47
演奏会場に現れる有翼の佳人の噂は王城にまで届き、王族がお忍びでホールへ出向いてその出現を目撃した。
今の所害はないと判断されたが、吟遊詩人がある程度危険視されたのは現状無理からぬことか。
静音なら鼻で笑い、吟遊詩人本人も知った事かと言いそうではあったが。
ただ、王城の人間は、あれがトーヤの「浄化の旅覚書」に記述のある「姿の無い鳥」だと認識はしていない。
静音以外の人間は知るまい。
あの柔和な微笑を浮かべる薔薇の唇の奥に、控えているものを。
***
「みんなうっとりしてるわ……。ホラー人形なのに」
静音はしみじみと言った。
「あの口ぱかーっと開けて欲しいわね。舞台上で」
その様を想像してにやつく静音であった。
「性格悪いわよ」
リルが言うと、ますます静音はにやついた。
「今更何言ってるのよ。性格は元より悪いわよ」
へらへらしながら、あの世にも麗しい人形が王都の人間を恐怖のるつぼに叩き込む様をぜひ見たいと思う静音であった。
呆れた顔でリルは静音の肩から飛び上がり、ルーの肩へ移った。
今、三人はオウナ大陸にいた。
あの後、ハブ中継部屋であちこち見たり、魔力変動以前の地図と現状を見比べたり、古代アルトナミで実現出来た魔導衛星の高度まで魔力蛍を飛ばして各地を「見下ろす」等、検討を重ねた結果(驚いたことに、魔力切れで死んではいるが、未だに周回している魔導衛星が幾つかあった)、古い物が残っていそうな場所を厳選したのだった。
オウナ大陸はリルが再誕生した場所であり、魔力だまりは古くから魔力が濃い場所が多い。
一度ひっくりかえった土地とは言え、何か残っている可能性は高い。
まして、現状精霊が多少でも生まれている場所は、アルトナミよりはオウナだったのだ。
「以前は逆だったんでしょ?」
静音が尋ねると、ルーは頷いた。
「あの地中の薄い一層が、全てを阻んでいた」
一度魔力蛍で上空から見下ろし、当たりをつけて魔力糸を伸ばして自分とルーとリルを引っ張った。
結果、人が殆ど近寄らぬ西の火山の火口縁に立っている。
覗き込むと、キシュキナとは違って、マグマがちゃんと地下に溜まっている。
時折地面が鳴動する。
月に一度程度の割合で大なり小なり噴火もするらしい。
魔力視でよくみると、マグマだまりの傍を魔力脈が通っており、そのせいか、溶岩には魔力粒子が混じっている。
長い時間このままであれば、この辺の石が魔結晶に変化する可能性がある。
溶岩の池の上には、小さな光が幾つか飛び交っていた。
「リルの仲間がいるわね」
静音が覗きこみながら言った。
「まあそうだけど」
リルも静音の肩から火口を覗き込む。
「遺跡は埋まってそう?」
リルは暫く見つめ、首を振った。
「この下には無いわ」
では用は無い。
静音も魔力糸で地中を探ってみはしたのだが、古い物の気配はなかった。
静音は火口から離れた。
周囲を見渡し、比較的新しい祠のような物を見つけた。
「この世界って創造神と太陽神と月神、あとシリル・バトゥ以外の神っているの?」
静音は祠に近づきながらリルに尋ねた。
「神の実在を問われるならよくわかんない。信仰を問われるなら、そうね、一番身近な存在として精霊を祀るのはあるかな」
リルの口からとんでもない言葉を聞いた気がして、静音は振り返った。
「意外?」
リルはぱたぱたっと羽を羽ばたかせた。
「前半が」
「なんで?」
「神の存在に最も近いのは精霊だと思っていたから」
「え、そうなの?」
静音にとっては、精霊は想像上の存在であったにも関わらず、それが目の前に実在してふわふわ浮かんでいるのだ。神に近いと思っても無理からぬ事ではないか。
と、説明してみた。
「ああ、そういう意味ね」
精霊がいるなら、神もいるのかもしれないと思わせられる。
「まあ、いるかいないかで言うならいるんでしょうね」
リルは祠の屋根のヘリに腰を下ろした。
「静音だって、暁の神官から色々聞かされて、そこは疑問ではないのでしょ?」
「まあ、一つのシステムって言われたからね」
とはいえ、日本人らしく曖昧に受け入れただけだ。
森羅万象に神を見出す国民性なので、あまり抵抗もない。
「私の認識もその程度よ」
リルは言う。静音はとてもそうは思えない。
「見たことないもの。忘れてるだけかもしれないけど」
リルは至って単純だ。
静音にとって、魔法も精霊も超常現象なのだ。それを体現しているリルに「同じ」と言われても、気持ちの上で納得はできない。
「深くて広い川がある……」
静音は呟いた。
「え、何?」
リルは聞きかえしたが、静音は首を振った。
もとより、成り立ちの全く異なる世界の者同士、感覚が同じなはずもなし。
それよりも、と、リルが腰を下ろしている祠を見る。
