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月影映る・海  作者: 林伯林
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15



 「セラに会っただと?」


 海を臨む丘陵地の遺跡群調査の護衛にガイキを呼び出し、真っ先にそれを伝える。


 「うん。元気そうだったよ」

 学者は海の方を指さした。

 「もっと西の方に崩れた神殿があってさ。ここに来る前にちょっと寄ったんだよね。そしたらそこにいたよ」

 「何をしていたんだ?」

 「彼女も遺跡を探していたよ」

 「遺跡?なんでまた」

 「さあねえ。旧アルトナミの文明に興味があるみたい。海の方に興味津々だった」

 「海……まさか海の底の?」

 学者は肩をすくめた。

 「彼女なら海の底も探れそうだ」

 うらやましい、と笑った。

 「そのこと、上には?」

 「言ってないよ。予定通り王都にも戻らずここに直接来たんだし」

 それでも、伝書の鳥を飛ばすなりなんなりすれば報告くらいは可能だろうが。

 「僕、別に王家の諜報員じゃないし」

 義務もないし。

 淡々と言って、歩きはじめる。


 最初に潜るのは、遺跡群の中でも最も傷みが激しい建物で、以前の調査では「何もない」と結論が出された場所だった。

 ガイキも事前に渡された資料でそれを知ってはいたが、雇い主がそこへ行くと言うのなら黙ってついていく。


 学者は、崩れた柱や壁をよけて、奥にある祭壇らしき石の台の傍まで歩いた。

 「ここはさ、神殿だったと言われているんだけどね」

 側面に刻まれた、だいぶ摩耗している模様らしきものに指先で触れてぐるりと台の周囲を回った。

 「祭られていたらしきものが何にも残ってないんだよね」

 ただぽつんと祭壇のみが残る神殿……

 「ま、何か価値のあるものだったなら持ち去られた可能性もあるんだけどさ」

 にしても、痕跡も全くないんだよねえ、と学者は呟く。

 側面にはうっすらと星のような印が刻まれていた。

 学者はその位置を確認しながら、用心深くもう一度ぐるりと回る。ゆっくりと。

 「ちょっと歩き回ることになるけど、いい?」

 ガイキの顔を見る。

 「俺は護衛だ。気遣いは無用だ」

 「ん。じゃあよろしく」


 学者は祭壇を離れて遺跡を出ると、順番に遺跡群の遺跡を巡り始めた。

 それぞれ、傷み方は様々だったが、大抵は何も残っておらず、学者は床の一部や柱の一部をじっくり調べながら、資料を見ながら書きこみながら、魔導具らしきもので「画像を撮りながら」、健脚を発揮した。

