそのように見えたのでしょうね。私心に決めた方がおりますので、お申し出は有難いのですけれど他のもっと金色の瞳の方をお探しになってくださいな」
そう言って踵を返そうとした月神を男は慌てて止めた。
「どうぞお茶を召し上がっていってください。突然お呼び立てしたお詫びの印に」
そのまま店を出てほしいと思ったのは静音。
興じた視線で留まったのは月神。
いい加減にしろという視線で月神を睨んだが、月神は素知らぬ顔で運ばれてきた茶を飲んだ。
「あなたも一緒にどうだ」
男は静音を見てきた。
静音は気配を殺して月神の背後の壁際に立っていた。話しかけてほしくなかったからだったが。
「そうね。いらっしゃいよ。あなたの分のお茶もあるようよ」
月神の無邪気な声。
「お嬢様と同じ御席に着くなどとんでもございません」
「まあ。あなたと私はお友達じゃないの」
「大変ありがたい事ですが、身の程はわきまえませんと」
「またそんなこと言って……」
月神は顔をしかめて見せたがその実「お嬢様と侍女ごっこ」を楽しんでいるのが良く判った。
静音達を呼びに来た男が、主人の傍らでそっと何かを耳打ちする。
主人である男は微笑む。
「仲がよろしいのですね。聞けば彼女の祖父と知己な間柄とか」
事前に静音に対してなされた質問は一体何の意味があったのか。
「彼女は感謝してくれますが、実際のところ世話になったのはこちらの方ですのよ」
月神はにっこり笑う。
「そうなのですか?」
「ええ。危険を顧みず、私どもを守ってくれたのですよ。以来私は彼女と友達でいたいと願っているのですが頑なで……」
「身分が違いますので」
何しろ神様だ。
困った顔をして月神は男を見た。
一体いつまでこの茶番を続けるつもりなのだと静音は溜息を堪える。
男は青い瞳をひたと静音に合わせた。
きらりと光が弾け、それが窓から差した陽光の反射とは質が違うと気づく。
ぱちんと微かな音がして、静音の強固なシールドが小さいが鋭い何某かの魔力を防いだ。
静音は無表情のまま男を見返し、月神は含み笑う。
「おやめくださいな。彼女の方が御しやすしと思われたのでしょうけども」
男が表情を変えた。




