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アルトナミの神殿が祭る神は、創造神から生まれたとされる太陽と月の神である。
昼をあまねく照らす太陽と、夜を明るく照らす月を人々は尊んでいる。
光は全ての生命の源であり、その力を持つとされる光魔法属性の魔導士たちは、治癒と回復の魔法を駆使できるが故でもあろうが神の加護を受けているとされ、その殆どは神殿に所属して一生を過ごす。
神殿は医療を一手に引き受けている組織でもあり、その発言力は大きく、アルトナミにおいては、王族をもしのぐとも言われている。
その本拠地とでも言うべき王都の神殿の聖堂が、突然現れた火の魔獣によって破壊された。
屋根は吹き飛び、太陽と月の神の像は砕かれ、今や参拝も礼拝も不可能であり、神殿としての機能は停止していた。
神殿上層部は、高位貴族の娘達を光の魔導士として抱えている以上、再建の費用等の心配はしておらず、いずれ寄付という形でどうにでもなるだろうとのんびり構えていた。
光魔導士の筆頭であった公爵令嬢が治療に当たれず、待ちのしわ寄せが下級市民に及んでいる事なども些末な事と考えていた。
しかし、火魔獣が狙ったかのように神殿と公爵令嬢を標的にした事は、「不吉なこと」として市民は怯えた。
召喚の儀を行ったとされる、城の北東の塔だけを破壊したことも、「神の怒りに触れたのではないか」とひそやかに囁かれた。
その噂を放っておくわけにはいかず、対処しようとした矢先に、王都の東から、巨大な蛇の魔物が近づいているとの報告がもたらされた。
住民に避難を呼びかけ、東の門で待ち構えていた兵士たちは、表面を覆った水魔法の膜が太陽をきらきらと弾く巨大な蛇を見た。
剣や槍は通じず、勿論弓矢は通らず、攻撃力の高い火魔法で対処しようとしたが、蛇は口から水の塊を吐き出してそれらを消し飛ばした。
兵士たちを吹き飛ばし、悠然と進んで固く閉ざされた門を打ち砕く。
水蛇は、ゆっくりと大通りを通り抜けた。
攻撃は何一つ通らず、兵士は呆然と見送った。
水蛇は、門以外は破壊などせず、きちんと道を通って王都の中心へ向かう。
中心には、神殿がある。
先日火魔獣に破壊された聖堂に辿り着くと、瓦礫をわきへよけながら聖堂の奥、神像が立っていた場所へと近づいた。
神殿を守る騎士たちが、わらわらと出てきたが、攻撃もしてこず、またこちらの攻撃が通じるわけでない存在をただ見つめる事しか出来ない。
水蛇は壊れた神像の傍まで近づくと、残っていた足と台座を相当の重量があると思われるにもかかわらず簡単に身体で押しのけた。
その下に顔を近づけ、ちょんと鼻先をつけた、ように見えた。
ぱっと光が下から差し、何事かと緊張が走った騎士たちは、天空に浮かぶ魔法陣を見た。
神像があった場所から天へ向かって差す光は、円柱状で、水蛇はその円柱にぐるりと巻き付いて、魔法陣へ向かってするすると昇って行く。
そして、魔法陣へ辿り着くと、その中へすっと溶けるように消えていった。
騎士たちは、白昼夢のような出来事に呆気にとられたまま立ち尽くしていた。
***
本来なら退治されるべき魔獣が、二体続けて、何か目的があるかの如く暴れて何処へか消える。
これが一体何を意味するのか。
王は神官長を呼び出し問うてみたが、答えのあるはずもない。何やら適当な言葉を返していたが、信ぴょう性は全くなかった。
一部では召喚神子をおざなりに扱った報いではないかと言い出す者もいた。その扱いの中心人物だった公爵令嬢が自失状態から戻らず、聖堂と城の召喚の間は破壊され、何より神器が壊された。充分考えられる事ではあったが、確信には至らない。
何より、水蛇が出現させた魔法陣が未だ残っている。
どういう作用か、蛇が消えても、魔法陣は消えず、光の円柱とともに、聖堂の瓦礫の中から立ち上がって中空にとどまったままだ。
塔の学者が呼ばれ、調査にあたったが、光の円柱が出現した場所は単なる床で、蛇が昇った円柱も、今や単なる光の柱で触れることも叶わない。
魔法陣に描かれた文字は学者たちの知識にはなく、現状解析は不可能。
正体が不明である以上、隔離地区とするしかなく、神殿は復旧の目途どころか、誰ひとり近づくことも出来ない場所となった。
王都から避難していた住民たちは、神殿の周囲を除いて戻っては来たが、常に空に浮かび上がる魔法陣を不安そうに見上げる。
何かが起こりつつある筈なのに、それが何かが判らない。
「魔は祓われたはずではなかったのか」
誰しもがそう思い、ひそやかに囁き合った。




