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---エイディス、エイディス
鳥が囁く。
---どこかへ行く?もう帰る?
エイディスは笑う。
どこへ帰ると言うのか。
生まれて、子供時代を過ごした場所か。それとも、知らぬ間に運ばれて、気が付けば権力者の手足に育て上げられた場所か。
「どこへも行かない。帰る場所などない」
そう言うと、鳥はさっと目の前へ降りてきた。
エイディスは、何処ともしれない場所である周囲を見回した。
魔法陣が連れてきた場所は、深い山の中だった。
先ほどまでいた氷河の中の氷室よりは暖かい場所だったが、人にやさしい場所とも思われず。
---ではここにいる?
「そうだな」
疲れた顔で鳥を見る。
「俺はここから動かない。お前らの言う通りにしたんだ。もういいだろう」
思えば少年の頃のあの盗賊に襲われた事件以来、この鳥はエイディスを思うが儘誘導していたのだろう。
誰の意志かは知らねど。
その望むままに、氷室の壁から魔物たちを解放した。
その力は、なんと、渡り人に随伴している間に得たらしい。
不自然なほど誰も感じることが無かった彼女の周囲のあのすさまじい魔力を浴び続けて、影響を受け続けた、らしい。
何故自分だったのか、とエイディスが問うと、「あなただけではない」と鳥は答えた。
他にもいたのなら、自分である必要がどこにあったのか。
「役割という物がある」と鳥は言う。
見知らぬ者に意のままに動かされている現実を前に、エイディスは疲れ果て、心も身体も、動くことを放棄した。
ぼんやりと鳥を見た。
白い翼は畳まれて、じっと地面からエイディスを見上げている。
小さな瞳は円らで、ルビーのように赤かった。
不意に、盗賊に襲われた時の事を思い出す。
充分な数の中堅どころの傭兵を雇い入れたと、親は言っていた。
何故全滅などしたのだろう。
気が付くと、エイディスは腰から剣を引き抜いて、鳥の首に向かって水平に振りぬいていた。
青い血液をまき散らしながら、首は落ちた。
その青さを、不思議とも思わず、エイディスは見つめた。
見開かれたままの瞳は、どういうわけか血の青に染まったかのように色を変えていた。
剣先で触れると、カチンと硬質な音がした。
二度、突くと、ころりと青い石が二つ、転がり落ちた。
ゆっくりとその二つを拾い上げ、エイディスは溜息をついた。
鳥の死体を放って、木立ちの中を歩きはじめる。
あちこちから魔物の気配がする。
進行方向に現れれば切り伏せ、あてもなく歩き続ける。
あてもなく、歩いたはずだった。
やがて、木立ちの中に、湖が現れた。
岸辺には、崩れた神殿跡があり、そこには、見知った人間が立っていた。
「あれ、エイディス?」
目を見開いて、声をかけてきた。
灰色がかった緑の髪と瞳が印象的、と言われる、塔の学者。
アディトリウスだった。




