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王都の吟遊詩人は、ホールの天井からいきなり舞い降りてきた「鳥」に息もできないほど驚き、目を奪われた。
人の姿でありながら、背中には純白の翼が広がり、天の衣のような薄い布地が幾枚もその身を覆ってひらひらと宙に舞っていた。
青白い肌に、金色の巻き毛、空の色の瞳に、薔薇のような唇。
吟遊詩人が、何度も歌に歌ってきた天上の美少女か美少年の姿のようだった。
微かな笑みを唇に刻み、柔和な表情で吟遊詩人を見下ろした。
思えばこのところ、何度も感じていた視線や気配であった。
最初は、舞台袖の緞帳の影に突然現れた黒髪の娘を探していた。
もう一度会いたいと願って、何かの気配がする度視線を向けていた。
そうしているうちに気が付いたのだ。
いつも天井から見下ろす眼差しに。
吟遊詩人は再開を乞う歌を歌った。
恋い慕う歌を歌った。
そして、答えるように、それは降りてきた。
「あなたは誰だ。どうしてここへ来た?」
吟遊詩人は尋ねた。
白い佳人は微笑むばかり。
「私の歌を望んで来たのか?」
笑みは深くなり、吟遊詩人は理解した。
突然の出来事に、客席は最初ざわめき、今は水を打ったように静まり返っている。
吟遊詩人は、竪琴の弦をはじいた。
歌は、太陽と月の恋歌。
滅びと再生の物語は今日は歌わない。
明るく、楽しく、心が浮き立つ旋律を歌う。
「鳥」は青い瞳を楽しげに緩め、時折、ふわりと翼を羽ばたかせた。
その度、金色の光が散り、吟遊詩人はうっとりとそれを全身に浴びる。
一曲歌うと、「鳥」は満足げに頷き、そのまま天井へ上って消えた。
今までも人気であった吟遊詩人の演奏会は、美しい有翼の天の使いが現れるとなおさら評判になった。
「鳥」は現れることもあれば、現れない事もある。
希少性は増し、人々は争ってチケットを求めた。
吟遊詩人は、「鳥」の為に歌い、人々は「鳥」の訪れを待った。
不穏な王都に於いて、それが唯一の安らぎか救いであるかのごとく。




