06
静音は隠さず、今までの事を話して聞かせた。
ルーは口を挟まずじっと聞き続け、最後に頷いた。
「大変な目にあったのだな」
同情するような言葉に静音は笑った。
「そうね。まあ理不尽よね」
漸く気が付いたように、静音はテーブルの椅子を引き、ルーにも座るよう促した。
「アルトナミはその昔、魔導王国と言われていたのだ」
腰を下ろしながらルーは言った。心なしか暗い声だった。
「高度に発達した魔導を駆使し、大陸を一つにまとめ上げて魔導文明を築いていた」
ルーは額の石に触れ、何事か呟く。
すると目の前に小さなスクリーンが現れ、都市の映像を映し出した。
きらきらと陽光を弾いて建つのはガラスの宮殿か。
「この建物はアルトナミの自慢で、内部は宮殿というか役所だった。国の中枢だ。当時の技術の粋を集めて作られた」
現在では城の窓さえガラスは嵌っていなかった。静音の見た限りでは。
「魔力変動は、アルトナミが引き起こしたと言われている」
ルーはスクリーンを消した。
「アルトナミでどのように伝わっているのかは知らんが。魔力脈を曲げて何かの装置へ魔力を大量に注ぎ込もうとしたらしい」
「それ本当?暁の神官は魔力暴走の原因は言えないとか口を濁していたわよ」
「装置が問題なのだろう。何をしようとしていたのかはアルトナミしか判らない」
何かがこの世界の禁忌に触れたのだろう。
「それに余程懲りたのでしょうね。もう何かを開発しようとかいう意欲が感じられないもの」
あの国の城で受けた魔法教育を思い出して静音は言ったが、ルーは首を振った。
「あの国は信用できない」
「かつては我が国も恩恵を受けていた身ではあるが」
「何をするか判らない気味の悪さがある」
ルーの言葉にいちいちうなずきたくなったが、静音は何も言わずにルーに話させた。
この世界へ来てから、情報は全て暁の神官から得ていたようなもので、それ以外の客観的な視座が欲しかったのだ。
「今、大陸はこんな形ね」
静音は宙に二次元の地図を描き出した。
オーストラリア程の大陸の北西にフォーカスする。
「ここがアルトナミ」
海へ突き出した部分へ更にフォーカス。
「キシュキナはずっと南の」
すすすっとアルトナミから南へ下がり、大陸の一番南からも遠く離れた大洋の真ん中の点。
「ここね」
点の周囲を赤い線が囲った。
「上から見た所、このくらいの規模が浅瀬で広がっているわ」
ルーは島を中心にそこへ別の図を青で重ねた。
「キシュキナの街はこの大きさだった」
島は街から見るとだいぶ東に寄った所だった。大部分は西側に埋まっているらしい。
「浅瀬も一部でしかないのね。当たり前か」
浅瀬の向こう側は、切り立った崖となっており、更にその向こう側は深い海溝となっていた。地を引き裂いた、という表現は誇張でもなんでもなかったらしい。
魔力脈はその海溝の傍らを同じ形で通っていた。
「暫くはこの『国』で過ごしたいのだけど、許可は頂けるかしら」
静音はルーを見て笑って問いかけた。
ルーは一度瞬きをして、うなずいた。
「許可しよう。渡り人シズネ殿。あなたは特例に値する」
もう一つ、色の違う腕輪を外して差し出す。
静音は先ほど受け取った腕輪を収納空間から取り出したが、ルーはそれを押しとどめた。
「二つとも持っていて欲しい。いずれ役に立つ事もあるだろう」
静音は首をかしげたが、何も言わずに色の違う腕輪を受け取った。
最初の腕輪は銀、新たに受け取った腕輪は金色だった。どちらも二ミリ程の幅のごく細い金属線を丸く輪にしただけのシンプルな作りだったが、魔力視で見ると、細かい魔導回路がびっしり埋め込まれていた。
「では、よろしく」
うんと伸びをすると、静音は立ち上がった。
「あなたはねぐらに戻る?ここにいる?今晩の食事はお魚よ」
静音が魔力糸を引っ張ると、浜辺へ引き上げられた三十センチ程の魚がびちびちとはねた。
「私に人の食事は必要ない。ここにいても良いのか?」
「いいわよ。お部屋も用意しましょうか?」
静音は親指で背後のシェルターを差して言った。
「私の陣地だし、あなたを囲い込む事になっちゃうから、居心地は保障できないけど」
