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月影映る・海  作者: 林伯林
26/143

25

一つ飛ばして更新してしまったので、この部分を一旦消して、間に一話挿入しました。

こちらを先にご覧になった方は、ひとつ前をご覧ください。


 静音が目を開くと、薄青い光が満ちる「部屋」にいた。


 目の前の床には、いずれもまた魔法陣が幾つも描かれている。

 それぞれが起動していて、ほのかに光っている。


 あの地下神殿の魔法陣が転移させた先はこの部屋だった。床に展開された幾つもの魔法陣を見て、いわばハブ中継の場所であろうと判断した。

 リルはふわふわと魔法陣の上を飛び回り、ルーは部屋の中を見分して回った。

 静音はシェルターが呼び出せるかどうか試した。出入り可能でほっとした。


 ほっとした所で、魔法陣の一つの輝きが増し、慌ててくっついてきたリルとルーを伴って学者とガイキがいる所へ現れたのだった。


 「ここを起点に動けって事なのかしらね」


 テーブルと椅子を格納空間から出して、腰を下ろした。


 「お茶にしない?」


 二人に声をかける。

 そうして、魔法で水を出して湯を沸かし、ポットに茶葉を入れて湯を注いだ。

 茶葉はキシュキナの食糧倉庫から手に入れた。柑橘の香りのする一級品だった。

 爽やかな香りにほっと息をつく。

 氷を入れたグラス一つと、二つのティーカップに注ぐ。

 グラスにはストローを刺してリルの前へ。

 リルは嬉しそうにストローの上へ舞い降りた。

 かつては口を付けることもしなかったルーも、今では喜んで手を伸ばす。


 「リル、あなた、シリル・バトゥの意思が判るの?」


 静音が問うと、リルは小首をかしげた。


 「ちょっとだけ。全部じゃない」


 「それって時見の力の一部かしら」


 「ん~、厳密には違う、かな」


 「厳密にはって、どういう事?」


 ストローを離すとリルは考えるように上を見上げた。


 「なんだかね、最近色々見えてきたり、思い出してきたりしてて」


 生まれた直後は、何もかもが曖昧模糊としていたらしい。


 「使命があるわけじゃないの。でもシリルの意思を思い出すと、それを伝えた方がいい人が目の前にいる、って感じ。誘導されているかどうかは判んないけど」


 「ああ、だからさっき」


 「そう。だから、「見て回るのもいいわよ」って伝えたのはシリルの意思。帰還の方法とか神像が移動した事とかは「見た」結果」


 「私はてっきり帰る方法を教えてあげる為に飛ばされたのかと思ったわ。まあ、飛ばされたわけじゃなかったけど」


 実を言うと、二人に邂逅した時、魔法陣の光の中にはいたが、この部屋から移動したわけではなかった。

 目の前にスクリーンのように情景が現れただけだった。

 遠隔地の映像を見ている感覚だった。

 そこからリルが向こう側へ飛び出したのが驚きだったが。


 「警備室みたい」


 魔法陣の方を見やりながら呟いた。


 「警備室?」


 「そう。何か所もある防犯カメラの映像を集約してみる事が出来る警備司令室、ね」


 「ふうん」


 よく判っていなさそうにリルは首をかしげた。


 「次はどこかしらね」


 「そのことだが」


 それまで黙っていたルーがティーカップを置いた。


 「あの魔法陣、まさしく映像を見る為のものかもしれん」


 「え、そうなの。でも、さっきのあれは?」


 「リルは精霊だからな」


 そう言いながら、ルーは魔法陣の一つに手をかざし、魔力を送り込んだ。

 ぱっと光を強めたと思うと、その上にスクリーンのような画像が浮かび上がった。


 どこかの聖堂らしき建物を火の塊が容赦なく壊す映像だった。


 隣の魔法陣に魔力を込めると、同じく、どこかで見たことがある氷の回廊の映像が現れた。


