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月影映る・海  作者: 林伯林
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 レタスに似た葉物野菜をわしづかみにしてちぎる様を見て月神は笑う。


 実体ではないので当然魔力で己の指を疑似的に作り出して行っているわけだが、そんな事をする者を見たことが無い、と言って。

 トマトもまな板の上で包丁で切って見せる。

 魔力制御が細かい、と月神は笑いながらも呆れた。


 静音が自らの手で触れ、調理した物の方が「美味しい」のだとリルが言うのだ。

 魔力で出現させた指ではあるので、果たしてこれが「自らの手」となるのかどうかはあやしいが、気は心というものである。

 別段凝った料理を要求されるわけでなし、リルが好むのは常に葉物とトマトのサラダなので、大した手間でもない。

 そう言うと、月神は柔らかい笑みを浮かべた。

 「可愛がってくれているのね」

 静音は首をかしげた。

 可愛がっているという意識もなかった。

 「仲良くはしていますよ」

 「そう、良かったわ」

 月神はにこにこしている。

 その美貌の為か微笑は神々しさが増す。

 眩しいような気がして静音は目を眇めた。

 実体で見ているわけでもないのに。


 「……様、神気が溢れだしてます」


 いつの間にか傍に来ていたイェルキラが月神に注意を促すように囁いた。

 「あら、ごめんなさい」と月神はその眩しいまでのオーラを押さえた。

 意識体でも眩しく感じるとは。静音は月神の神聖を再認識した。


 「そういえば月神様」


 「何かしら」


 「あなたの名前はなんとおっしゃるのです?いつもイェルキラが呼ぶが、聞き取れない」


 月神は首をかしげてイェルキラを見る。

 イェルキラも首をかしげる。


 「私の言語能力は恐らく「翻訳」だよりです。なので、こちらの言語により近い発音だと聞き取れないのだと思います」


 月神は不思議そうな顔をしたが、イェルキラに自分の名を言うように促した。

 イェルキラは何度か月神の名を発音したが、静音には「……様」としか聞こえない。


 「あなたの名は何か意味があるのですか?」


 静音は諦めて、月神に問う。


 「銀色の漣です」


 何故かイェルキラが満面の笑顔で答えた。


 「美しいお名前でしょう?」


 くるくると月神の周囲を舞う。


 「その名をお呼びする度に、私は幸せな気持ちになるのです」


 うっとりとした表情を浮かべるイェルキラ。

 静音は溜息をつく。


 「ずっと月神様とお呼びする事にします。私にはどうしても聞き取れない」


 「呼び名なんてどうでもいいのよ。あなたが好きなように呼んでちょうだい」


 月神は殆どこだわりがないようで、うっとりするイェルキラとは対照的だった。


 「私の国の言葉風にすると、銀漣……ギンレンって感じの呼び名になるんでしょうけどもね」


 静音は何気なく言ったが、月神の瑠璃色の瞳がきらりと光った。


 「いいわね。ギンレン。銀漣」


 月神は確かめるように何度か口にした。


 「静音はそう呼んでちょうだい」


 「ええ……、いや、それは」


 横でイェルキラがむっとした顔をしている。


 「いいじゃない。静音だけの特別な呼び名よ」


 それはそれでどうなのか。

 だが、期待を込めた目で見つめられ、そのあまりの圧に静音は頷いていた。


 「判りました。銀漣様」


 「様もいらないわ」


 イェルキラの顔が更に不機嫌に歪む。

 静音も流石に受け入れがたい。


 「無理ですよ。今までだって月神様呼びだったんですから。勘弁してください」


 「ええ……」


 月神は不服そうな顔をした。

 それからすっと手を伸ばし、静音の頬に触れてきた。

 ぎょっとする静音の顔に己の顔を近づける。


 「あなたはまっさらになってしまったのね」


 瑠璃色の瞳は静音の心を見通すような、深い深い海だった。そこには激しい嵐も凪いだ波も両方存在し、何かの感情も潜んでいたが、静音には推し量ることもできない。


 「そうね、あなたはそれでいいのだわ……」


 月神の指が頬から離れ、そして微笑む。


 「あの……」


 静音はなんと言っていいものか戸惑う。

 月神は腕をおろし、焚火に炙られている魚の串をくるりと返した。


 「好きなように呼んで」


 微笑をたたえたままそう月神は言った。


 

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