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月影映る・海  作者: 林伯林
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書き溜めつつ、小出しにしていきます。


 静音はルーとリルを連れてアルトナミの大陸の南へ転移した。


 初めて海を渡ったというルーはきょろきょろと周囲を見回した。

 リルはルーの肩から飛び上がって、こちらも周囲を見回した。


 「遺跡、かしらね」


 静音は言った。

 なだらかな丘陵地に点在する崩れた神殿跡は、中央の神殿を円で囲むように位置していた。

 魔力糸を伸ばして各遺跡を探りながら、そこに残された魔力の残滓を辿ってみる。


 「比較的新しいものがあるわね」


 それもよく見知ったものが。

 魔力視で見ると、それが蛍の軌跡か蝸牛の這い跡のように見えた。

 そういえば、もう少し西で学者に会ったのだった。

 その後ここへ来たのだろう。

 うろうろと周囲の神殿を巡った後、また中央へ戻ってきたのが軌跡で判る。

 その後を追うと、祭壇の周囲を何度か回って、途切れていた。


 祭壇上に発動した魔法陣の名残りがある。


 静音は魔力視でしか見えないそれの中央へ手を置き、魔力を流した。

 慌てたようにルーとリルが静音の背中に触れてくる。


 するりと暗い部屋へ滑り出た。


 「もう、静音、転移するなら言ってよ」


 リルが背中から離れながら文句を言った。


 「一緒に来たのに、一人で移動するのはやめてくれ」


 ルーも珍しく責めるような口調で言った。


 「あー、ごめんなさいね」


 一人行動に慣れ過ぎていて、他者の事を忘れがちになっているのを初めて自覚した。


 「で、ここは何だ。あの神殿の地下になるようだが……」


 そう言って、周囲を見回したルーは言葉を途切れさせた。

 壁際に立つ神像に気が付いたからだ。


 「ああ、ここはシリル・バトゥの神殿だったか……」


 溜息をつくような声に、静音は光の玉を手の平から浮かせながら首をかしげた。


 「それ、何?」


 「シリル・バトゥは今ではすっかり忘れられた神だが、一時はアルトナミを席巻していた。大陸中に神殿が建てられ祭られていたから、遺跡は沢山残っているだろう。が、像が残っているのは珍しいな」


 「珍しいの?」


 「魔導の守り神としてもてはやされていたんだ。だがその魔導で世界を滅ぼすことになったわけで、不吉だと打ち壊された。眉唾だが、例の実験はこの神の神託があったからとか、そそのかされたとかいう噂もある」


 静音は眉を寄せた。


 「失敗したのは、人間のせいでは?」


 「滅亡の危機に責任を負いきれる人間は存在しない」


 ああ、そういう事か……と静音は思う。

 要するに、神を贄とする事で、アルトナミは国の体裁をなんとか保ったのだろう。


 「勝手な話ねえ、と言いたいところだけれど、この人実在するからね。やっぱり何か切っ掛けは作ったのかもしれないわね」


 静音が言うと、ルーが目を丸くした。


 「会ったことが?」


 「あるわね」


 「どこで」


 「ずっと北の方で。まあでも、実体を伴ってはいなかったと思うから、会うというか、接触したと言うべきか」


 曰く言い難い。


 「声というか思念だけなら今でも接触可能だけど。あら、そういえば、最近は音沙汰が無いわね」


 ふと気が付いたように静音は宙を見上げる。


 「います?」


 今まで何度も繰り返してきた問い。

 返事が無ければいないものとしてきたが、目の前に暗がりからひらひらと花弁が落ちてきた。


 「え、今更神様らしいことしなくても……」


 「静音、それは」


 ルーが指を差したのは、神像背後の春の壁画だった。


 「あの花の花弁だ」


 静音は振り返った。

 懐かしい、桜に似た花が一面に描かれていた。


 「かつてはアルトナミの春の代名詞だった」

  

 ますます生国日本の桜のようだ。

 リルは花弁を宙に浮かせてくるくると戯れている。


 花に舞う精霊……


 そんな小説があったような気がする。


 「春に、空と海。ああ、静音、あの海の彼方にキシュキナがある」


 像の右側を差す。光の弧は話に聞いた海上の魔法の橋だろうか。


 「静音、静音」


 リルは楽しげに宙を舞いながら言った。その瞳が淡くオパール色に光っている。


 「ここには確かに「ヒト」が二人いたわ。あの壁からまた転移したわ」


 リルが差した壁はタイルがはがれおちてグレーの下地がむき出しになっていた。

 魔力視で見ると、魔力残滓が魔法陣の形で浮き上がった。

 背後の像がきらりと光ったと思うと、魔法陣の中心に光の点が焦点を合わせた。

 光の源は神像の左目だった。

 静音は顔をしかめた。


 「これ、行けっておっしゃってます?」


 宙に向かって問う。


 返事はなく、ただ花弁が降るだけ。


 静音は唸って黙り込んだ。


 「私は行った方がいいと思うな」


 リルが花弁を両手の平に山にして寄ってきた。


 「多分、あの二人は困っていると思うわ。それと、もしかしたら静音が知りたいことが判るかもしれない」


 「知りたいことなんてないわよ」


 「そうなの?」


 リルはふわりと静音の頭上に飛び上がり、手の平の花弁を静音の髪にまとわせた。


 「でも、遺跡をあちこち見て回ったり、古い魔導書を読み込んだりしているじゃない」


 「暇なだけよ。それに、知っておかなければ利用されるだけでしょう」


 自衛は必要だろうと言うと、リルはそうね、とうなずいた。


 「なら、なおさら行った方がいいと思うわ。シリルが実体化できる場所だと思うもの」


 思わず頭上のリルの顔を見上げる。リルはにっこりと笑った。


 「見知った相手なのかしら」


 用心しつつ、尋ねる。リルは無邪気に小首をかしげた。


 「そうね。昔はね」


 「神様って、精霊と仲良しなのかしら」


 「仲良しというより、『同じもの』と言うべきかな」


 「あらやだ、あの人『精霊』なの」


 うふふとリルは笑う。


 「そうね、彼は原初の精霊。私たちよりずっと純度の高い魔力粒子の中から生まれた最初の人型よ。だからまあ、地上において、神と言われても不思議ではないかな」


 リルは全身からオパールの遊色をキラキラさせていた。

 眩しくて目を眇めながら、静音はじっとリルを見つめた。


 「『行け』と言うのね?」


 「ええ」


 リルは無邪気な笑みのまま答える。


 溜息を一つ。


 「ルーはどうする?」


 静音は後ろでやり取りを見ていたルーに尋ねる。


 「どうする、とは?」


 「私と一緒に行く必要はないわ。この先がどういう所かもわからないし」


 危うく置いて行かれる所だったと気づいたルーは首を振った。


 「勿論静音と一緒に行く。あなたと離れるつもりはない」


 「そう……」


 美貌の魔導人形は真っ直ぐ静音の目を見つめた。

 硬玉の青い瞳もまた、オパールに似た光を浮かばせていた。


 「では付き合ってちょうだい」


 神像の瞳が差す魔法陣の中心へ魔力を注いだ。



いつもいいね下さる方ありがとうございます。息切れしそうな所を助けられています。

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