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月影映る・海  作者: 林伯林
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桜咲いたかなあ、と思いつつ引きこもっております。

本日は雨でございました。


 「別に来たければ来ていいけど、あなたはそれでいいの?」


 静音が尋ねると、カエンはびくりを肩を震わせた。


 「ここを離れたいのです」


 それでもそう答える。

 リルはふわりと祠の屋根から離れてカエンの前へ飛んだ。


 「精霊は心に正直に生きないと。ただ私たちと一緒に来るだけでいいの?」


 はっとしたようにカエンは息をのんだ。


 「いいのよ。したいことをして」


 リルが噛んで含めるように言うと、カエンのカーネリアンの瞳が揺れた。

 炎を灯したようだった。


 「あ、ちょっと待って」


 静音が横合いから手を出した。


 「ねえ、あなた、この辺に古い神殿とか遺跡とかないか知らない?」



***


 カエンは暫く考え込んでいたが、ふと思いついたような顔をした。


 「少しお待ちください」


 ぐるりと見回して羽を羽ばたかせ、ふわふわと高く舞い上がった。

 リルと違って二、三歳の幼児程度の大きさなので、それが軽々と飛ぶのは不思議な気がして静音は見上げた。太陽が眩しい。


 「残念ですが」


 再び降りてきて、カエンは詫びた。


 「魔力変動の時に壊れて跡形もないようです。あの頃は維持の魔法などかけるような余力もなかったでしょうし」


 アルトナミと違って、こちらは必要最低限にしか魔法を使用しなかったのだろう。


 「魔力変動で精霊は一度「返った」と聞いているわ。あなたはリルと同じで記憶があるの?」


 カエンは一瞬、躊躇うように黙り込んだが、リルが近づいて微笑みかけると頷いた。


 「実を言うと、以前の事を明確に思い出したのは最近です」


 微笑を返す。


 「私の契約主は人々の為に力を尽くしたにも関わらず、人々は契約主を理不尽な言いがかりで手にかけました。その死の衝撃で前の事を思い出したのです。それまでの私は、主に庇護されて安穏と暮らしていましたので、あまり深く物事を考えてはいませんでした」


 カエン曰く。

 主は大陸中に名を知られた魔導士であり、特に火の魔法に秀でていた。

 その能力を持って、この火の山の噴火活動を鎮めたのだという。

 当時、大陸に覇を唱えた大国があり、その国に呑まれた周辺諸国から押し出された人々はこういった、人の住めない場所でどうにかして生きていくしかなく、だが、その過酷さに、見るに見かねた主は、この山に登り、何とか魔力脈のマグマへの影響を取り除こうとしたらしい。


 その時、カエンに出会ったのだという。


 「火の魔力があまりにも美しかったので、名付けを願いました」


 記憶の中のそれを思い出すようにうっとりと目を閉じた。


 カエンは伸びている魔力脈の影響の大きい部分に杭を打つよう助言した。

 その杭を起点にして、かつてこの大陸に薄く積もっていた魔を断つ層を限定的に作り上げ、張り巡らせた。

 「主は土の魔法も得意だったので」

 マグマの流れを刺激する魔力脈をそこから遮る事に成功した。

 幾つか杭は打ったが、中心点となる杭の上に祠を作って魔法陣を刻み、魔を断つ層の維持を図った。


 「それがこの祠です」


 言われて静音は魔力糸で祠の下を探った。

 長い金属の棒が地中深く打ち込まれていた。


 「この杭も主と一緒に作りました。火の魔法と土の魔法で」


 カエンは指を組み合わせた。


 「主の練り上げた鉱物を私が火で鍛え上げました。楽しい作業でした」


 静音はしゃがみこんで、転がっていた石ころを拾い上げると土を少し掘ってみた。

 細かい砂利が沢山混ざっていたが、幾つか掌にとって眺めてみる。


 鈍く透き通った赤い石は魔結晶になりかけか火属性を含んでいる。白っぽいものは石英。石英にくっついている黒っぽい鉱石。


 「杭はここで作ったの?」


 矯めつ眇めつそれらを眺めながら静音は尋ねる。


 「この辺には水晶や銀の鉱脈があるんです」


 カエンはにっこり笑って言った。


 「勿論魔力脈の傍ですから魔銀もございます」


 「ああ……」


 静音はぼんやりと頷いた。


 そういう物がやはりあるのか、と思ったのだった。


 「こちらの大陸にあった「魔を断つ一層」って結局どういう物なの?」


 掌の上の石を転がす。


 「そうですね……」


 カエンもしゃがみこんで、土中を探って小さな手で半透明な石を掘り出した。


 「これがその一部です。土を掘れば出てきますよ」


 光を弾いてきらりと光る石。

 三角というかひし形に結晶している……


 「え、これまさか……」


 静音はそれを受け取って目を見開く。


 「これを含んだ地層が、昔は大陸深くを覆っていました。場所によっては一枚の板状になって広範囲を覆っていたりもしましたよ」


 静音は絶句した。


 「これ……例えばアルトナミでは珍しい石、じゃないのかしら?」


 「珍しいでしょうね。全くないわけではないでしょうけど」


 二の句が継げず黙り込む静音の肩をルーが叩いた。


 「その石の特性はひたすら硬い事だ。それを利用した道具はあるが、それ以上の価値は無い」


 「そう……」


 「この世界で一番価値のある石は魔結晶よ。次は魔核。それ以外はただの石」


 リルが後に続けて言った。

 自分の世界の常識では追いつかない事情に、静音は溜息をつきつつ石を地面にばらばらと落とす。


 「私のいた世界では、これはとても貴重な石だったのよ。まあそういう風に流通を操作されていた石でもあるんだけれども。そういえば……」


 静音は、自分の右手中指に嵌めた指輪を見た。

 中央に三粒の石が嵌っている。

 普段使いする為、伏せ込みで引っかかりが無いものを選んだ。


 「これにもあちらの世界のそれと同じだろう石が使われているわよ」


 「あ、それ」


 リルがふわふわと寄ってきて覗き込んだ。


 「複雑なカットしているなと思っていたのよ。きらきらして綺麗だけど、そこまで手間かけるなんて物好きねと思っていたんだけど、そうか、価値の高い石だからなのね」


 物好きと言われてしまった。

 静音がこれを購入したのは仕事でやっかいな事が続いて精神的に荒れていた時だったか。

 だいぶ昔ではあったが、それなりの価格だったと記憶している。そしてその後、貴金属とともに価値は上昇して同じ物でも更に高額になり、仕事の憂さ晴らしでも購入をためらう金額になっていたように思う。


 ふと気が付くと、小さな光がふわふわと指輪の傍に寄ってきていた。

 リル達のように、人の姿が見えるわけではないが、精霊のようだ。


 「静音が大事にしているものだから、寄って来ちゃったわね」


 リルが言う。意味が分からない。


 「言ったでしょ。静音の魔力は甘いの。精霊にはご馳走なの」


 蜂蜜にでもなった気分だ。勘弁してほしい。


 「石には魔力が馴染みやすいのよ。でも不思議ね。こっちの世界のこれには一向に馴染まないのに、静音の元いた世界では違うのかしら」


 リルは静音の指輪をじっと見つめ、そして「あ」と声を上げた。


 「地金の方に魔力馴染んでる」


 「……そう」


 もう何を聞いても驚くまい。


 「で、最初の話に戻るけど」


 静音は指に精霊をまといつかせたままカエンを見る。


 「はい。お連れ下さい。この大陸であれば、古い物のありかもある程度はご案内できます」


 断る理由もなさそうだった。


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