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月影映る・海  作者: 林伯林
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36


 静音は、魔法陣の映し出す映像でエイディスの合流を見た。


 暫く二人の旅に同道しようかとも思っていたが、流石にはばかられた。


 肩の「制約の紋」とやらには驚かされた。

 静音にはつけられていない筈だが、一歩間違えば同じ事をされていたかと思うとぞっとする。

 恐らく神子に魔法的な制約を付ける事で、浄化に影響を及ぼす可能性を考えて、保留にされたのだろう。

 そして、本来ならああいった紋はほどこされる者より魔力量の多い者が施術する必要があるが、静音に関しては、「計測出来ない」が故、失敗する事を恐れたとも考えられる。


 いずれにせよ、後で自分をスキャンしてみよう、とひそかに思った。

 


 「あの人、静音と同じ事をしたのね」



 リルが呟いた。


 静音が胡乱な眼差しを向けると、ふふ、と笑う。


 リルは先だっての一件以来、どことなく表情が変わった。


 無邪気で可愛かったのに、影が差すようになった。


 帰って来た静音の前で、ひたすら涙を流し続けるリルに、自死するつもりはなかったと言ってはみたが、ただ頷くだけで責めることはなく、それ故それ以上、何も言う事が出来なくなった。


 言う必要もない、と判断した。


 静音は、それくらい、この世界の者に対しては冷淡な自分を自覚した。



 「鳥を切っちゃったじゃない。静音も腕輪外しちゃったでしょ?」

 「腕輪……ああ」


 何のことかと思ったが、暁の神官に渡されたあの一見水晶の腕輪の事かと思い至った。

 トーヤにとっての「鳥」だと言われた。

 つまり、導き手という事なのだろう。


 「外してもあの人頭の中に話しかけてきたわよ。関係ないじゃない」


 「ん~、まああの腕輪、お話する為だけの道具じゃないじゃない」


 「そうねえ。色々この世界のデータベースの替わりもしてくれたけど」


 「水先案内人というか、まあ、導き手だったわけじゃない」


 そう言われて静音は一瞬、考え込んだ。確かにそうではあったと、先ほど思いはしたが。


 「そういう面もあったかもしれないけど」


 あまり自覚的ではなかった。

 リルは曖昧に笑う。

 静音はその可能性に気づいて眉をひそめた。


 「それに気づかせないほどうまくやっていたと、そういうこと?」


 リルは笑って答えなかった。


 「腹立つわ……」


 静音の低い声に、リルはまたシリルに対する悪感情を煽ってしまったかと思ったのか少し慌てたように手を振った。


 「うまくやったと言うより、負担にならないように気を付けてたんだと思うわ」


 怒りの上塗りをしないように気を付けていた、の間違いではないかと静音は思う。

 逆効果だったか、と諦めたようにリルは苦笑する。


 「あの腕輪は、多分静音の身体能力を上げたり、精神耐性を上げていたりもしていたと思うのよ」


 むっとして静音はリルを見る。


 「そもそも、そんなことをする必要があるほどの事をさせられてたんだけど」


 頼んだわけでもないのに、と。

 日本で安穏と暮らしていた人間にとっては確かに過酷な旅だった。だが感謝しなければならないのか?

 「寿命までこの世界がある」などというふざけた対価しか用意できなかったくせに。


 「静音、怒ってるのね」


 リルが言わずもがなの事を確認するかのように言った。


 「怒ってるわよ」


 もうずっと、と、静音は答えた。

 恐らくこの怒りが治まることは終生ないだろう。


 「そか……」


 リルは頷いて、ふわ、とルーの肩へ飛んで行った。


 「何よ」


 腕を組んでリルを見やる。


 「シリルって、私たちの、そうね、歳の離れた兄弟みたいなものだから」


 「ああ、私の感情が不快なのね」


 「ええと……」


 静音は腕を解いた。


 「彼の話題を必要以上に出さないでくれれば、私も子供じゃないからしょっちゅうきーきー言ったりしないわよ」


 手を振って、もう終わり、とばかりに再び魔法陣の画像の方へ眼をやった。

 怒りの感情は疲れるのだ。出来れば忘れて過ごしていたい。忘れさせてくれないから、苛立つのだ。


 古代アルトナミの湖畔で、エイディスを加えて三人になった調査の面子は、剣士が狩ってきた猪を焚火で焼いて美味そうに頬張っていた。

 あっちはやはり楽しそうだと静音は思った。


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