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静音は何とも言い難い顔をしてその様を見ていた。
「今の所、暴れ出す心配はないわけね?」
「そうだな」
ルーは頷いた。
「どう考える?」
あれ、と顎で示しながら二人に問う。
ルーは表情を変えず、リルは反対に面白がるような顔をしている。静音は溜息をついた。
「あれらって、普通に考えれば、渡り人に反応するように作られているわけで、私がいない以上静かにしているのは別段不思議ではないという事なのよね」
とはいえ、火魔獣や水蛇は静音不在の王都で暴れまわったわけだが。
「そういえば、旅の時も、鳥と竜の現れ方って他のとちがってたわね」
「鳥」は特に、静音が一人になるのを待っていたかのようだった。
ガイキと一緒にいた時に一度襲ってきて引いたりもした。あれは一体何故だったのか。
「そもそも何で「鳥」ってあんなに無駄に綺麗な造作にしてあるのかしら?」
リルに聞いてみる。
リルは首をかしげた。
「さあ。作った人の趣味?」
「作った人って、神?そういえば、この世界に、ああいう人間って想像でもいるのかしら」
両手を広げて羽ばたく動作をして見せる。
「有翼の人って事?聞いたことないけど」
羽がある人型は、精霊か妖精であり、鳥のような羽毛の翼を持つ人型はこの世界では一般的ではないらしい。
「ああ、でも」
ふと思いついたようにリルは顔を上げた。
「大昔の月神の像が、翼持ってたかも」
小さな手を上げて水鏡を作ると、そこにぼんやりとした像が浮かび上がった。
徐々に明度が上がっていくと、まさにシリルのような微笑を浮かべる神像に確かに、翼がついていた。
「大昔ってどれくらい?」
「少なくとも魔力変動の百年以上前」
「そりゃ、昔だ……」
静音は呟いた。
「私が見たのがそれくらい前だから、この像が作られたのはもっとずっと前だと思うわ」
確かに、水鏡の中の像は既に古びて見えた。手足や装飾の細かい部分にはヒビや欠けがあり、翼も片方はなくなっている。
瞳には片方だけ石が嵌っているようだった。
全体に薄暗く見えるのは、置かれている場所が洞窟か、明り取りの窓の一つもない部屋だからか。
「太陽神と月神って、いつから信仰されていたの?」
ふと気になって尋ねる。
「少なくともシリルよりずっと前からよ」
リルは答えた。
創造神が、世界の要として二神を生み出した、と言われているそうだ。
暗闇に光をもたらすものとして、太古の昔から崇められてきたという。
「だから、道具や技術がずっと拙い大昔から、二神の像は存在するの。素朴な時代は、地上に姿を現していたとも伝えられているわ。信仰がずっと失われなかったのはその頃があったからではないかという話よ」
「リルは見たことあるの?」
「私の記憶は完全じゃないって言ったでしょ」
「つまり、あるかもしれないと」
「否定はしないわ」
静音はもう一度じっくりと水鏡の中の像を見た。
片方だけ残った翼は、ひび割れ、欠けてはいても、羽毛が精緻に造形されている。間違いなく鳥の羽だ。
「精霊の羽じゃなくて、鳥の翼をつけたのってなんでだろうね」
精霊や妖精が身近なら、イメージはそちらに引っ張られるように思う。
「実際、鳥の翼に近かったからじゃないの?」
リルが当然のように言った。
「昔は姿を現していたというのだし、そういう事なんでしょ。きっと」
あっさりと、当たり前のように言う。
「つまり、今、王都に現れている「鳥」のような姿をしていたということか」
「そうなんじゃないの?あまり憶えてはいないけれど、太古の頃の月神の像は、翼があるものが多かったと思うわ」
「リルはこの像だけたまたま思い出した?」
「そうね」
水鏡に浮かぶ、古い古い神像。
リルは薄緑の瞳でじっとそれを見つめる。
何かを思い出すように。
「この像ってどこにあったか憶えている?」
静音が尋ねる。
「多分今は海の底」
リルはぼんやりと答えた。
「維持の魔法なんてかかってなかったから、壊れて形もなくなってると思うわ」
振り返って静音の肩に飛んでくると、髪の中に顔を埋めた。
静音は指先を伸ばして触れられないリルの頭を撫でるしぐさをした。
時折、リルは壊れた歯車がかこんと嵌りでもしたかのように「何か」を思い出すらしい。同時にそれに伴う感情も湧きだして、どうにもならなくなる事があるらしい。
そういう時は、静音の髪に顔を埋めに来る。
慰めようもない上、触れる事もできないので、静音はしたいようにさせている。
「探してみるか?」
ややあってルーが言った。
「沈んでいない場所のどこかに残っているかもしれない」
話数が前作を越えました。よもやまさかこんなことになるとは……
広がるばかりで収束が遠い。




