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月影映る・海  作者: 林伯林
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 遠くから祈りの声が聞こえてきた。

 それは魔力聴力によってのみ聞き取りが可能な距離を隔てた声であった。

 唸るような、すすり泣くような、か細い声。

 荒地の彼方から微かに、途切れることなく聞こえてくるそれは、呪いめいていると静音は思った。


 オウナ大陸へ来た目的を話すと、カエンが連れてきたのは、この国の東に広がる荒地だった。

 大陸に栄える大国ロウスウ帝国と国境を接しているが、この茫漠と広がる荒地の為に帝国の侵略はここを境界として止まったという。

 侵略する価値もないと判断された。小国イオジノレの名は帝国にとって「不毛の地」と同義であった。


 「荒地の果てには峻厳な山々と火山地帯。その向こう側には港は一応あるものの、帝国にとっては航路は南や東程旨味もない。この国はそういう「極限の地」です」


 荒地の中心に、神殿跡があった。


 勿論、地上には何もない。

 だが、カエンだけでなく、リルもそこに間違いなく存在すると言った。

 静音は魔力糸を地中に通した。


 地中深くに、魔力脈の枝があった。


 その枝先に、実るように、それはあった。


 丸く、結界に囲われた小さな神殿。


 「静音」


 リルが素早く肩に乗ってきた。

 タッチの差でルーが背中に触れる。


 呆気にとられて静音はリルを見たが、二人が何を懸念しての行動か遅ればせながら理解して苦笑した。


 「一人で行ったりしないわよ」


 リルはすねたような顔をした。


 「静音って気分で行動するから信用できない」


 「ああ、それはごめんなさいね。単独行動に慣れているもので」


 自覚はあった。

 何をするにも一人で行動する方が楽なのだ。

 それはこの世界に来る前からそうであった為、身になじみ過ぎていた。


 静音はカエンを振り返った。


 「あなたも、私の傍に来て」


 人から精霊に触れる事は出来ない。

 実際は、静音の魔力操作で引き寄せる事は可能だが、それは「人のやり方」ではない。


 カエンはそっとリルの反対側へ来て、静音の腕に触れた。


 静音は魔力糸を伸ばして、引っ張った。


 瞬時に移動した事にカエンはぱちぱちと瞬きはしたが、それ以上驚くような事はなかった。


 目の前には、綺麗な形を残したままの神殿が、結界に守られて建っていた。

 静音たちは、とくに阻まれることなく、結界内に移動している。


 結界の外側は土中である為、光などない筈だったが、うすぼんやりとした灯りに満たされて視界はそれなりに良好だった。


 「ずっと昔、荒地は森だったのです」


 その頃の名残りであろうか、神殿は木立に囲まれており、庭は色とりどりな花で満ちていた。


 荒地は痩せていて、何を植えても育たないとカエンは言った。水源は遠く、地下水脈は深すぎて、開墾もままならないと。雨も少なく、雑草すらまばらだった。


 「今とあまりにもかけ離れていてイオジノレではおとぎ話と思われていますが」


 大地がひっくり返った際、火山帯の山々が次々と噴火し、森は焼け、何年も火山灰が降り注いだという。


 「つまりここは、森の中にぽつんと建っていた神殿、という事?」


 カエンは頷いた。


 「私も、思い出したのは最近です。この神殿はあの頃でさえ既に古く、広大な森の中にあった為に、人が通わぬようになってからも長い年月が経っていました。私たち精霊でさえ、ここが本当に人の為に建てられたかどうか疑問に思ったほどです」


 人の為でなければ、誰の為に……?


