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月神の釣った魚尽くしのやや早めの夕飯は、賑やかにはじめられた。
精霊たちは焼かれた魚を美味しそうに食べた。
月神が手ずから調理したものは、月神の魔力をたっぷりと含んでいるらしい。
静音作成のサラダドレッシングで相変わらず口の周りをベタベタにしながらリルがそう言った。
そういえば、いつもは自分で作った物であるせいか、リルやルーに「魔力が含まれてとても美味しい」と言われても今一つ実感できずにいたのだった。良い機会なので、月神が丁寧に焼いていた魚の串を一つ取って齧ってみた。
淡水の魚だが臭みもなく、ふわっと口の中で解ける白身の柔らかさと滋味にぱちぱちと静音は瞬きした。
霊体のままでは味わいも難しかろうと結局起き出してきた静音だったが、魚の味わいに上乗せされた恐らく月神の「気」とも言うべきものを感じ取って、これなら霊体のままでも大丈夫だったのではなかろうかと思った。
美味しい魔力というよりは、一口含むと身体の中央からすっと重さが消えて正しく「気」が通る感じがした。
少々の体調不良など吹き飛んでしまいそうだ。
これは食物というより妙薬。
そう思って月神を見ると、目が合ってにっこりと微笑まれた。
「ありがとうございます」
静音は頭を下げた。
月神は小さく首をかしげた。
「まあ、なんのことかしら」
「貧血に効いたようで」
もう一口かぷりと食む。
月神は微笑む。
「とても美味しい」
「それは良かったわ。吟遊詩人も心配していたのよ」
突然、目の前の美しい天使がかぎ爪を生やして女の身体を袈裟懸けに切ったのだ。さぞや驚いたことだろう。
しかも女は血しぶきを上げた直後姿を消してしまった。
「ギィには悪い事をしました。あの後大丈夫でしたか」
「あなたには治癒魔法があるし、せいぜい貧血になる程度と言っておいたわ」
「それで納得してくれたならよかった」
ギィはこの世界に来て、ほとんど唯一思惑無しで交流を持った存在だった。
あまりトラウマを残してほしくなかったのだった。
「普通に付き合える人間もいるじゃない」
月神は「ほら」と言いたげな顔をする。
静音は苦笑する。
「私が頑なだとおっしゃるなら認めます」
「でも緩める気はないのね?」
「今のところ無理ですね」
「ねえ、静音」
月神はそっと静音の肩に触れる。
そこからも清浄な気がじわりと染み込んでくる。
治癒魔法で傷を塞いでも、奥底では癒されぬ何かが残っていて、それを優しく慰撫するような心地がした。
「それ以上は必要ありません」
ある線で、静音は月神の癒しを押し戻した。
月神は悲しげな顔をした。
「残しておくの?」
「そうすべきだと思っています」
「苦しくは無いの?」
「苦しくていいんですよ」
静音の鎧で覆われたような微笑に、月神は溜息をつく。
「この世界があなたを傷つけた事は間違いないけれど、それは決して本意ではないわ。そして私はあなたの友達になりたい。信じてくれないかしら」
静音は少し驚いたような顔をしたが、やはり曖昧な微笑で答えた。
「あなたが月神であり、命を賭してこの星を守り、今も守ろうとしている事は信じますよ」
「友達にはなってくれないの?」
「保留で」
静音が悪戯っぽく笑うと月神は緊張していた肩から力を抜いた。
「なぜ。私そんなに信用ならないかしら」
気を取り直したように微笑む。
「今後はいつでも遊びに来てください。泳ぐか釣りするか温泉に入るかしか娯楽の無い所ですがそれでよければ」
交流を持ち続ける事で、今後の関係の変化を受け入れる事はしよう、と静音は提示する。
「是非。私もあなたを案内したい所があるのよ。今度一緒に行かない?」
「どんな所です?」
月神は含み笑った。
「オウナ北の温泉」
静音の目が光った。




