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月影映る・海  作者: 林伯林
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 しとしと雨が降っている。


 海を眺めながら、ため息をついた。

 「気の滅入る眺めだねえ」

 呟いたのは学者、アディトリウス。

 暢気なことだと思いながらも、ガイキは最後の魔獣を切り伏せた。



 魔法陣から吐き出された場所は、一体、いつの時間のどこの世界なのか皆目見当がつかない所だった。

 多少傷んではいるが、雨露は十分防げそうな小屋がぽつんと建つ海辺。

 とりあえずそこで寝泊りすることにした。

 ガイキはまず周囲を探索し、獲物となりそうな小動物や害になりそうな凶暴な動物の有無を確認した。

 木立に一歩踏み込めば、頭上から襲い掛かってくる猿や鳥の魔獣。

 這い出す蛇、狼の群。

 ガイキにとっては手ごわい相手でもなかったが、数が尋常ではなかった。

 木立を出ても、「滅ぼすべきもの」とでも言いたげに魔獣は追ってきた。

 仕方なく、丸一日かけてガイキは次々やってくる魔獣を始末した。


 最初は後ろから援護射撃していた学者だったが、そのうち「飽きた」と言って戦列を離れた。

 ガイキ一人でどうにでもなると判断したからだった。

 小屋に戻って一眠りする間に、魔獣の襲撃はやんでいた。


 次は人を探した。

 集落は無いか、人が過去居住していた名残りが小屋の他にないか。

 相当な距離を歩き回った気がしたが、人影はなかった。


 灰色の海は、沖で空の色と渾然一体となる。


 「あんたの持っている魔導具で、集落か他の人間の居場所が判ったりはしないのか」

 ガイキが尋ねると、学者は溜息をついた。

 「ん~。難しいなあ。人探知機なんて必要ないから、もしあっても持ち歩いたりしてないし」

 学者は魔法鞄から取り出した椅子に座っていた。

 ガイキしかいない所では、躊躇うことなく遺物と己の発明品を使うのだった。

 ガイキもガイキで、同じように腰のバッグから椅子を取り出していた。

 だいぶ緩んでいるなと思う。

 「どっちみちあの木立ちみたいな狭い所にあんなに魔獣がみっちりいたんだ。人が近くにいるとは思えないよ」

 うんと伸びをして、立ち上がり、肩をほぐすように腕を回す。

 「思うにここは人に捨てられた土地なんじゃないかな。さっき調べたけど、この小屋には最近まで維持の魔法がかけられていたようだよ」

 そして、その魔法も期限が切れたと。

 それだけの間、人がいなかったということだ。

 「なんであの魔法陣はこんなところに我々を呼び出したんだろうねえ」

 晴れていれば相当美しい筈の海を見つめて、学者は溜息をついた。

 ガイキは捌いた兎を枝で作った串に刺しながら、背後の山脈を見やった。

 「あの山を越えてみるか?」

 学者は渋面を作って見せたが、最終的にはそうするしかないのは判っていた為、頷きはした。

 「そうするしかないよねえ」

 このままここに居続けるわけにもいかない。



 ざっと風が吹いた。

 急に肌寒さを感じて、学者は身を震わせた。

 慌てて焚火のそばに寄る。

 ガイキは焼き上がったと学者に串を差し出した。

 礼を言って受け取り、一口かじる。

 香辛料のぴりりとした辛さが舌を刺すが、暖まりそうだった。

 「うまい。ガイキって肉捌くのうまいよね」

 思わずという風に学者が言うと、ガイキは微かに笑った。

 「ずっと森の中で生活していたからな。血抜きの仕方や手早い解体の仕方は親に叩き込まれたよ」

 「お父さんに?」

 意味ありげに見る学者。

 「いや、母だな」

 さらりと流すガイキ。

 「元々森で暮らす民だったらしい。狩猟の為に弓を教わった。薬草や薬づくりもそうだ」

 「ふうん。森の民だったのか」

 「そうなんだろうな」

 森の民とは森で隠遁して暮らす者たちの事を言う。人前に出る事を嫌い、自給自足で森の奥に隠れ住む。

 多くは美しい金髪をしているという。

 「ガイキの容貌はお母さん譲りなの?」

 「そのようだ。髪や瞳の色は母と全く同じだ。あと大柄なところも」

 「ふうん」

 森の民は屈強な事でも知られている。

 「お父さんに似たところはあるの?」

 「あまりないな」

 「そうなんだ。でもこれから似てくるかもしれないよ。僕もこの前鏡を見てびっくりしたよ。ずっと母にしか似ていないと思っていたからさ」

 ガイキはひと串食べ終わった学者にもう一本串を渡す。

 「そうは言うが、あんたなんか若返っているよな?」

 学者は串を持っていない方の手で顔をつるりと撫でた。

 「この前セラにも言われたよ。それで鏡をじっくり見たんだよね」

 ふう、と息をついた。

 「自分の顔なんてじっと見たりする事ないじゃない?」

 「俺たち平民はな。貴族はそうもいかないんじゃ……ああ、あんたの場合は、まあ、そうか」

 顔を見ている時間があるなら本の一つも読むという部類かと思う。

 「色々あったんだよ。僕は母に似すぎていて、幼いころは女の子と間違えられたりもしたし」

 それで余計に自分の顔を見るのが嫌になったのだと言う。