 静音はゆっくりと周囲を見回しながら、綺麗に整えられた石組みの小道を進む。



 華美な花ではなく、野草のような小さな花が沢山咲き乱れる前庭を抜け、神殿入口へ至る階段に足をかける。


 と、足元からぶわりと魔力が湧きだした。



 目の前を激しくくるくると飛び回る光が明滅する。



 明確な敵意を持って。



 ---何故来た。どうして来た。今更人間が。



 それ以上先には進ませまいとするかのように、光は数を増やして乱舞し、押し寄せてくる。



 ---裏切ったくせに。捨てたくせに。



 静音は、自分たちを結界で囲った。


 それらは結界に弾かれながらも、なおも数と勢いを増す。



 ---……様は眠ったまま、未だお目覚めにならない。人間のせいで。




 恨み言が次々吐きだされる。

 誰の何の恨みなのか、静音は暫く黙って聞いていた。



 ---人間は裏切る。脆弱で愚かしいくせに。

 ---精霊を、神をも裏切る。身の程知らずに。

 ---何故未だに滅びないのだ。

 ---とっくに滅びて良いはずなのに。



 ---……様を裏切った報いを受けて、何故まだ存在しているのだ。




 静音は顔を上げ、その発言をした光を魔力糸で捕まえて引き寄せた。


 静音の結界の中に入ってきた光に、ルーが息をのむ気配を感じたが、静音は構わず目の前にそれをつりさげた。


 明滅する光の中には、背中に羽を生やした小さな人影。


 「こんにちは。私は人間だけど、この世界の人間ではないから、あなた方に恨まれる覚えはないわ」


 ひくっと、光の中で人影が震えた。


 「召喚の術とやらでこちらへ呼び寄せられたの。落ち着いてお話できないかしら?」


 結界の外側は静かになっていた。


 魔力糸の先の人影も明滅を止めた。


 「お名前は?私は静音」


 尋ねかけると、それは全身を震わせた。


 ---イェルキラ


 静音には難しい発音だったが、一番近い言葉でそう聞こえた。


 「そう。うまく発音できないけれど、イェルキラと呼んでいいかしら?」


 それは微かに頷いた。


 静音はそっと魔力糸を外した。


 ふわ、とリルが肩から離れ、イェルキラの傍へ寄った。


 イェルキラは、その時初めて、リルやカエンの存在に気が付いたようだった。驚いたような顔をしている。


 明滅がおさまったイェルキラは、全体に薄黄色で、髪は金髪だった。


 今まで近くにいた精霊は、殆どが緑や赤や青など、人間にはありえない髪の色だったため、結構新鮮だった。何の精霊だろうかと考える。


 「私たちは調べものをしていてここへ来たの。古い神殿と聞いているけれども、翼のある月神の像はないかしら」


 静音が尋ねると、イェルキラは身じろいだ。


 「あるの?」


 イェルキラは頷いた。


 「こちらへ」


 そう言って、案内するように神殿の入り口へ飛ぶ。


 先ほど階段入口で集団で静音らを止めた光る精霊たちは、様子を窺うように周囲をふわふわと漂っている。


 静音は階段を上った。


 今度は静かだった。



 礼拝堂の奥には、壁いっぱいに翼を広げた月の神らしきレリーフがあった。

 大理石らしき白い石材にほどこされた精緻な彫刻に静音は目を奪われた。

 衣のひだ、筋肉の流れ、羽毛の一枚一枚まで、細かく刻まれている。

 柔和な微笑を浮かべる表情は、まるで生きているようだった。



 「これは、見事……」


 静音は思わずといったふうに呟いた。


 「この像は月神で合っている?」


 イェルキラは頷いた。


 「ここは月神の住処。そう言われていました」


 「違ったの?」


 「いえ……」


 イェルキラはレリーフの像の足もとへ飛んだ。

 陰になって気づいていなかったが、そこには大理石で作られた箱が置かれていた。

 棺大の。


 「結果的にはそうなりました」


 歩み寄った静音は、箱の中に横たわる美貌の人物を見ることになった。

 死者にそうするように、箱の中は花で溢れている。


 「この方はここで眠り続けています」


 「どういった方か聞いてもいい?」


 イェルキラの傍に、漂っていた他の精霊たちが寄ってきた。

 

 「私たちの王です」


 溜息のような声だった。


 「私たちの名付け親でもあり、森の主でもあり」


 精霊たちが棺の周りを蛍のように漂う。


 「かつてこの地を救った方でもあります」




 「私たちは月神として崇めていました」




 イェルキラたちの話によれば。


 棺の人物は、かつて広大な森を住処とし、この地に溢れていた精霊たちの守り手であったという。

 オウナ大陸の中では特殊な土地であり、「聖なる森」として人は深い場所には立ち入らないようにしていたとも。


 当時月神は、常にこの森にいたわけではなかったという。

 神が常に地上に姿を現すというのも静音にとってはおかしな話であったので、そこは納得できた。


 一万年前の魔力変動の更に前の時代、同じような出来事があったのだという。


 森が燃えるのを止める事が出来ないと判断した月神は精霊たちを呼び寄せて神殿を結界で囲った。

 神殿は結界ごと、ひっくり返った地に呑まれて地中へ沈んだ。


 薄闇に閉ざされた世界を救ってほしいと純粋な祈りを捧げた少女がいたそうだ。


 月神はその祈りに答えて力を出し尽くした。


 暴走する魔力を押さえる為に、魔力脈を捕まえ、地中に圧をかけ、三日三晩。


 その結果出来たのが「魔を断つ層」だという。



 少女は深く感謝して、一生を月神に祈って終えた。力が尽きていた月神は、その少女の祈りで多少の力を取り戻し、この神殿で眠りながら力が満ちるのを待つ事にした。


 