 そして三つ目の魔法陣からは、先ほどまでいた過去のアルトナミに転移した学者と剣士の姿が遠景に浮かび上がった。


 「あらまあ」


 静音は最後の二人の映像に注目した。

 二人は何事か話しながら、神殿跡をじっくりと調査しているようだった。

 どうやら直ぐに帰還する事は選ばなかったようだ。


 「まあ、急いで帰ることもないものね」


 学者は目を輝かせているし、ガイキも存外興味深げに見えた。少し羨ましくなった。


 「私たちも便乗する?なんだか楽しそうだわ」


 「その前に一度海に帰るのはどう?ここにはいつでも来れるのでしょう?」


 リルが言う。確かにその通りだった。

 『シェルター』の入り口を試しに呼び出した時、次元の座標のようなものを憶えた。

 目印を付ける事も出来るし、何ならシェルターの端をここへ置きっぱなしにしておいてもいい。


 「帰りましょうか。ひと泳ぎしたいわ」


 泳ぐのが日課になっていた事を思いだし、静音は立ち上がった。


 「その前にご飯食べたいわ。またサラダ作って」


 リルにそう言われ、出てきたのが昼前だった事を思い出した。


 「いいわよ。でもあれ作るってほどのものじゃないんだけどね」


 苦笑いしながら言うと、リルは首を振った。


 「あれが食べたいの」


 「判ったわ」


 テーブルをその上に置いた物ごと格納空間へ収納し、立ち上がる。

 椅子を同じように収納しようとして、ルーが座ったままであることに気が付いた。


 「二人とも、あれを無視していいのか?」


 ルーが見やった先は、火魔獣が破壊の限りを尽くすどこかの聖堂。

 静音は肩をすくめ、リルはぷうと頬を膨らませた。


 「私たちには関係ないわよ」


 リルはそう言って静音の肩にとまった。


 火魔獣は聖堂の残骸から飛び離れると、建物を飛び越えて、道をショートカットし始めた。

 どこへ行くのかと思うと、ある建物の庭へ飛び降りた。

 無差別に破壊しているわけではないらしいとは思ったが、そこに何か用でもあったのか。

 窓を吹き飛ばし、建物の中へ入る。

 視点が魔獣の背後からになるので、中で何をしようとしているのかよく判らなかったが、あっと思った時には、中にいた若い娘の胸元から毟るように何かが奪い取られた。


 「あら、あれは」


 魔獣の手に握られていたものは赤く輝く魔核だった。


 「なるほどね」


 火魔獣の石は勝手に取り返すよう言ったが、火魔獣自ら取り戻しに行かせるとは。


 「あの子が持ってたのね」


 静音は意外に思った。

 確か学者の話だと、火砕流の為の障壁を張るのに全部使ったという事だったように思ったが。

 見たところ、ある程度魔力は残っているように思う。


 「何故またあの子が持っていたのかしら。人の荷物の中から高い物を順番に盗って行くように指示しているうちに、癖になっちゃったのかしらね」


 冷ややかな声にルーは片眉を上げた。


 「助けには?」


 「行かないわ」


 必要もないだろう。あの魔獣は魔核にしか興味はないようだ。奪い返してすぐにその場から去ったようだった。

 今は、街の中を建物を飛び越えつつ移動している。


 「帰りましょ……」


 見覚えのある建物が見えてきて、静音は言葉を途切れさせた。


 先ほど破壊された聖堂に比べると、武骨に過ぎるが堅牢な門と壁。そして、四方に立つ塔。

 火魔獣はその門に炎塊を投げつけた。

 跡形もなく、門は消え去り、熱で溶けた石が丸く穴をあけている。

 衛兵がわらわらと出てくるが、鋼の剣や槍では火魔獣に傷一つ追わせることも出来ない。

 そのまま穴から中へ入るかと思われたが、魔獣は跳躍し、門のあった場所を飛び越えた。

 矢が雨のように射掛けられたが勿論通じるはずもなく、前庭に着地すると、もう一度跳躍し、城の屋根へ上がった。


 屋根を移動し、中庭に降り立つと、四隅の塔のうち北東に建つ塔の屋根へ炎弾を放つ。