 ガイキは表情には出さずにいたが、多少驚いていた。

 学者の見た目はひょろひょろで、体力などありそうに見えなかったし、浄化の旅でも王子と一緒に馬車移動が常だったからだ。

 何も言わずにずっとついて歩いたが、学者は疲れの一つも見せなかった。


 全部を見て回るのに三日をかけた。


 その間、ガイキは文句ひとつ言わずについてまわり、学者は学者で一人の世界に入り込んでいるように見えた。

 時折思い出したようにガイキを見て、「次はあっち」などと指示したりはしたが。


 最後に、最初の祭壇がある神殿あとに戻ってきた。

 もう一度刻まれた星を巡るようにぐるりと祭壇を回る。

 と、指先から流した魔力に反応して、側面の模様がうっすらと輝きだした。

 祭壇上から側面へ刻まれた様々な長さの溝だ。ランダムに思えたが、学者はその一つ一つに意味があるとでも言いたげに指先で丁寧に辿る。


 「あ」


 不意に学者が声を上げる。と同時に、ばちんと弾くような音がして、学者の手から黒い煙が上がった。

 ガイキは咄嗟に水魔法で水泡を生成し、学者の手に押し付けた。

 「あ、ありがとう……」

 学者は水泡に包まれた黒焦げの己の手を呆然と見つめながら、ガイキに礼を言った。

 「大丈夫か」

 腰のバッグから回復薬を出そうとしたガイキを無事な方の手で押しとどめ、そのまま弾かれた場所にもう一度触れる。

 「おい……」

 ガイキが思わず止めようとするが、学者は首を振った。

 「大丈夫。ちょっと間違っただけだから」

 大したことではないように言って、水泡から抜いた焦げた方の手で床まで刻まれた溝の終端にある星に触れた。

 途端、先ほどのショートとは比べ物にならない程の強烈な光が弾け、ガイキは思わず腕で目をかばった。

 その腕を学者にぐいと掴まれて、ガイキは何事かと顔を上げた。




 真っ暗な空間に、佇んでいた。




***



 「ここはなんだ」


 ガイキは周囲を見回し、声の反響で、閉鎖された大き目の部屋である事を察したが、とにかく暗い。

 手の平から光の玉を生み出して浮かばせる。

 そしてその腕を掴んでいる学者の姿を見て息をのんだ。


 「おい」


 折角水泡で冷やした手が、まだ煙を上げていた。

 今度は肘近くまで黒ずんでいる。

 先ほどより大きな水の塊を出し、学者の腕をつっこんだ。

 「なんでこんな無茶をする」

 腕を掴みっぱなしの学者の左手を外させようとすると、学者は大きく息をついて、その場に座り込んだ。

 「おい」


 「うまくいった~」


 力の抜けた声を出して腰のバッグから回復薬らしき瓶を取り出し笑う。

 ガイキは呆れてみおろし、学者の傍らに膝をついた。

 学者は水泡から焦げた腕を引き抜くと、回復薬をふりかけた。

 一般に出回っている回復薬とは違う色と匂いがした。

 見る間に表面の炭化した部分は剥がれ、健康な皮膚に覆われていく。


 「特別性か?」


 効き目が良すぎる事に対して、ガイキは言及しない。


 「うん。僕が調合した」


 肘から先の布がなくなったため、腕がむき出しになった学者は、指先を握って広げて異常がない事を確かめた。

 傷一つなくきれいに治癒された腕に見えたが、掌に傷が見えてガイキは目を眇めた。

 

