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アルトナミの最初の王は魔導士で、とある精霊に大層愛されたという。
勿論契約を交わし、付かず離れず傍にいた。
王もまた精霊を愛し、愛するあまり、実体化を望んだ。
精霊は契約者の望みを迷うことなく叶える。
結果、初代王の妃は精霊となった。
アルトナミ王家の自慢は、その血筋に精霊が混じっている事らしい。
精霊と人の間で子をなす事が可能か否かは意見の分かれる所ではあるらしいが。
アルトナミ王家の「正史」はそうなっている。
歴史上、アルトナミ王家には精霊の力を持つとしか思えない人間が時折生まれていたという。
特に初代の子らはその力がすさまじく、数々の伝説が残っているのだとか。
「ま、人は都合のいいように歴史を歪めるから。とはいえ、そのうちのいくつかは本当だったりするのよ」
リルは何でもない事のように言う。
精霊は相手がどんな人間であれ、気に入れば、人の身に余る力を授ける事が可能、という事か。
精霊は気まぐれで、人にとっての善悪を意識しない。
確かに。
「あなたたち、魔力脈の中で漂ってくれている方が人の世にとっては良かったのでは」
むうとリルは唇を尖らせた。
「私たちは自然現象よ。人のありようと同じに考えないで」
「この世界って、危うい均衡の上に成り立っているのね……」
しみじみ言うと、リルは首を振った。
「私たちが人を愛する事なんて滅多にないわよ」
「え、そうなの?」
意外な事を聞いたとばかりに驚く静音に頬を膨らませる。
「私やカエンが契約者を愛したのは、魔力の美しさに魅せられたからよ。そんな魔力の持ち主がそうそういるものですか」
「ああ、そう……。アルトナミの初代王もそうだったって事ね」
「そうなのかもね」
リルは僅かに口ごもった。
静音は引っ掛かりを覚えて首をかしげた。
ふわ、とリルは羽ばたいて傍を離れた。
「カエンの様子を見てくる」
そう言って、結界の天井の開かれた部分から外へ出て行った。
答えたくない事には答えない。
暁の神官もまた精霊と言うなら、この世界の精霊は全てそうなのか。
茹りそうになっていたので、静音も湯から上がった。
この島はとても良い環境だが、温泉に浸かるには気温が高いのが玉にきずであった。




