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月影映る・海  作者: 林伯林
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 沈黙が流れる中、ふわりと柔らかな光が満ちた。


 目をやると、レリーフの像の足もとに置かれた棺から、虹色を帯びた金の光があふれ出していた。


 「……様!」


 静音には聞き取れない名をイェルキラが呼んだ。


 精霊たちが一斉に棺の傍へ飛んで行った。


 目覚めるのか、と静音は身構えたが、棺の中から起き上がったのは、金色をした透き通る影だった。



 「初めまして。渡り人殿」



 ビロードのような声が静音に向けられた。


***


 それを影と呼ぶのが正解かどうか静音には判らない。


 だが、それは「影のようなもの」だと言うのだった。


 「未だ起きられる程に回復してはいないので、このような姿でごめんなさいね」


 月神は、微笑んだ(恐らく)声で言った。



 しばらくぶりに顕現した月神に、影のみ、声のみとはいえ、眷属たる精霊たちは沸きかえった。

 一瞬で、どこか陰っていた空間は華やかに光あふれ、大輪の花々が咲き誇った。


 静音に猜疑心をむき出しにしていたイェルキラも、人が変わったようににこやかになり、中庭に面したテラスの椅子等勧めてきた。


 テーブルの向かいには、勿論うっすらとした金色の影が座している。

 静音は、ルーの同席も願って隣に座らせた。


 「私は自動人形なので疲れるということはないのだが」


 恐らくは困惑してそう言うルーだったが、静音は「私が落ち着かない」と言って座らせた。


 「で、月神様。目覚めたわけは、我々の訪問のせいですか?」


 静音は前置きなしで話しだした。


 月神はテーブル上に用意されたティーカップを持ち上げながら香りをかぐようなしぐさをした。


 「あなたの力の波動が強すぎて、近くにいても遠くにいても、私の意識を揺らすのですよ」


 笑いを混ぜながら月神は言う。


 「今回はここまで訪いがあったのと、イェルキラを落ち着かせるために意識の一部を浮上させました」


 月神の肩に当たる場所にとまっていたイェルキラの鼻先に指先をちょんとつけた。イェルキラは恥ずかしげに顔をそむけた。


 「私の翼の有無を気にしていたようですが」


 月神の背中に、金色の光があふれ、翼が現れた。

 薄羽ではなく、鳥の翼だった。


 「お持ちでしたか」


 月神はゆらゆらと翼を羽ばたかせた。


 「あなたが気にするほどのものかしら?」


 なんということもないように月神は問う。


 「この世界、精霊や妖精は普通にいるので、昆虫系の羽には馴染みがあるでしょうけど、あなたのような鳥系の翼が人型についている造形は殆ど見ない、筈なのに、神子の浄化の旅に出てきた魔物の一体は鳥と呼ばれる有翼の魔導人形でした。どういう事なのか不思議に思ったのが始まりです」


