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「まあ、素敵だわ」
月神が宿った魔導人形は、「真っ白」だった。
腰まで届く金色の髪や真っ白な肌、全体に色味が薄く、そして服装も白い。
そんな存在が、強い日差しの下、エメラルドグリーンの海を背景に帽子もかぶらず砂浜に佇んでいる。
日焼けなどしないのだろうがいささか心配になる。
「南国のリゾート地のような所へ来るのは初めてですか?」
静音が尋ねると、月神は頷いた。
「オウナは緯度が高くて、こんなに暑い地方ってなかったのよ」
ヨーロッパ大陸のようなものか。
だが南欧あたりだと海が綺麗なリゾート地が沢山あったような気がするが。
「勿論そういう所は沢山あったわ。でも私は主に夜を活動帯にしていたし」
月神だし、と言う。
静音は首をかしげた。
「今、真昼間にこんな所へおいでじゃありませんか」
月神は笑う。
「もう色々な事に拘るのはやめたの。私は昼間だって活動出来るし、暑い地方だって平気よ。昔と違って今神殿で信仰されているのは太陽神と月神ではなくて、治癒魔法よ。それがあるが故に信仰は続いているだけ。私の存在意義なんて殆ど無いんだから、そろそろ自由にさせてもらうわ」
静音は溜息をついた。
確かに長い間、その身を削ってきたのだ。神に引退があるのかどうかは知らないが、自由な時間があっても責められないだろう。
「普段静音はどう過ごしているの?」
興味深げに顔を覗き込んでくる。
静音は現在、意識体だ。未だに本体は眠っている。
「午前中はよく泳いでいます。午後は本を読んだり例の魔法陣であちこち観察したり、食事の為の魚を獲ってみたり」
「魚、釣りするの?」
「いえ、潜って魔力糸で絡め取って引き上げています」
「まあ、そうなの」
いささか残念そうに月神は息をついた。静音は山の方を見る。
「のんびり釣りをしたいなら、ここではなくて川や湖が良いのでは」
途端に瑠璃色の瞳が輝く。
「釣りが出来るの?」
「ええ、まあ」
果たして魔導人形が魚を食べるのだろうかと思いつつ、静音は月神を連れて、まずは例の商店街へ移動した。
釣り具を置いている店があったのだ。
静音は詳しいわけではなかったので、説明や選定はルーに任せた。
その後、山の方へ移動した。
山の裾野は森林が広がっている。
ルーの案内で、歩くと、すぐに川が現れ、それを遡っていくうち、湖に辿り着いた。
長い間人が入っていない場所であるが故、道々静音は風魔法で枝や下草を刈り続けていたが、湖の際は適当な場所もなかったため、そのまま一画の木を伐採し、土魔法で切株を移動させて地面をならし、天井がグレーのドーム型結界を張って中へ月神を招き入れた。
いつものテーブルセットを収納空間から出し、椅子を三脚用意してルーにも席を勧めた。
ハーブと柑橘類の実を詰めた大き目のティーポットで茶を出し、氷を満たしたグラスに注ぐ。
「至れり尽くせりねえ」
魔導人形である筈の月神とルーはそれを美味しそうに飲み干した。
静音も霊体で飲んでみた。飲めた。
「虫やら蛇やらいますけど、まあ我々には関係ないですよね」
何しろ魔導人形と霊体だ。
「大丈夫よ。「本体」でも寄ってこないわ」
そう言って、月神は肩へ手を伸ばす。
そこにふわふわと精霊たちが現れる。
イェルキラもいた。どうやらオウナからついてきたらしい。
「私やこの子たちが「来ないでね」と言えば来ないわ」
そういうものらしい。
「釣りはルーがお教えします」
「静音は?」
「私はやりません。霊体ですし」
「あら、そうなのね」
残念そうにしながらも、釣具店でルーと一緒に選んだ釣竿を収納空間から嬉しそうに取り出す。
ルーと二人で水辺に寄り、適当な切株を運んで座り、リールや餌の説明など受け嬉々として糸をたらした。
周囲を精霊が飛び回り、きゃっきゃとはしゃいでいる。
それをのんびり見つめながら、静音は溜息をついた。
---静音。
リルの呼び声に顔を上げる。
リルは寝室で静音の傍にいる。
青い顔をしたまま眠り続ける静音が心配でならないらしい。
意識体がこれほど明瞭で元気なのだから心配いらないと言ったが、頷くばかりで動かない。
---どうかした?
---月神様は?
---湖で釣り中。
---そうなの。楽しそう?
---楽しそうよ。イェルキラ達も来ているわ。
暫く返事が無かった。
---あなたも来る?
躊躇うような気配がする。
静音本体から離れがたいのだろう。
シェルターの中にいる限り何の心配もないのだが。
イェルキラ達を見ていて思う。
反応のない身体を見守り続けるのは疲弊するのだ。精神的に。
---今まで来なかった所だけど、綺麗な湖よ。カエンも呼んでみるといいんじゃないかしら。




