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月影映る・海  作者: 林伯林
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 オウナ北への旅行は良い季節を待つとして。


 月神は、湖を気に入って、暫く滞在すると言った。

 イェルキラ達が総出で畔に小さな神殿を作った。

 帰る時には壊して元通りにするからと言われたが、別段問題があるわけでなし、そのままでいいと静音は言った。

 この島が静音の物であると、月神達も認識しているようで、当然のように許可を求めてくる。

 一体、「誰が」そうと決めたのだろう。



 「人のいない場所」は精霊にはことのほか居心地が良いようで、イェルキラ達は毎日楽しそうに水面をはねていた。

 月神は好きに過ごしているようで、最初は付き合っていた静音だったが、滞在が数日になると対応がお客様から住人になった。

 静音は通常のペースに生活を戻した。

 月神は特に気にする様子もなく、気が向くと砂浜を訪れて静音と茶を共にした。

 オウナの地下神殿をずっと留守にしていて問題はないのかと尋ねれば、眠っている本体が安置されているだけで、一万年何事もなく、これからも何事もない場所に過ぎないと答えらえた。そういうものか。

 静音がシェルターで砂浜や温泉やハブ中継部屋を繋いでいるのと同じように、その後、月神も湖畔の神殿とオウナの地下神殿を空間魔法でつないだらしかった。「これで問題無しよ」と月神は笑った。やはり何か問題があったのか?



 景勝地観光はともかく、月神がオウナの大国、ロウスウ帝国へ行きたがった。

 買い物に。


 呆れつつ、付き合う羽目になった。


 最初はアルトナミ王都へ行くと言っていたのでそれは断ったのだ。それならばお一人で行ってくださいと。

 必要でなければ、あそこには足を踏み入れたくない。魔力蛍か意識体で充分だ。



 というわけで、ロウスウの首都ウ・ルスウへやってきた。

 大国の中心地であるため、結構な人口密度で、昼間の市場など、人であふれかえっていた。

 月神は楽しそうだったが、人と触れ合わない生活を続けていた静音は見ただけで人に酔いそうになっていた。


 「静音、あそこに積んである果物ラクレスだわ。美味しいわよ」


 隠蔽でその金の髪も美貌もうっすらと人の認識から遮っている月神は静音の手を引く。

 静音は特別隠す必要も感じなかったので、珍しいらしい真っ黒な髪を茶色に見える程度にしてある。

 果物で溢れているテントの中で、月神は真っ赤な手のひら大の果物を指さして売り子からそれを買い受けた。

 どこから調達したのか取っ手のついた大振りな籠をぶら下げている。

 他にも林檎や葡萄やオレンジ、果てはバナナに似た果物まであり、静音もつられるように幾つか購入した。


 静音は普段、現金とは無縁の生活をしているので、この機会にと旧火山の火口から小さ目な魔核をいくつか拾って街の交換所で換金した。

 都市は常にエネルギー源が不足していて、それなりの額で引き取ってくれるそうだ。あまり上質な石ではなく、「ほどほど」の物を持ちこむのが目立たないコツよ、と月神は何故か慣れた口調で言った。

 言われるまでもなくそうだろうと思っていたので、火口では殆ど屑石のようなものばかりを集めてきたのだが、結構な金額になった。


 「島の商店もいいけれど、たまにはこういう所で新鮮な物を買うのもいいでしょう?」


 月神が籠に蓋をして、不自然でない程度を収納空間へ移動させる。

 