「部屋は必要ない。一日に一度維持漕で休息する事を推奨されているので、それに従う為にも戻る必要がある。様子を見にはくる」
ルーも立ち上がった。
「ああ、そうね……」
静音はルーの身体を見た。
「私のせいで服も破れちゃったわね」
攻撃の傷は治したが、服の修復まではしていない。
「構わない。服の修復等容易い」
「あら、そうなのね」
考えてみれば、こんな何もない所で、一万年も綺麗な状態の服を維持し続けているのだ。服の修繕くらい簡単にできるのだろう。
「なら、気が向いたらいつでも来てくれて構わないわ。私がいつもいるとは限らないけど」
手際よく魚を〆る。南の魚は表面に青っぽい模様が浮いていた。
「そうさせてもらう」
ルーは答え、踵を返すとすっと結界を抜けた。
青銀の髪が海風になびいてきらめいた。
見惚れて静音は遠ざかる背中を見送った。
都市を警護する人形をあそこまで美しくする必要があったのだろうか。
観光地である以上、他者に好印象を与える外見であるべきではあろうが、それならばもっと親しみやすい美貌に留めておくべきではないのだろうか。
この世界の人間の価値観、しかも一万年も前のそれが静音に理解できるはずもなかったが、違和感はぬぐえなかった。
それともこの国の人間は皆、あの人形以上に美しかったのだろうか。
以前暁の神官に渡された腕輪に古代の「神の怒り」についての情報はなかった。
一万年前の天変地異に等しい出来事であれば、人の世界にも正確な記録は残ってはいまい。当然それ以前の記録など……
ふと静音は北の地下に埋まった神殿で拾った書籍を思い出した。
魔導書だけはざっと読んだが、その他は一体何が書かれていたのだろう。
魚は三枚におろして塩焼きにした。
香草と香辛料はあるが、本当なら醤油とわさびで刺身で食したい所だったが。
米もないので、パンとオリーブオイルで食事を終えた。
大陸の海辺の街で買った魔導具だというサマーベッドを広げて横たわると、夕暮れの海に落ちる太陽を見る事もなく灯りの玉を飛ばして本を取り出した。
殆どが魔導書だったが、物語が数冊、歴史書が一冊あった。
一万年前の事がどう書かれているのか頁をめくってみると、驚くことに天変地異の前の様子が書かれていた。
ほぼルーに説明を受けた通り、大陸をまとめ上げたアルトナミは栄華を極め、きらびやかな「ガラスの塔」を築いて世界に誇示し、政治の中心としたが、ある時に無茶な「実験」を行って魔力暴走を引き起こした、とある。
正確な内容は詳らかにされていないが、大がかりな『魔導兵器』だったのではないかと言われていたらしい。
無事であったのは今は山脈と悪天候に取り囲まれている北方の一部。
だが続く気候変動と地震に呑まれていった。
当時の地図も載っていた。
今よりも広大でアルトナミの都はほぼ中心近くにあった。あのガラスの塔もここに建てられていたのだろう。
歴史書には海中に没したとある。
大陸は真ん中から引き裂かれてより栄えていた南側が完全に沈んでしまったようだ。
その位置は丁度一際太い魔力脈が通っており、現在の海岸線はその形に沿っていた。
静音は立ち上がり、一度シェルター内へ戻るとローブを羽織った。
少し考え込み、魔力糸を大陸南の浜辺へ伸ばし、人気が無いのを確認してからそこへ己を「引き寄せ」た。
転移魔法の距離も徐々に伸びてはいたが、静音にはまだこの方法の方が長距離移動できる為多用している。
暁の神官に言わせると「ありえない移動方法」らしい。
そもそも魔力制御を静音のような方法で鍛えた人間は今に至るまで存在しなかったとも。
特殊な思考回路を持っている、と言われたが、特別変な事をしているという意識もなかった為「そんなことは無いと思う」と答えておいた。
静音はもう殆ど日が暮れてしまった浜辺をゆっくりと歩きながら、頭の中で一万年前の地図と魔力脈を重ね合わせ、ある場所で足を止めた。
沖の方を見やる。
魔力視を駆使して見つめ、もう一度「飛ぼう」とした時、ふと背後から視線を感じて振り返った。
暗闇の中に立っていたのは「学者」だった。