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月影映る・海  作者: 林伯林
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04



 静音は取り敢えず、一見無防備な状態を何とかしようと、格納空間からワンピースを取り出して被った。

 そしてゆっくりと「それ」に歩み寄る。


 「言葉は通じるかしら?」


 問うてみるも、「それ」は鋼玉の眼差しを返してくるのみ。

 どこまでも青く澄んでどこまでも意志が見えない。

 魔力糸の感触からは柔らかな皮膚と体温と脈動を感じたが、それでも「生きている」気配は薄かった。

 腕とわき腹に傷が出来ていて、そこからは先ほど見えた青い血液と思しき液体が流れ落ちている。

 静音は糸を操作して「それ」の身体を探り、傷口へ潜り込ませる。

 「それ」はびくりと身体を震わせ、口を開くと、掠れた悲鳴を上げた。

 静音は顔をしかめた。


 「ごめん、痛めつける気はないの。ちょっとだけ耐えて」


 魔力視と糸で「それ」を外と内側からスキャンする。

 皮膚や筋肉や血の組成、骨格や内臓の形状まで。

 ほんの数秒の間に静音はあらかた「見終わった」。

 魔力糸から魔力を流し込み、傷ついた筋肉組織と皮膚を再組成させる。


 「お詫びに傷は治しておいたから」


 そう言って、静音はもう少し近づいた。


 「御用はなにか聞いてもいいかしら」


 魔力糸の細い一本を伸ばし、「それ」の額に埋め込まれた青い石に触れた。


 『人の生体反応を察知して調査に来た』


 漸く「それ」から意志が返って来た。


 『私の役目はこの地の警備と警邏』


 「仕事の邪魔をしたのかしらね」


 『この島の浜は本来の警備エリアではない。警告もせず姿を消して近づいた以上反撃される事も覚悟はしていた』


 声は機械人形じみているが、うっすらと何かの意志が感じられ、静音は小首をかしげた。


 「本来の警備エリアでもないのに出てきたのはなぜかしら?」


 『キシュキナが沈んで一万年、この地に人が来たことがなかったからだ』


 「それ」の鋼玉の瞳がきらりと不思議な光を帯びた。




 「それ」が語るには、一万年の昔、ここには陸地があり、都市があったという。

 『魔力変動』とそれは言った。

 その天変地異に匹敵する出来事によって、地は裂かれ、一部は海に沈み、一部は山となった。

 大洋の真ん中で栄えていた都市の名は『キシュキナ』と呼ばれていた。

 かつてはいくつかの島から成り立っていた国家の中心地であり、島と島の間は魔法の橋でつながれ、華やかな海洋国家を築いていた。

 現在は、外洋の真ん中にぽつんとある無人島であるが、一万年の昔は、大陸から点々と連なる島によって「道」があったらしい。


 『この島はキシュキナの一部だった。ここ以外は全て海の底へ沈んでしまった』


 どうやら浅瀬と思った砂の下には太古の都市があるらしい。

 魔力糸で探った時に、とぎれとぎれの魔力の残滓を感じたが、その頃の名残りであったのだろう。


 『私の使命はキシュキナの防衛だったが、海の底へ沈んでしまった。残されたこの島を守る事で使命を果たそうとしたが、人もおらず、街もない、一体何を守れば良いのか』


 魔導人形が苦悩する……

 静音は不思議な気持ちになった。


 「あなたのような「守り人」は他にいるの?」


 『いない。皆魔力切れを起こして活動を停止した後、朽ちて行った』


 「なぜあなただけ無事でいるの?」


 『当時配置された最新の魔導人形であった事と、それが為、魔力効率が従来品より数倍良かった事、活動停止した人形達から得た魔核を再利用した事などの条件がそろったためだ』


 「再利用なんて出来るの?」


 『従来の人形は魔核から完全に魔力を使い切ることができなかった。私は限りなくゼロに近い値まで利用が可能だ』


 「なるほどねえ……」


 静音は漸く魔導人形の傍らまで歩み寄って、しゃがみこんだ。


 「どの程度残っているの?」


 『何がだ』


 「魔核の魔力」


 人形が虹色に輝くまつ毛をぱちぱちとしばたたかせた。


 『残り一割程度だ。何故そんなことをきく』


 静音は人形の顔から視線を下へおろし、胸元を見た。


 「これ、いる?」


 虚空から掴み出した淡く輝くオパールを差し出す。

 人形は目を見開いた。


 「恐らく『魔力変動』の頃、どこぞの神殿で祭られていた神像の中に埋め込まれていた魔核だと思うわ。動力源としての魔核は無属性が基本なんでしょうけど、これは色々な属性が少しずつ内包されている石だから、あなたには適さないかしら」


 人形はゆっくりと静音の顔を見上げた。


 『それは地中深く、魔力脈に触れる場所で数百年魔力にさらされて漸く出来る物だ。魔核ではなく、魔結晶と呼ぶべきものだろう。魔導人形には過ぎた石だ』


 「合わない?」


 『やってみなければ判らない。リスクはある。最悪この身が耐え切れず崩壊する』


 「そう」


 静音は溜息をついて魔核もとい魔結晶を収納空間へ戻した。


 「仕方ないわね」


 そっと魔力糸を人形の胸元へ潜り込ませ、心臓の位置の魔核を探り当てた。


 「私の魔力で勘弁してね」


 そう言って、空気中から魔力粒子を取り込み、体内を通して魔力へ変換し魔力糸の先へと流し込んだ。


 人形は見開いた目を更に大きく開き、滔々と流れこんでくる魔力に意識を真っ白に飛ばした。


 静音が意識をなくしてぐったりと砂浜に横たわる人形に気が付いたのは、九割が空だった魔核に満タンに魔力を注ぎ終えた後だった。



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