石造りの小さな箱のような物に屋根がつけられている。扉も石で、観音開き。中にお地蔵様でも納められていそうだと、静音は思った。
「この祠、何を祀ってるのかしら」
扉には文字が刻まれている。
さほど古くは無いらしく、風雨に摩耗してはいてもきちんと判読できた。
---火の精の静まらんことを。
「噴火を鎮めるための祠みたいね」
静音は斜面をみおろし、道らしきものがある事に気が付いた。
「たまに人が来るのね。こんなところまで」
しょっちゅう噴火している山だ。殆ど人が入ることはないと思っていたが。
「ちゃんと意味のある所に作ってあるわ」
リルが周囲を見回しながら言った。
何のことだと思った所に、目の前をふわふわと赤い光の玉が横切った。
光の玉の中には、小さな人の影があり、髪や瞳や、羽まで、赤く燃え上がるような色をしていた。
火の精らしい。
火の精はそのまま、リルの傍まで近づくと、くるりと宙返りをして見せた。
と、その姿は急に人間の幼女サイズに変じて祠の前に立っていた。
「どなたかしら」
声も幼い。
「私はリル。キシュキナから来たわ」
「まあ、随分と懐かしい……」
火の精は驚いたように表情を変えた。
「かの島々はいずれも沈んでしまったと聞いているわ。残った島もあったのかしら」
「いえ、ほぼ沈んでしまったわ。私が今いる所は、ちょっとだけ残った島の外れよ。しかも私が生まれたのはこっち。キシュキナは今住んでいるというだけ」
「まあ」
火の精は、どう解釈すべきか考え込むように首をかしげ、そして傍にいる静音とルーを見る。
「あなた方が、リルを呼んだの?」
静音は肩をすくめた。
「呼んでない」
「名付けを願って、押しかけたのよ」
リルが答えた。
「それはそれは……」
信じがたいものを見るように、火の精は瞳を見開いた。炎のようにオレンジ色がかったカーネリアンのような赤だった。
「あなたの名前を聞いてもいい?」
リルが当然のように火の精の名前を尋ねる。
「カエン」
火の精は答えた。
そこで契約主がいるらしい、と静音は遅ればせながら気づいた。
「この祠をここに作るように言ったのカエン?」
リルは更に尋ねる。
「ええ」
「作った人は?」
カエンは目を伏せる。
「少し前に夜を渡って月神の御許に召されたわ」
この世界では、そういう言い回しをするらしい。
「名のある魔導士だったのかしら」
カエンは頷いた。
「ええ。かつてはオウナ一と言われた事もあったわ」
ゆっくりとかがむと、幼い腕を伸ばして祠の扉の模様に触れる。
それで仕掛けが外れたらしく、石の扉が開いた。
中には見たところ何もなく、ただ、向かいの壁に魔法陣が描かれていた。
静音は、魔力視で何のための魔法陣かを解析する。
「これは主が噴火を抑える為に描いた陣なのだけれど、抑えると言っても、力をうまく逃がす為に、頻繁に小規模な噴火は起こるから、逆に頻度は上がってしまったわね」
カエンは中心に据えられた石に魔力を注ぐ。
「主は麓の被害を防ぐためにこれを設置したの。これが出来る前はこの山の周辺は人が住めるような土地じゃなかったのよ」
ここへ「飛んでくる」前に魔力蛍で見下ろしたが、流石に山の近くはなかったが、やや離れた所にはそれなりの規模の街が幾つかあった。
魔力脈の影響もあろうが、魔結晶とは違うが魔力を帯びた鉱石の鉱脈などもあり、温泉も湧き、栄えているように見えた。
「魔力変動の時に、魔力脈の枝が地表近くまで「巻き上がった」のよね、ここら辺」
リルが火口の方を見やって言った。
地響きがして、どん、と一際大きく地が揺れると同時に土砂が噴きあがった。
静音は結界球を展開した。
つい最近も似たような事があったが。
静音はうんざりしながら噴きあがる土砂を見上げた。
風向きのせいでこちら側には殆ど火山灰は飛んでこないが、それでもぶつかってくる噴石はある。
「魔力脈って、噴き出すのが好きなのかしらね」
静音が呟くと、リルが笑う。
「魔力粒子って、溶岩の流れとか、水の流れに沿って行くのよ」
カエンは信じられないような顔をして結界球を見上げる。
「これは、あなたの力ですか」
静音が溜息をつく。
「私の力ではないわね。そこらにある魔力を集めて練って伸ばして包んだ、のが正解」
「……」
カエンは意味が分からない、という顔をして、リルを振り返った。
リルは笑いながら軽く羽ばたいた。
「その通りなのよね。静音にあるのは卓越した制御能力。あと制御できる魔力が無限大」
カエンはもう一度静音に向きなおった。
何か言いたげにも見え、静音は待った。
暫く静音を見、ルーを見、最後にリルを見た。
何事か逡巡するような顔をして、最後に思い切ったように息を吸い込んだ。
「私をお連れ願えませんか」
咳のし過ぎで喉が腫れて、食べ物を飲み込む度に違和感が……
花粉症がこんなに喉に来るのは初めてです。




