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「ねえ、あなた名前は?あと、ここはどういう所なの?」
その話はこれで終わり、と話題を変える。
「ここは古代の神殿跡だ。今は恐らく、私しか知らない」
彼は師匠から受け継ぐようにこの場所を知らされたらしい。
師匠はそのまた師匠から同じように教えられたと。
「ここは歌を奉納する為の神殿だったそうだ。我らは歌唱の精霊に愛された歌い手に連なるのだと師匠には聞かされている」
年に一度、必ずここを訪れて、安寧と目覚めの歌を捧げるように、と師匠に遺言されたそうだ。
「昔は師匠とともに訪れたりもしたが、今は私一人だ」
泉に横たわる神像を見下ろし、吟遊詩人は寂しげに呟いた。
「あなたが弟子を取れば良いのでは?」
静音の言に首を振る。
「歌の才能だけでは、ここへ連れてくる事は出来ない。ここに馴染む魔力でなくては」
そもそも充分な魔力を持って生まれる人間の数が減っているのだと言う。
その中から、歌唱の魔力を持つものを探すのは困難だと。
「貴族家が必死に魔力持ちを存続させようとしているが、それでも恐らく、後数代もすれば、魔法を発揮できるほどの魔力を持つ者はごく少なくなるのは確実だ」
「そうなの……」
周囲にはこんなに魔力粒子が溢れているのに。
静音はそう思いつつも黙っていた。
静音が外部魔力を最初から簡単に扱えたのには理由があり、その理由を知ってからは、普通の人間には容易な事ではないと理解も出来た。
魔力変動前は普通の人間にも扱いが可能であったというのなら、魔力脈へ溶け込んだシリルの因子がそれを阻む事になったのだろう。
「残念だがな。歌の奉納が私で絶える事になるだろうが、神は許して下さるだろうか」
吟遊詩人は竪琴の弦を弾き、緩やかな曲を奏でる。
水面がそれらの音を受け止めて波紋を広げる。
ここで歌うことにどういう意味があるのか。
静音は水の中の神像を魔力糸と魔力視でスキャンする。
先ほど歌で輪郭が金色に光ったのも気になる所だ。
そもそもこの空間は、魔力粒子が濃く満ちている。
真下を魔力脈が通ってもいる。
にもかかわらず、ついこの前まで各地に発生していた魔沼は現れなかった。
とどめていたのは、吟遊詩人の歌だろうか、それとも天井に浮かぶオレンジの光か。
天井の光の玉は魔力粒子の塊で、静音がよく練って固めて使う魔力蛍と殆ど同じだった。
魔力蛍と違う点は、何かの属性が混ぜられている事。
火でも水でも風でも土でもない。
雷でもない光でもない。
渡り人にしか発現しない浄化の力が練り込まれていた。
翻って神像には特段変わった所はなかった。
ただ、中には魔結晶がおさめられており、特定の「音」の魔力に対して反応するように作られていた。
以前リルに聞いた話の通りとすれば、「それだけ」の神像である。
「特定の音の魔力にのみ反応するようだから、確かに今後それが失われてしまえばこの像もこの部屋も沈黙に沈むことでしょうね」
ただ、「それだけ」だ。
神の許しも怒りもそこにはない。
「それはそれとして、受け入れるのではないかしら。「人」のような不確実な存在に託した事であれば、その結末の不確実さも受け入れるつもりでなした決め事だと思うけど」
「それでも」
吟遊詩人は深く息をつく。
「申し訳ないと思う」
それは吟遊詩人の誠意。
「……最後はそれを歌って納めたらいいわ」
静音は微笑みつつ言った。
「それでいいのだろうか」
「いいんじゃないかしら」
吟遊詩人の指先からは途切れることなく音が紡がれている。
それは静かに、緩やかに、滴るように。
反響し、重なり合い、水面を揺らし。
水中の神像はほのかに金色に光る。




