18
静音は、ふと顔を上げた。
海を見やり、空を見上げる。
「どうかした?」
リルが飛んできた。
静音は答えず、海の向こうをみはるかすような目をして、首をかしげた。
「静音」
リルはふわふわと、淡く緑に光る髪をなびかせて視界に入ってくる。
「向こうの方で」
静音は水平線のかなたを指さす。
「魔力が揺れたわ」
リルは差された方向を見た。
ほんのひと時の間、視線を定めたが、直ぐに振り返った。
「そうね」
静音は後ろのサマーベッドに腰掛けていたルーを見る。
「ルーも感じた?」
視力も魔力感応力も常人よりはるかに高い魔導人形の感覚を確かめる。
ルーは首をかしげたが、同じ方向を見ながらうなずいた。
「大陸の方だな。かなり距離があるのによく気が付いたな」
「魔力脈とリンクしていると、この手の揺れって結構伝わってこない?」
静音の言に二人は不思議そうな顔をした。
「え、普通は無いのかしら」
その顔を見て、静音はおやと思う。
リルとルーは顔を見合わせ、一拍置いてルーがこちらを向いた。
「我々は、そもそも人ではないので一般的かどうかは判らない。だが恐らく、普通の人間はそんなに敏感ではないと思うぞ」
聞いたこともない、と続ける。
「そうなのね……」
意外そうな顔をする静音に、そもそも、と言を継ぐ。
「魔力脈に常にリンクしている存在がそうそういるとも思えない。恐らく精霊ですらそうだろう?」
リルに問う。
「そうね。私たち、魔力粒子の集合体だし、魔力を食べて生きているけど、常にリンクしてるわけじゃないわ。むしろ、魔力変動の時の記憶があるから、今ではちょっと怖いわ」
ぶるりと身体を震わせ、腕をこする。
「怖いって?」
静音が不思議そうに尋ねるとリルはその記憶を呼び覚まされたのか顔をこわばらせた。
「あの時魔力によって形成されていた存在は全て魔力脈に飲み込まれて分解されたわ。抗う力は誰にもなかった。飲み込まれる瞬間、沢山の悲鳴が聞こえたわ」
もう一度海の彼方を見やる。
「さっきの揺らぎは、あの時の魔力の奔流にちょっと似ている気がするわ。すぐに終息したけれど」
小さな唇も震えていた。
静音は少し可哀想になってリルの髪に指先で触れた。
「ごめんなさいね。怖がらせるつもりはなかったのよ。ちょっと気になったの」
ふわっと薄緑の光が指先を通り抜けた。
本来精霊には決まった形はないはずなのだった。
「気になるなら見に行くか?」
ルーが言う。
リルはびくりと肩を震わせ、静音は考えるように黙り込んだ。
「かかわるのめんどくさい……」
正直に言うと二人は何とも言えない表情を浮かべた。
「私は別にこの世界なんてどうでもいいのよ。浄化の旅なんて一度で充分だわ」
自分の寿命の間くらいはこの世界が持つだろうからと言われて協力したのだ。それ以上のことをする義理もなければこの世界に対する思い入れもない。
「この世界の事はこの世界の人がなんとかすればいいのよ」
何度も言ってきた事を冷ややかな声で繰り返す。
リルは髪の粒子を撫でられてうっとりしていたが、そっと目を上げて契約者の顔を伺い見た。
指先の優しさとは裏腹に、固い表情を浮かべていた。
リルから見た契約主は、いつも表情が変わらないどこか冷たい印象の「人」だった。
ここ数日、故郷の主食発見で驚くほど緩んでいたが、それを見てひそかにほっとしていたのだ。
いつも張りつめた気持ちのままでは、疲れてしまうのではないかと思っていたから。
心の底から慕わしい人間が安らげないのであれば悲しい。
静音がこの世界にどうやって渡り、今に至るまで何があったかは聞いたし、実を言えばリルは時を見はるかす能力があり、まだ完全に力を取り戻してはいなかったが、それでもごく短い時を遡って「見る」程度の事は出来たので、事細かに何があったのかを知っていた。
この力が、静音の役に立てばいいなとぼんやり思って、ふと思いついた。
「私が見て来ましょうか?」
だが静音は首を横に振った。
「大丈夫よ。見たければ、魔力蛍を飛ばすし、飛ばしたわ」
やることは早い契約主だった。
「でも私、時見が出来るの。何があったか「見られる」と思うわ」