 地上は燃えたが、月神は「魔を断つ層」に裂け目を作り、鎮めた魔力脈の枝からささやかに魔力を吸い上げ、それを活力として地上に還元した。 

 じわじわと時間をかけて、もう一度森は形成されていった。

 月神はそれだけの仕組みを作り上げて眠りについた。



 「眠りは深く長く、私たちは一日千秋の思いで目覚めを待ち続けましたが、その願いは再び断ち切られました。あの魔力変動で」


 イェルキラは長い溜息をついた。


 「力を完全に取り戻す前に目覚めたということ?」


 イェルキラは暗い瞳のまま笑みを浮かべた。


 「そもそも、それ以前も何度か目覚められていたのです。最初は、祈りの少女の早すぎる死の時」


 月神にひたすら祈り続ける少女は、月神の神聖を多少その身に帯びてしまったが為、治癒や浄化の力を発現したという。

 人々は少女を搾取し、ついには害してしまったと。


 どこかで聞いた話だ、と静音は思い、アルトナミ王都で聴いた古歌を思い出した。


 歌の通り、月神は嘆き、少女の魂をすくいあげて精霊となしたそうだ。人から精霊になるのは珍しいという。


 少女の死が原因ではなかったが、その後立て続けに大陸が災害に見舞われた。


 再び純粋な祈りをささげる少女が出現し、月神は目覚めた。


 悲しみに沈んだまま眠りについていた月神は、少女の祈りに応える事が出来なかった。


 「人は裏切る。恩を忘れる。そういう生き物」


 虚しくなったのだろう、とイェルキラは言う。静音は苦笑いする。


 「月神も、何かできるほど力を取り戻してはいなかったので、そのままもう一度眠りにつくはずでしたが、人から精霊になった少女が、魂を捧げて祈ったので、その魂の力の分だけ、地上に救いの手を差し伸べる事にしたのです。少女の消滅は更に月神を悲しませはしたのですが」


 「人がいいなあ……。神様だけど」


 静音は呟いた。

 イェルキラは頷いた。


 「力を取り戻すと言いましたが、実際のところ、過剰な力の駆使に寄り、ボロボロになった身体……霊体を癒しておいでだったのです。それなのに、更に力を行使すれば命に係わる……すなわち存在の消滅さえあり得るのです。我々は止めました」


 「気の毒に……。人って一生が短いし、数も多いし、その多様性が特性でもあるから、なんというか、神様が「このようにあれ」と言ってもなかなかそうはね」


 少女のような人間もいれば、それを搾取するような人間もいる。


 「それはそれで別に良いのですよ。ただそういう生き物のために、月神がここまで己を犠牲にする必要はないと思うのです」


 魔力変動の際も月神は目覚めた。

 アルトナミは半分が沈んだが、オウナは全てが沈むはずだったという。それが今の形で何とか残ったのは月神の力に寄る所が大きいという。

 ただ、再生していた森は、再び燃えた。

 そして魔力脈の枝を引いて再生した仕組みも壊れた。

 月神は存在消滅の寸前まで至り、以来一度も目覚めていないと言う。


 「また人は国を作って侵略などしているようですが」


 イェルキラは天を見上げた。


 「地下深くにいても、虐げられた者たちの嘆きや悲しみや恨みが聞こえます。神殿で祈る者たちの声も。ですが、月神の眠りは深く、もうそれらは届くことは無いでしょう」


 「どうぞ安らかな眠りを」


 静音は指を組み合わせ、目を閉じた。

 なんとなくそうしたくなったのだ。


 数秒沈黙が流れた。


 「ところで」


 静音は目を開ける。


 「アルトナミに伝わっている古歌だと現れる太陽神はいなかったの?後、翼って、実際月神についてるの?無いなら由来は?それから、



  シリル・バトゥって知ってる?」



 最後の質問に、精霊たちがざわめいた。

間が空きました。

書き溜めようとしたのですが、推敲ばかりで時間が過ぎ……申し訳なく。


ブランクがかなりあるのですが、スポーツでなくとも勘と言うのは激しく鈍るのですね。

というか、読み返す度に誤字が見つかる……

それ以前の問題ですか。

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