 「傷が残ってるぞ」


 貴族の身体に、と言いかけ、その傷が、先ほど祭壇の側面に刻まれていた星と同じ形状である事に気が付く。

 学者はガイキの顔を見て、へら、と笑った。

 ガイキは渋面をこしらえた。

 「これの為か」

 「いや、違うよ」

 慌てて学者は首を振った。

 「順番に神殿を巡って星を「解除」したけど、一個足りないな~とは思ってたんだよね。でもこういう事だとは思わなかったってば」

 「予測していなかったというんだな?」

 「当たり前でしょ。僕だってわざわざ痛い目にあいたくないよ」

 ガイキは溜息をついた。

 「俺はあんたの護衛だ。本来ならこういうことを避けさせる為にいるんだ」

 「ごめんって。でもこれは、ここに来るための鍵なんだよ。僕に必要なものであって、君には不要でしょ」

 「であれば、事前にある程度は説明しておいてくれ」

 やめろとは言わないガイキであった。

 「わかったよ」

 学者は言って立ち上がった。

 「で、ここは何だ」

 学者に遅れて立ち上がり、ガイキは問うた。

 「神殿の地下、かな」

 天井を見上げ、学者も光の玉を浮かべて上昇させる。

 かなり高くのぼらせ、ようやっと見えてきた天井は白い石材で作られていた。

 「昇降口があるわけじゃないから、転移魔法でしか出入りできないけど」

 「不用で埋められたというわけではないんだな?」

 「出入りの方法があるからね」

 「まるであることが判っていたような言い草だが」

 「うん、まあ」

 幾つか光の玉を放って、部屋の広さを確かめるように壁際まで飛ばした。

 石造りの壁に華やかな色合いの絵画が彩色されていた。

 その絵画をじっくりと眺めるように、ゆっくりと光の玉は移動する。

 ふわふわと舞う光は、やがて中央近くにある一つの像に近づいていく。

 下からゆっくりとらせんを描くように上昇する光の玉に映し出される人物像。

 頭部は端正な微笑を浮かべる男性の顔であり、静音がここにいれば、見知った神官そっくりであると気づいたであろうが、学者やガイキには知る由もない。


 「昔の神様の像だね」


 学者は言った。

 「ここだけじゃなく、他の遺跡でも見たことがあるよ。もっとも……」

 そのいずれもここと同じく隠された場所に設置されていたけれども、と続けた。

 「何故また。というかあんた、さっきから思っていたが、こういった所に来るの初めてじゃないんだな?」

 憮然とした顔をするガイキに学者は首をすくめて詫びるようなしぐさをしてみせた。

 「どうもねえ、忌避され遺棄された時期があったようなんだよね。壊された像も見たことあるし」

 「この神については、何か残っていないのか?どういう神だったんだ?」

 ガイキは頭を切り替えたらしく、調査の方へ意識を向けた。

 「それがね~、わかんないんだよ。像はこうやって残ってても、経典とかそういうものが全く見つからなくてさ。ここに来たのもそういうのがないか期待してたんだけどね~」

 学者は神像を見上げながらそういうと、壁の絵を眺めはじめた。

 四方の壁、神像の背後には、春らしき花の風景、左には鳥が舞う空、右には海が描かれていた。

 海のはるかかなたには小さな島らしき影があり、そこへ向かって光の弧が描かれている。

 神像の正面には、神像を映した姿が山脈を背景に丘陵地に佇んでいた。

 学者は記録を残す魔導具らしきものを出して壁に向けた。


 「何かないかなあ。この前セラには恋愛小説もらったんだよ」


 「は?」

 場にそぐわない言葉にガイキは眉を寄せる。

 「古代遺跡から出てきたんだってさ。拾い読みしてみたけど、随所に「暁の光がさしますように」って文言があってさ。多分あれ、宗教的な何かだと思うんだよねえ」

 「暁か……。確か例の神官も「暁の神官」とか呼ばれてたよな。あの神殿も「暁の神殿」とか言ってたし。一体誰が言い始めたんだ?」

 「トーヤの覚書だね。そこがもとから「暁の神殿」と呼ばれていたのかどうかは定かではないけど。調べてみたけど、あの辺殆ど何も残ってないんだよ。災害やらなにやらで根こそぎさらわれちゃっててさ」

 「セラがもしあそこで……」

 言いかけてガイキは、目の端で何かが光ったことに気が付いた。

 光が何かに反射したらしい。

 床の上だ。

 歩み寄ると、小さな石だった。


 「魔核だね」


 拾い上げると、学者も興味深げに覗き込む。

 半分ほどが魔力が抜けたのかグレーに染まっていたが、もう半分は力を残しているのか真珠色に光っていた。

 「珍しい色だな」

 「そうだね。何の力の石なんだろう」

 手の平の上で矯めつ眇めつしながら学者は首をひねった。



 正面の絵の中に神像がある。

 像そっくりな絵。

 学者はその前に歩み寄ると、光の玉の光度を上げて隅々まで照らし出した。

 そして、緩やかに微笑む神像の左目が光を帯びている事に気が付いた。


 「あそこかな?」


 学者の言葉にガイキは実物の神像の顔を見上げた。

 へこみがあるようには見えなかったが。

 「試してみるか?」

 学者は頷いて石をガイキに渡した。

 ガイキは祭壇に足をかけて上った。

 大柄なガイキが腕を伸ばして漸く届く場所だった。


 石を目元に持って行くと、石像であるはずの瞼が微かに動いた気がした。

 警戒しながら石を触れさせる。

 と、するりと石が中へ取り込まれて姿を消した。




 かしゃん、とどこかで何かが落ちる音がした。


 

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