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月影映る・海  作者: 林伯林
3/143

02



 静音は宙に浮いていた。


 周囲は真っ暗な空間だったが、静音は既に体験している場所だった。


 「何の用ですか」


 虚空に向かって声を出す。


 答えは無く、静音は眉間にしわを寄せた。

 いつぞやの炎の巨大な塊を、今度は瞬時に頭上へ出現させた。

 もう腕を上げたり手を出したりの動作も必要ない。

 前はそういった動作を使って発動を制御していたが、最近は想像するだけで全ての制御が行えるようになっていた。

 その燃え盛る炎の塊を静音は目前の虚空へ向かって真っすぐに投げつけた。


 炎は何かに当たって砕け散った。


 静音に向かって火の雨が降り注ぐ。

 静音はますます眉間のしわを深くした。

 前回、慌てて出てきた神官が現れない。


 そして転移魔法が発動しない。


 閉じ込められた事が判ると、静音は諦めて灯りの玉を一つ浮かべ、手に持ったままだった魔導書の続きに目を落とした。

 命に別状なければのんびり待っていればいい。呼びつけたのは向こうだ。


 『魔力脈はアルトナミの国を起点に地を縦横に走り、地表をほぼ網羅している。この地上のどこにいても魔法の発動がかなうのはそのためである』

 おや、と静音は思う。

 もう一つ灯りの玉を作りだしてみる。

 魔力は周囲に満ちている、と感じた。

 『アルトナミの中心には『暁光』がおわし、その脈動を刻んでいる。地中深く輝く魂には何人たりとも触れることあたわず』


 『人皆その内に魔力を得て生まれいずる。魂とは暁光の一部であり魔力脈の一部である。それが故、人は繁栄をなさねばならない』


 『魔力とは地にとり、活力であり、命である。地に満ちるすべての生命の源である』


 序章の文章に静音は考え込んだ。

 更にページをめくると、魔力発動や制御の仕方が書かれているが、その内容は、城で受けた教育や読んだ本の内容とは全く異なっていた。

 身の内の魔力は地の魔力脈とリンクしているのだから、本来は無尽蔵であると書かれていた。

 個々の魔力量の話などどこにもない。

 確かに、些末な問題だろう。

 しかし、最初の魔法の発動は個人の魔力量に左右されるとある。

 魔力脈とのリンクをうまく生かし切るには鍛錬が必要とされる。

 その鍛錬とは、周囲に満ちる魔力を感知し望むままに操る事とされている。


 静音は目を凝らした。


 自分を覆っている魔力糸のシールドは淡くオレンジに光って見える。

 周囲をよくよく見まわす。

 シールドの外側には微細な光の粒子が浮かんで見えた。

 それが一番最初の時、魔導ランプの灯りに渦巻いていた物と同じであると今では理解していた。


 足元を見下ろす。


 宙に浮いている以上、足元が地に向いているとも限らなかったが。いや、ここが地上のどこかであるとさえも言えなかったが。


 しかし、光の粒子は下方からゆるゆると湧き上がってきていた。

 静音はじっと魔力視で下方を見つめた。

 暗闇からしみだしてくる魔力粒子の源を。


 じりじりと暗闇とせめぎ合う。


 そこにあるのは巨大なフィルター。


 その奥には……



 ---静音。



 声が降ってきた。


 静音は溜息をついて意識を戻した。



 顔を上げると、暗闇はいつかのように四方がグレーのスクリーンに囲われた。


 「御用は?」


 頭痛を堪えるように頭を押さえる。


 すっと目の前に暁の神官が現れた。


 「お久しぶりです」


 姿を見るのは暁の神殿以来だ。


 「よもやかつての神殿では祭られておいでとは思いませんでしたよ」


 神官は無表情に静音を見下ろし、渦巻く魔力を視線で払いのけた。


 「これ必要です?」


 収納空間から先ほどのオパールを取り出した。


 「もはや私には必要ない」


 神官は初めて口を開いた。


 「そなたが持っておくがいい。その杖にでも埋め込めば良い触媒になろう」


 「触媒」


 静音は考え込む。


 「特に用は無いのだ。魔法陣が暴走しただけだ」


 神官の言葉に更に首をかしげる。


 「そうですか。誤作動が多いですね」


 言うまでもなく神器の事を含めて揶揄する。神官は苦い顔をした。


 「長い事放置されていた場所なのだ」


 静音は笑った。


 「どれくらいです?一万年くらい?その間地殻変動でも起こりました?」


 神官は首を振った。


 「地殻変動ではなく、魔力で地形が変わった。あの北の山脈はその際に隆起した。アルトナミと呼ばれた国は大きく形を変え、現在の姿になった。大陸一繁栄した国だったが、知識も技術もその多くが失われた」


 何かを堪えるような顔をして神官は遠くを見た。


 妙な国だと思っていたが、順当に発達してきた国ではないらしい。


 「この大陸の言語や文字が大体同じというのは元が一国だったからですか?」


 「そうだ」


 「何が起こったんです?」


 「魔力が暴走した。何故そうなったかは言えぬ。この国では『神の怒りに触れた』出来事として枝葉のついた伝承が語られている」


 「文明が停滞しているのはそのせいでは?」


 「否定はせん」


 「例えばあなたが大魔導師として降臨しても、今度はあなたが残した書物を忠実に伝えてしまうだけになってしまうのは、余程その時の事が深いトラウマになっているのでしょうね」


 「いつ気づいた」


 「あなたを見たときになんとなく。今回の像の顔を見て確信しましたけども」


 折に触れ、何度も地上に降臨しているのだろうと思われた。


 「この地の人達がお好きなのですね」


 「そうではない」


 「あら、そうなんですか?」


 「私は私に与えられた使命に沿って行動しているだけだ」


 それにしては人間くさい神の使徒だと静音には思われたが、それ以上深くは尋ねなかった。どうでもよかったので。


 「用がないのなら戻してくださいな」


 静音がそう言うと、神官は軽く手を振った。

 足元に魔法陣が浮かんだ。



 静音は崩した地面を元に戻して穴を塞いだ。

 生えていた草まで土魔法で成長を促進させて元の通りにした。



 そして魔力蛍を作り出すと空へ飛ばした。



 高く高く、成層圏よりも高く。



 地上を見下ろし南方を見やる。



 船も通わぬ外洋の中にうっすらと色の薄い場所を見つけた。



 その中央にぽつんと浮かぶ無人島。



 「次はあそこにしましょう」



 静音は呟いた。




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