 静音は引きこもり生活をするに当たり、アルトナミの各地で買いだめをしていた。

 その中には勿論生鮮食料品やパンなどもあり、月神との食事にそれらも出していたのだが。


 「え、あらそうだったのね」


 そう言うと、月神は無邪気に微笑んだ。


 「完全に人との接触を断っていたわけでもなかったのね」


 静音は肩をすくめた。


 「ある程度の物資の調達は必要ですから」


 不自由ない生活をする為には、最小限の人との接触くらいは耐えられる。


 「嫌ってるのねえ……」


 月神は困ったように笑う。

 吟遊詩人との邂逅は偶然の産物であって意図したものではない。あれを他の誰かでもう一度と言われてもこちらの方こそ困る。


 「あなたは人がお好きなようですが」


 自分は違う。


 うふふと月神は含み笑う。


 「人が集まるとエネルギーが溢れるでしょ?そこから少し力を頂くのよ」


 静音の手を引いて、今度は香辛料が盛られているテントへ移動する。どこから運んできたのか胡椒に似た物などがあった。


 「香辛料は南方諸島産ね」


 売り子と話をして月神は言った。


 「オウナの南にあるのよ」


 ロウスウから弾きだされた周辺諸国の民が難民となり、イオジノレの港からそちらへ渡ろうとするケースがあるそうだ。

 悪天候や魔物の被害を潜り抜けて、僅かでも渡る事が出来る者たちは存在すると言う。

 そうした者たちが作り上げたささやかな国家があるらしい。


 「南方諸島の民には元々特殊な航海術があって、割合安全に海を渡れるの。だから行くのは大変でも、無事渡れれば安全にこうして商売も出来るそうよ」


 

 声を潜めて話してくる月神に頷きながら、静音は己の住む島の周辺を思い出してみる。

 ぼんやり海を眺めていると、時折沖で海獣大決戦が行われるのである。

 航海は難しいと思われる。

 となると、南方諸島の航海術とやらは、魔法か精霊かの技である可能性が高い。


 「大正解」


 月神は更に声を潜めて悪戯っぽく笑う。

 隠蔽をかけているので、声を潜める必要もないとは思うのだが。


 「あそこの航海術はね、結界の魔導具が得意な魔導士が支えているわ」


 「へえ、魔導具……」


 そういえば、アディトリウスはどうしているだろうかと思う。

 知らぬ間に帰ってきている可能性もあるが、その場合、時渡りをした点に戻るのだろうか。そうなると、彼らの不在は無い事になってしまうが。


 「静音」


 呼びかけられて顔を上げると、先ほどまで月神がいた場所に、見知らぬ男が立っていた。

 月神は静音の後方にいる。


 静音は男の身なりから、平民ではなく騎士階級以上であろうと判断し、頭を下げて脇へ避けようとした。

 と、行こうとした方向に腕を伸ばされて阻まれる。


 「何か御用ですか?」


 静音は表情を変えずに尋ねる。


 「見たところ異国の方のようだが何処から参られた」


 何故異国の人間だと言い切れるのか。

 この国は周辺諸国を呑みこんだ大国だ。様々な人種がいて当然ではないのか。


 「……西から参りました」


 オウナでロウスウ以外の国と言えばイオジノレしか知らず、とはいえ、イオジノレと答えるわけにもいかず、あやふやな答えを返す。


 「西?失礼だが出身地の町なり村なりの名を教えてはくれまいか」


 面倒だな、と静音は眉をしかめた。


 「集落に名前はありません。町どころか村ですらありません」


 実際大きくなり過ぎたこの国は山奥などに人に知られていない集落が点在していても、国として把握しきれていないと聞いている。


 「そんな僻地から参られたのか。また何故」


 余計なお世話というものだ。静音はますます眉をしかめる。


 「先日、唯一の肉親である祖父が亡くなりました。それを持って集落は私一人となりましたので、こうして都へ出て参りました次第です」


 「それはご苦労なされた事だろう。では後ろの方はどういった関係の方なのだ」


 舌打ちしそうになる。


 「祖父が若いころ町にてお世話になった方のご家族です。この度はわたくしもお世話になる事になりました」


 「そうか。それは重畳」


 一体何なのだ、と静音は顔を伏せたまま男の顔をちらと見やる。

 歳の頃は三十という所か。赤味を帯びた金髪と薄青の瞳はこの国の人間として珍しくもないが、ただ、貴族階級に近い事は間違いない。


 「ああ、実はな」


 男はそこで初めて言い淀んだ。


 「私の主人が話してみたいと仰せなのだ。その、後ろの方と」


 静音は顔を上げ、隠蔽をまとっているはずの月神を振り返った。

 月神は面白そうな顔をして男を見ていた。


 ---ああ、これは


 しまったな、と静音は思う。

 月神の好奇心が大いに刺激されてしまったらしい。


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