 茶は静音の前にも出されていた。

 良い香りだった。

 色は綺麗な紫色をしていた。


 「今、その鳥は、アルトナミ王都の劇場で、ある吟遊詩人が気に入ったらしく時折天井から降りてきて姿を見せるようです」


 月神は数秒動かなかったが、ほっと息をつくようなしぐさを見せた。


 「あれらは漸くお役御免になったのかしらね」


 「神器は壊されましたしね」


 トーヤ以前の召喚がどうやって行われていたのかは判らないが、恐らく神器と同じようなものを暁の神官は人に与えていたのではないかと想像する。


 「今後、召喚は行われない、と思いたいですね」


 静音は溜息をつく。


 「多分、もうない、と思うわ」


 月神は穏やかな声で答えた。


 「あなたがこちらへ来たから」


 すっと空気の質が変わった気がした。


 静音は周囲を見回した。


 ルーも精霊たちも、動きを止めていた。


 いつかの劇場のように。


 「時間を止めたわけじゃないの」


 月神は言った。


 「次元をちょっとずらしたの。それで止まったように感じるのよ」


 イェルキラも月神の肩で固まっていた。


 「人払いして話す事がありますか」


 月神は頷いた。


 「私は別に知られてもいいと思うのだけれども」


 溜息に似た声で話しだす。


 「あなたは太陽神についても尋ねてきたわね」


 「ええ。オウナを保ったのは月神、という話はわかりましたが、太陽神の話を一切聞かないのもおかしな話と思います」


 「太陽神はね、最初の魔力変動の時、この星から魔力が消えてしまうのを防ぐために暁光に変じたの」


 色々な事があったのだ、と月神は言った。


 「そもそも、オウナは私の住処、アルトナミは太陽神の住処、とされていたのだけれど、そうね、南の大陸は知っている?」


 「話だけは。精霊と妖精しか住んでいないと」


 月神は頷いた。


 「そう。アルトナミもね、その昔はそういう土地だったの」


 「精霊と妖精の国?」


 「いえ「人のいない国」ね」


 太陽神は、人を遠ざけていたのだ、と月神は言う。

 月神がオウナで人と交流しつつ過ごすのとは裏腹に太陽神は人を拒絶してアルトナミに籠った。


 「最初はオウナで私に付き合って人前に姿を現したりもしていたのだけれども」


 人を厭っていたのではない。むしろ愛しんでいたと月神は言う。

 だが、その命のあまりの短さに耐えられなくなってしまった。


 「私は割り切っていたのだけれどもね」


 月神は笑う。

 慈愛深いと信仰される割にドライなようだ。


 「そんな感じでのんびり過ごしていたのだけれども、そののんびりしたスピードが創造神の目論見よりかなり遅かったようで、ある時、この星から魔力を抜こうとしたのよね」


 「は……?」


 「別に滅ぼそうとしたわけではないのよ。あなたがもといた世界を参考にしたのかもしれないわ。神官も言ったのでしょう?活力が不足しているって」


 「ああ……「生体活力が停滞している」と言ってましたね」


 「創造神としては、生体活力にあふれている世界を望んでいたのね。それが巡って創造神の力にもなるのよ。創造神が力をつければ、こちらの世界は更にまた繁栄する。そういうサイクルでこの世界は成り立っているの」


 「つまり魔力なんてものがなければないで、人はそれなりに工夫して生きるだろうと」


 「まあそうね。でもねえ、この星って、過去、砕けかけた時に魔力で繋ぎ固められているのよね」


 「ああ、魔力抜いたらばらばらになるという話ですか?」


 「そうなの。創造神がそれを忘れていたとは思えないけど……。そうね、もしかしたら、それならそれでいいと思ったのかもしれないわ」


 星を一つ見捨てるくらい、大勢に影響はないという事か。

 

 「創造神は、それで一度ここから目を離したの。その隙に太陽神は抜かれた魔力を補うために自分を魔力脈の核としたわ。私よりもよほど慈愛深いと思うのだけれど、言動が苛烈だったせいか誤解が多いのよねえ」