 「まあ、父に似てきた事だし、もう流石にそんな事はないと思うけど」

 豪快に串から肉をかじり取った。



 山道は、うっすらと残ってはいた。

 それすらない山を登って行くよりははるかにましではあったが、魔獣は間断なく襲ってきた。

 学者は鬱蒼と生い茂った雑草や張り出した枝を風魔法ではらう為にガイキの前を歩き、それがため、ガイキは常には無い緊張を強いられていた。

 結界の魔導具を起動していると聞いてはいたが。


 そうやって、黙々と山を登っていると、ふと、魔獣の強襲が途切れた。

 周囲を見回すと、学者が斜面の一画の草木を風魔法で薙ぎ払い、奥を指さした。

 木々の間に、白い石の建造物が見えた。

 崩れた隙間からは、あの神像が見えていた。



 「まただよ。広範囲にわたって信仰されてたんだね。一体どういう神様だったんだろうねえ」


 崩れた神殿の周囲には魔獣の気配がなかった。 

 真っ白な石材から削り出されたらしき神像を見上げると、右目に魔核が嵌っていた。


 「あの神像と関わりがあるのかな。まあここに飛ばされたんだからあるんだろうね」


 思わず神像の向かいを見てしまうが、そこにはスクリーンの代わりになるものもなく、何かを映し出すこともない。


 「この像、いずれも何かの装置なのか?」


 ガイキが像の顔を見上げながら呟く。

 右目の石は青かった。

 あの地下神殿の壁画に描かれていた神像を思い出す。

 あれは確か、左目が赤で右目が青だった。

 まるで二つに分けたようではないかと思う。


 「どうなんだろうねえ。あちこち見て回ったけれど、僕が知っているのは殆ど打ち壊された神像ばかりだったから」


 学者は神像の周りをぐるりと回り、像正面の木立ちへ近づいた。


 「でも今までの神像の近くから魔核なんて出たことなかったんだよね。まあ持ち去られたりしたのかもしれないけど。おお、なんかあったよ」


 学者の足もとを見ると、繁った草をかき分けた所に、石組みの跡があった。


 「壁の跡……ではなさそうだな」


 覗き込みながらガイキが言うと学者は頷きながら、周囲を更にかき分けた。

 風魔法で育ち過ぎた雑草を切りはらいながら。


 「何かの台座の跡かなあ。神像の正面に、顔合わせるように何か立ってたと」


 瞬く間に周囲の草をはらい、木を切り倒した。

 現れたのは、台座の跡とその周辺に散らばる砕けた石像の残骸。


 「もう一体神像か何か立ってたんだね」


 学者は石像のかけらを見分し始めたが、細かく砕かれていて部位の区別もつかない。


 「ん~、これ、自然に崩れたというより、壊された感じかなあ」


 確かに周辺の同じ石材で作られたと思しき石柱等は、崩れてはいても柱と判る程度には破片は保たれている。


 「なんで一体は壊さず残したんだろう。不思議だね」


 ガイキは残っている神像の土台を見ていた。

 あの地下神殿に入る為の地上の祭壇の側面に刻まれていた紋様によく似ている。

 上から垂れ下がるように様々な長さの線が彫り込まれている。

 あちこち摩耗してだいぶ薄れてはいるが。


 「もしやこの神像……」


 ガイキが台座の紋様を見ている事に気が付いた学者が少し笑った。


 「あ、気が付いた?この神像初めからここにあったのか、どこかから移されたものなのか、ちょっと考えちゃうよね」


 もしあの祭壇が転移の為の装置だとしたら、同じ紋様を刻まれているこの台座もまた転移を発動する為のものかもしれない。

 「神像を移す為の?」

 「いや、それはどうだろう……」

 学者は首をかしげた。

 「まあ神像も移す為かもしれないけど、それだけとも思えないんだよねえ」

 それよりも崩れた方の神像が気になるようで、微妙に魔法をコントロールしながら雑草の下を探っている。


 ガイキはもう一度神像の台座の周囲を巡り、崩れた神殿跡をじっくりと見始めた。

 床もかろうじて石組みが残っているが、ほぼ瓦礫状態だった。歩きにくいが丹念にそう広くもない敷地を歩き回る。雑草に覆われて良く見えない所は、学者を真似て風魔法で草を刈った。所々に、彩色が残る石材のかけらがあった。床材の装飾だったのか壁に描かれた絵の名残りなのか。

 それらの朽ちたかけらを何の気なしに眺めていて、それが、立てられた状態で崩れたのではなく、一枚絵に近い状態で「落ちて」地面で割れたらしい事に気が付く。

 長い間、誰も触れていないのであれば、そのまま寄せ集めれば……


 ガイキは風魔法で草を刈った。

 被さっている土を吹き飛ばした。


 現れたのは、花の装飾に縁どられた、世にも美しい魔法陣だった。


 「アディ……」


 学者を呼ぼうとして、縁の花が薄桃色に輝きだした事に驚いて息をのむ。

 学者はこちらを向いて、その光を目にして慌てて走ってきたが、更に眩く光をあふれさせたそれに、必死でガイキの腕に飛びついた。


 今までの魔法陣の作用だと、転移が発動するかと思われたが。




 光の中に、渡り人がいた。




一話分余裕を持たせてあげるようにしています。

筆は走ったり滞ったり。

懐かしい感じです。なかなか勘は戻りませんが。


いつもお付き合いいただきありがとうございます。

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