 そこは、静音の記憶が正しければ、召喚が行われた場所だった。

 普段は人の出入りもあまりない塔だったと聞いている。


 炎弾により屋根が消し飛んだ塔の最上階は、召喚の間であり、神器が置かれている。


 暁の神官、シリル・バトゥが言う所によれば、「神官たち」がトーヤ召喚の為に用意したそれ。


 一見、何の変哲もない木から削り出しただけの質素な杯に見える。

 だが、数百年そこにあって、手入れされていたわけでもないのに虫も食わず朽ちてもおらず。

 何より、静音が現れた際、それは金色に光っていた。


 その杯は、火魔獣が近づくと、再び光を発した。


 存在を示すように。




 火魔獣はその杯を手に取り、握りつぶした。




 「どういう事なのかしら」


 静音は首をかしげた。


 「「誤作動であなたを呼び出した」と言う事なのだから、ついでに今後間違いが起こらないように壊したのでは?」


 「暁の神官が?」


 ルーは頷く。


 「あの人そんなアフターフォローするような人とは思えないけど」


 「そうなのか?」


 「目的の為には他の事なんかどうでもよさそうだったわよ」


 「では、目的の為にあれを壊す必要があったのだろう」


 静音は顔をしかめた。


 「今更?」


 何百年も放っておいて。


 火魔獣の前に、魔導士が立ちはだかった。


 アリオだった。


 どんな攻撃をするか少し期待して見たのは確かだったが、相変わらず彼の攻撃は炎弾だった。

 勿論通じず、火魔獣の身体を洗って終わる。


 「あら」


 次に、手の中から水泡が生み出された。

 それもまた火魔獣に向かって放たれたが、いかんせん威力が弱すぎた。


 ぺしゃ、っと情けない音をたてて火魔獣の身体に命中はするが、瞬く間に蒸発してしまう。


 「まあでも向上心はあったのね」


 火魔獣は虫でも払うように水泡を手で払うと握りつぶした杯のかけらをアリオの足もとへ投げつけた。


 慌てて後ずさるアリオを尻目に、火魔獣は炎弾を一つ室内に放って塔を飛び下りた。


 そして、切りかかってくる騎士や兵士たちを薙ぎ払いながら城から去って行った。


 「ねえ、リル」


 静音は肩にいるリルを見る。


 「さっきみたいに、あなたあれ、触れる?」


 浄化の旅で火魔獣に負わされた火傷のトラウマが発動したのか、アリオはその場を去っていた。後ろについていた人間たちも魔獣を追ったのか誰もおらず、ぽつんと残された投げ捨てられた神器のかけらを指さした。どうやら映像は魔力を流せば流した者の見たい所へフォーカスしてくれるらしかった。


 「触れるわ。回収したいの?」


 「ええ」


 というわけで、ルーには待ってもらってリルと二人、魔法陣の上に立った。


 先ほどと同じように、静音自身は実体化しない姿で破壊された塔の最上階に現れ、リルはふわりと肩から降りて神器のかけらを回収した。


 「はい、どうぞ」


 リルに差し出されたそれらは、実体を伴って静音に手渡された。


 「ありがとう」


 それ以上は用もないので、先ほどのように時間切れを待たず、リルを引き寄せ魔法陣へ魔力を流して戻ろうとして、こちらへ駆け寄ってくる人物に気が付いた。


 王子だった。


 静音は一瞬にして魔力を流し、元の部屋へ戻った。


 さっと魔法陣の上から降りる。


 ルーは微かに笑った。


 「あれは王子なのだろう。そんなに嫌なのか」


 映像は、静音が立っていた場所に駆け寄って、周囲を見回す王子を映し出している。


 「嫌に決まっているでしょう」


 静音は吐き捨てるように言うと、シェルターの「扉」を出現させた。


 「行くわよ」


 そう言って二人を扉の中へ招き入れた。

折角増やしたストックが、己のうっかりでまた目減りする……

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