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実際、静音はすぐに傷を塞いでシェルターに籠った。
誰にも知られないように動いたつもりだったが、リルが泣きながら寝室に突進してきた。
先日、二日籠って心配させてしまったので、寝室だけ出入り可能にしておいたのを忘れていた。
「もおおお!なんで「しまった」って顔するのよ!」
リルの涙は止まらない。
「ああ、いや、ごめんね」
静音は切り裂かれてずたずたになってしまったワンピースを脱ぎ、もうばれたのなら同じことかと、堂々とシェルターを出て温泉へ移動した。
血で汚れた身体を洗って湯に浸かる。
頭がくらりとして、貧血を自覚した。
覚えのある感覚だった。
静音の持病は免疫の異常で貧血に至る病だった。
息が上がって仕方ないのが症状ではあるが、しょっちゅう脳貧血も起こしていた。
症状を抑える為に薬を飲み続けなければならなかった筈だが、こちらへ召喚されてからどういうわけか症状がおさまっていた。
手持ちの薬が切れて不安に駆られていたが、ほっとしたものだ。
それどころではない環境でもあったわけだが。
ストレスのせいか一度再発しかけたがなんとか魔力で押さえこんだ。あの時は疲労が蓄積されて体力が落ちてでもいたのか。
「大丈夫なの?眩暈する?」
リルは気づいたのか心配げな声で静音の顔の前へ来た。
目じりに涙が溜まっていた。
それがオパールの遊色を帯びてきらきら光っていた。
「大丈夫よ。貧血には慣れているの。これくらいなら大したことないわ」
「慣れるものなの?」
「まあね」
ふうと息を吐いて、湯から上がる。
このまま浸かっていると寝てしまいそうだった。
「また一日か二日寝るわ」
身体を乾かしながら言うとリルは頷いた。
「ゆっくり休んで治して」
否やは無く、静音はシェルターの寝室へ入るとベッドへ倒れ込んで目を閉じた。
***
ルーはいつもの居場所であるハブ中継部屋からある回線を繋いでいた。
それは、最初から設定されていた魔法陣ではなく、先日静音が新たに置いたものだった。
魔力を注いだ先には金色の精霊がいた。
オウナ大陸の地下神殿に住む月神の眷属。
それは気が付いたようにこちらへ視線を向けてくる。
「何の御用かしら」
こちらの姿が映るように設定したのも静音だった。
「先ほど怪我をした静音と入れ違いに月神がいらっしゃったようですのでご挨拶を」
ルーの声は静音に出会った直ぐの頃のように機械的だった。
それを聞いてイェルキラは笑んだ。
「怒っているのね。無理もないけど、もう「鳥」は自壊したわ。……様が問題ないよう後を引き受けたから心配しないで」
宥めるような声だったが、ルーは首を振った。
「怒っているわけではありません。むしろあなたに怒る理由もない。ただ、「返す」のなら見届けさせて頂きたい」
イェルキラは困ったような顔をしてこちらを見る。
「見て、どうなさるの?」
視線はルーの後ろへ向かう。
ルーの背後には、うっすらと透けた静音の像が立っていた。
「どうもしないわ。ただ、「鳥」は確実に見届ける必要がある気がするだけ。それとももう「返し」ちゃったのかしら」
イェルキラは溜息をついた。
「まだです。月神に尋ねて参ります」
そう言って映像の範疇からすっと消えた。
ルーは背後を振り返った。
「意識だけでも動いて大丈夫なのか?」
静音は笑う。
「身体は動かしていないんだから、何の問題もないわよ」
「そういうものなのか?だが、傷を受ければ、精神もそれなりに疲弊するはずだ」
「ああ、まあそういう影響はあるとは思うけど、私、あの腕輪を付け続けている時に、そういうダメージを受けにくくなっていったのよね」
耐性が出来ると言うべきか。
相手が魔獣とはいえ、攻撃したり、解体したり、場合によっては人が傷ついたり、己が血みどろになったり。
そういった、本来であれば決して平静ではいられない事に対して、自分でも驚くほど冷静でいられるようになった。
この世界に対して無関心であるせいかと思ったが、そうなり始めたタイミングを考えると恐らく腕輪の作用だろうと考え直した。
「あの腕輪、そんな作用まであるのか?」
「多分ね。まあ慣れたのもあるとは思うけど」
「慣れる?傷ついたふりをするだけではなかったのか?」
「見た目に傷や出血がないと不自然でしょ?」
ルーは無表情で固まった。
それが僅かながら不機嫌を帯びていると気が付いたのは付き合いが長くなった証左か。
自分に治癒魔法を施すのもその時に慣れた。
そう言って静音は肩をすくめた。
「静音、あなたはもう少し……」
ルーの言葉を遮るように、「お待たせしました」とイェルキラの声が聞こえた。
映像に再び精霊が戻ってきた。
「人形はまだ月神の元にございます。立ち合いたいということであれば、おいでいただいて結構です。ご都合のよろしい時はいつですか?」
「そちらに合わせます。今すぐでも大丈夫ですよ?」
「まあ、そのお姿でご移動が可能ですの?」
「むしろこの姿の方が移動が楽です」
肉体を離れると物理的障害が何もなくなる。
「まあ、困った方だわ……」
同情するようにルーを見る。
ルーは無表情のままゆるゆると首を振った。
止められない、という事なのだろう。
それを見て、イェルキラは溜息をつき、頷いた。
「どうぞ、いらしてください」