 「ああ、「滅びるがいい」って言ったとか」


 「そうそう」


 「歌になってますよ」


 「報われないわねえ……」


 まあ、人からの評価なんてどうでもいいと思っているでしょうけれども、と月神は言って溜息をついた。


 「実際、怒りの感情を隠さない神ではあったのだけれども。そのせいで怖がられていたのも事実よ」


 「滅びるがいいって言った事も実際ある?」


 「あるわね」


 静音は笑った。

 なかなか不器用な神だったようだ。


 「あなたも言った事あるでしょ?」


 月神も笑う。

 静音は肩をすくめた。


 「便利に使う事しか考えていない連中に、問答無用で呼びつけられて理不尽にこき使われたら、誰だってそう言うと思いますよ」


 「そうね……」


 月神は茶器を置いた。

 影のような身体でどうやって摂取するのかと思ったが、香りを楽しんだだけのようだった。


 「創造神は進化や変化を促すために、そういう風に仕込んだの。イェルキラ達は怒るけれど、人はそういう生き物なの」


 翼がばさりとはためいた。淡い金色の影であるにもかかわらず、存在感に空間が揺れる。

 波動に静音は目を細めた。眩しさを感じたのだ。


 それが神聖というものかもしれない、と後に思った。


 「あなたはある程度達観しているように思ったのだけれど」


 「まあそれは……私も当の人間ですし」


 だが、それと自分が理不尽な目にあうのは別の話だ。それをも受け入れるのは神や神の使徒であって自分の怒りは正当なものだと静音は思っている。


 ふと、月神が笑った。


 「私は、あまり怒ることがないの」


 そう言って、また翼をはためかせる。


 「あなた風に言うなら「そういう風に作られているから」なんだけれども、怒りの感情が無いわけではないの。でも何かあった時、太陽神が先に怒ってくれたわ。私の役割は守護し、愛する事だから、怒りの感情は私の存在を危うくすると思っていたみたい。怒るのは自分の役割だと言われた事もあったわね」


 静音は眉を寄せた。


 「暁光がシリルによって変容したように、私も長く怒りの感情を抱えては変質してしまう。そう危惧したのは、誰だったかしら」


 翼の動きこそが月神の感情を表してでもいるかのように、大きく何度も羽ばたいて見せる。


 「ずっと眠っていたのに?」


 ふふ、と月神は小さくまた笑った。


 「眠っていても、意識はこの星を巡っていたわ。私は人ではないから」


 「変わりました?」


 「どうなのかしら」


 自分では判らない、と月神は肩をすくめる。


 「ただ、太陽神もシリルも、存在が失われてなお、私をなんとか守ろうとしたのだとは思うわ。創造神さえ一度見放したこの星で」


 静音は大きく溜息をついた。


 「真に私は「呼ばれた」のですね」


 「そうね」


 「私の内在魔力が無いのは、地球に生まれ育ったからではなく、暁光に全て変じたからですか?」


 「そうね。でもあなたはその身を無限の器として魔力を際限なく受け入れ駆使できる。もはや、あなた自身が暁光であると言っても良いのかもしれないわ。イェルキラの懸念はある意味当たっていたのだけれど、太陽神が再び顕現する可能性は考えもしなかったようね」


 太陽神---。

 静音は意味もなく自分の手をじっと見た。

 自身を通した魔力はオレンジ色に虹色を浮かべ、ファイヤーオパールのようだと思ったのはつい先日だ。


 「あなたが浄化させられた魔沼は、創造神がもたらした変容因子によって発生したもので、大きく言うと、「星の病」ね。あなたも最初、そう想像したのでしょ?」


 魔力脈に沿って発生する反転した負の魔力沼。

 免疫の過剰防衛を想像したし、転移する病巣を思い浮かべたのも事実だ。


 「神器を作ったのはシリルと同じ原初の精霊たち。最初は本当に魔沼や瘴気をはらえる者を呼び寄せるだけの目的で作られたのだけれど、呼び寄せた神子の魔力発動とその波動がね、ことごとく太陽神に酷似していた為に、気づいたの」


 太陽神の入れ物は、消滅したのではなく、別の次元へ弾きだされたのではないか。


 「シリル達はね、太陽神の愛し子だったの。失われた存在を求めても仕方がなかったとは思うわ。それはそれは愛されていたし、彼らもまた敬愛していたもの」


 「そう言われても……私にその意識も記憶もないんですが」


 「いいのではないかしら。あなたがここに存在するだけで」


 翼がよりいっそう大きくなって、光の波動のように静音を包み込んだ。


 「彼らもそれ以上は望まないわ」


 前に呼ばれた人間だってそうだったもの、と。




 「「鳥」の自動人形はね……」


 月神は囁いた。


 「「導き手」である私を模しているのは間違いないわ。凶暴性は……それもまた私の一面と示したかったのか。まあ、シリル達の嫌がらせかもしれないわね」



今日は突然激しい雨が降ったり晴れたり、忙しい空模様でした。

町内会費を集める予定の日だったので、出ようとして土砂降りになって途方にくれました。直前まで晴れていたのに……

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