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月影映る・海  作者: 林伯林
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01


 きらきらと陽光を跳ね返す青い海面。

 薄く緑を帯びてどこまでも澄んで、どこまでも人気が無い。

 そこへ、静音は素っ裸で飛び込んだ。

 魔力糸のシールドに慣れ過ぎたのと、ここが本当の意味で人が寄りつく事も出来ない無人島である事から色々と鬱積していたものが吹っ飛んだ結果だった。


***


 静音はあれから、北の海で暫く過ごした。

 やはり岸から離れた無人島で、シェルターに引きこもって、日がな一日荒れる海を眺めていた。

 たまに晴れ間があって、そういう時は想像を絶するほど美しい光景が広がった。

 人が通わぬ海はどこまでも澄んでいた。

 海には海の魔物がいる、とガイキが言っていたが、外洋に出ない限り大した魔物がいるわけでなく、たまに岸に上がってシェルターにぶつかってくる海蛇がいる程度だった。

 ぼんやりと十日ほど過ごした頃、ついに神官が話しかけた。


 ---いつまでこんなところにいる気だ。


 三日間寝台から起き上がらずにいた静音はとろとろと溶けそうな意識を浮上させた。

 「こんなところ呼ばわりはひどい。気に入ってますのに」

 寝言のような声で答えた。


 ---放っておいたら永遠に寝ていそうだから声をかけたのだ。


 静音は笑った。

 「私はもともと怠惰な人間なんですよ。許されるならずっと寝ていたいくらいです」

 眠たげに答えながら、もぞもぞと毛布から顔を出した。


 ---そろそろあの峰を越えて誰ぞが来るやもしれんぞ。


 途端に静音は不愉快げに顔をしかめた。

 魔力蛍へ意識を向けて崩れた峰を望むと、人影が一つ動いている。

 「ああ……あの人ですか」

 口数少なくずっとついていた従者の姿が現れた。

 今に至るまで何を考えていたのかさっぱり判らないが、特別につけられた以上、特殊な使命と能力があったのだろうとは思うが。

 「そういえば、ゴーレム達はどうしたんです」


 ---とっくに人目に触れぬ場所へ移動した。


 トーヤの覚書通り順番に襲ってきた魔物の「次の」個体。

 溜息をついて、静音は起き上がり、毛布の海から抜け出した。

 「あの峰を越えてくる人が他にもいそうですね」

 魔法が使える世界である。好奇心に駆られる人間もいるだろう。

 学者などは喜び勇んで越えてきそうだ。

 海岸くらいまではなんとかして来るだろうと思われた。

 静音のいる無人島は海岸から見える距離ではない為、万に一つも来ることは無いだろうとは思ったが、長居は出来ないとも思った。

 渋々顔を洗って着替えた。

 ---どこへ行く。

 静音は答えず、シェルターの外へ出た。



 その日はいつも通り曇天ではあるが、雨は時折降るくらい。風はやや強め、という天候だった。

 静音は、散々風雨にさらされた海岸をふわふわと歩き、海へ向かって切り立った崖の上へ辿り着いた。

 丈の短い草に覆われた崖の上はなだらかな丘陵地になっていた。

 海水に度々洗われる際は岩がむき出しになっていたが、他の面はそれなりに緑が広がっている。

 その緑の面をじっと見つめて静音はある場所に目を留めるとそこへ移動し、最近作りだした何の変哲もない白木の杖をとんと軽くついた。


 杖の先の地面がぼこりと陥没した。


 静音は軽く飛んで後ろへ下がった。

 へこんだ場所から縦穴が現れる。

 魔力視で中を覗き込み、魔力糸で奥を探る。

 問題が無いことを確認すると中へ降りた。


 縦穴は大した深さではなく、横穴が開いていた。

 静音は魔力視がある以上必要でもないのだが、灯りの玉を作りだして飛ばした。

 ふわふわと浮かぶ光の玉は周囲を隅々まで照らし出した。

 縦穴は内部が広く、壁面はよく磨かれた石が貼り付けられていた。

 所々はがれおちてはいたが、そこそこ綺麗に保たれている。

 海側は、掃き出し窓状の開口部が一面にあったらしいが、当然ながら土砂でふさがれている。

 床は市松模様に色違いの石板がはめ込まれている。


 明らかに昔の住居跡であった。


 静音は室内をぐるりと見回し、横穴、というより廊下の方へ灯りの玉をもう一つ飛ばした。

 幅もあり、ゆったりと歩ける通路だった。

 廊下も壁面も天井を抜いた最初の部屋と同じ石材のタイルが貼られている。

 静音はゆっくりと通路へ足を踏み出した。


 所々天井のタイルが落ちてはいたが、崩落している場所は無く、静音は魔力糸を伸ばしながらあちらこちらを「見て」歩く。

 やがて土砂に半分埋もれた礼拝堂に辿り着く。


 元は天井も高かったのだろうが、押し寄せる土砂に半分が潰されて壮麗さが損なわれていた。

 祭壇には何らかの像が祭られていたようだが、砕かれ崩れていた。

 静音は首をかしげながら瓦礫と化した像を見て、そのかけらを手に取った。

 真っ白い石を削って造られたようだった。

 杖を瓦礫の中に差し込んで魔力を流す。

 魔力に呼応するように白い石が光る。

 一際強く魔力を流すと、白い瓦礫ばかりがふわりと浮きあがり、宙に一斉に浮いたと思うと一つの像に組み上がった。


 静音の手の中の石もふわふわと像まで飛んでいき、顔の一部、頬に嵌った。


 美しい容貌だった。

 瞳はくっきりと切れ長で鼻筋は通り唇は微笑を刻み。


 「これ、あなたですよね」


 静音は宙に向かって話しかけた。


 その麗しい像は暁の神官によく似ていた。



 答えは返ってこなかった。


 静音はじっくり像を眺めてから魔力を断った。

 石像は再び崩れて落ちた。

 瓦礫の中から、何かが静根の足もとまで転がってきた。


 淡く輝く石だった。


 オパールのように、様々な遊色を浮かべていた。


 静音は顔をしかめた。


 「答えないくせに、これは持って行けということですか」


 杖の先でつつきながら言うが相変わらず返事は無い。

 舌打ちしながら収納空間へ格納して踵を返した。



 この遺跡は神殿だったらしいが、さほど大きな建物ではなかったらしく、魔力糸での探索は短時間で済んだ。

 大してめぼしいものがあったわけではなかったが、幾つか書籍を見つけ、朽ちていない事に驚きながら回収した。手に取って判ったが、「劣化しない」保存魔法がかけられていた。

 便利な物だなと思いながらタイトルを見る。

 魔導書の一種らしい。

 少しがっかりした。この世界の魔力の発動の仕方を思えばあまり静音の役に立つとも思えなかった。

 中身の文章はやや古い感じではあったが読めないことはなさそうだった。

 『魔力の源は地を走る魔力脈である』

 冒頭からそそられる文章ではあった。


 静音はふわふわと本を読みながら戻り始めた。

 が、礼拝堂を出る所でふと微かな力の揺らめきを感じた。

 顔を向けると土砂と瓦礫に押しつぶされた扉らしきものの残骸が目に入った。

 近づいてみると、力の揺らぎは残骸の下から湧いていた。

 魔力糸を使って上の物をどけてみると、どこかで見た覚えのある魔法陣が現れた。


 静音はそれを見た途端、回れ右してその場を去ろうとした。


 が、魔力を注いでもいないのに、魔法陣が光り、あっと思った時にはその光に包まれていた。



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