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どうやら過去キシュキナでも米は食べられていたらしい。
他国から輸入していたのかルーに尋ねると、ルーは不思議そうな顔をした。
「これが米なのか?キシュキナでは馴染みが無いが、少し北の方で作られていたと記録には残っている」
だが、静音が見せたような水田で栽培するわけではないという。
麦と同じように作るそうだ。
にわかには信じがたいが、静音は一応ルーに断って米の袋を格納空間へ放り込んだ。
足りなくなれば、いつでも自由に取りに来ていいと許可もとった(許可など必要ないと言われたが)。
数があるので暫くは持つだろう。
米を炊くなら鍋がいると他の棚から鍋も調達した。
「よしよし、今晩は米炊くぞ」
静音はほくほく顔で建物を出た。
「静音、お洋服見るの忘れないでね」
リルが釘をさすように声をかけた。
「大丈夫。忘れてないわ」
と答えたものの、このまま即座に帰って米を炊きたい気分になっていたことは否めない。
「本当?」
疑い深そうな顔でリルは問うたが、静音は誤魔化すように笑いながらうなずいた。
「本当本当。さ、衣料品見に行こう」
スキップしたくなる気分を押さえながら、続きの店を見て回る。
場所が海辺であったためか、水着やサマードレスのようなラフな服が沢山あった。
「靴もサンダルが多いわね」
サイズが合いそうなものを手に取って眺めてみる。
靴底はゴムに似た素材が使われていた。
静音はふと思い立ってスキャンしてみた。
今まで散々身を守ってくれた魔法だが、果たして素材の分析まで可能なのか。
そうして見えたものに困惑し、ここは異世界であると再認識した。
「どうかした?」
不思議そうに顔を覗き込むリルに、苦笑いして答える。
「うん。このサンダルの底、何かの虫の吐き出す液体を固めたものらしいけど、その虫って魔物かしらね」
「そうなの?」
リルはルーを見る。
ルーはサンダルの底を見て頷いた。
「ああ、南方にはよくいる虫で、こういうものの素材としては一般的だ。繭吐き虫と呼ばれていて、見た目は大きな芋虫だな」
大きいとはどれくらいだろうか、と静音は想像しかけて首を振った。
浄化の旅で出会った魔物にいなくて良かったと思う。今のアルトナミは緯度が比較的高い国なので出会わなかったのだろう。
「苦手か?」
ルーがきいてくる。
静音は苦笑いする。
「そうね。虫は全般的に苦手」
「だが、この手の加工品は避けて通れない」
「ああ、加工品は大丈夫よ」
無表情だが、心配そうにこちらを見るルーに笑んで見せる。
「私、恐らくルーが考えるより図太いから心配しないで」
遠征隊にいた光魔法の貴族令嬢たちでも、加工品にまで悲鳴は上げないだろう。多分。
というより、あの性根で虫一つに怯えたりするのだろうか。むしろ平然と叩き潰す方が容易に想像できてしまう。
嫌な事を思い出したと静音は首を振った。
「サマードレスが涼しそうだから二、三着貰っていくわ。サンダルもね」
肩や腕を出す服装はアルトナミではありえなかった。アンナ曰く、「淑女がそんなはしたない恰好をしてはいけない」そうだ。召喚が夏場だったら何を言われたかわからない。
「静音、あっちのお店にもお洋服あるわよ」
リルが外から呼んだ。
少し離れた場所に、どう見ても高級ブティックの店舗あとと思われる建物が建っていた。
だいぶ崩れてはいたが、最近まで維持の魔法が利いていたらしい。
商品は、店内にあるものは流石に駄目になっていたが、奥の倉庫にはかろうじて維持魔法が残っており、それなりの数が無事残っていた。
上質な生地で作られたシャツ、スカート、ズボン、小物。
馴染みのあるものばかりで、静音は少し不思議な気持ちになった。
「私のいた世界の一般的な服と殆ど同じなんだけれども、どうしてアルトナミはあんな先祖返りしたような古式ゆかしい恰好をしていたのかしらね」
「そうなのか?」
「お城の貴族はドレスにコルセットよ。足を見せるのは下品と言われたわ。男の服装も大差ないわね」
ルーは首をかしげたが、ふと何かを思い出すような顔をした。
「アルトナミは、厚く着る文化だったような気がする。過剰に重ねるんだ。キシュキナの気候には合わないのでこちらではこちらの服装に合わせていたが、何かいつも困惑していたな」
「だからってコルセットまで復活させなくてもと思うんだけど」
「あの国のやることは判らん」
ルーはその一言で〆た。
静音は笑ってしまった。
確かにわけのわからない国だったので。
幾つか、シャツやスカートやワンピースを見繕って、維持魔法の魔核には魔力を足して出てきた。
隣にはスポーツ用品店らしき店あとがあり、望み通りのスニーカーを見つけて喜んだ。勿論靴下も下着もあった。
そしてタオルが沢山積んであった。
***
静音の鼻歌が止まらない。
この世界に来て不便していたものが一気に解消されたのだ。
それはもう上機嫌になっても仕方ない。
その上米まで手に入れた。
目下鍋にて初の米炊き挑戦中である。
インドア人間であったため、炊飯器以外で米を炊いたことなどなかったが、参照のみOKのネットが活躍した。
有難さに思わず手を合わせた静音であった。
「米ってそんなに美味しいの?」
リルがふわふわと鍋の周りを舞いながら尋ねた。
熱くないのかと心配になるが、精霊には蒸気も火も影響無いらしい。
「主食だからね。パンみたいなものなのよ」
「ふうん」
「こっちの米のある地域の事は知らないけど、精霊はそこにはいないものなの?」
「いるとは思うけど、私は知らないから……」
リルはふわりと浮きあがると、静音の肩に乗ってきた。重みは無い。
「出来たら少し食べてみる?でも精霊の食事って魔力よね?」
静音は先ほどとってきた魚をまな板(これも商店にあった)の上で捌きながら問う。
リルは魚を覗き込みながら首を振った。
「そうなの。だから私が食べるより、静音が美味しく食べて気分良くなってくれる方がいいの」
「そっか」
商店には、醤油に似た調味料や香辛料などもそろっていた。
刺身を作って食べたかったが、慣れない土地の生き物を生で食べて大丈夫かどうか自信が持てなかったので、今日も熱処理する。
焼くのが一番簡単で良い。
根菜類だけでなく葉物もあったので、レタスに似たものを洗ってどっさり陶器のボールに盛った。
トマトも切って放り込み、オリーブオイルと塩胡椒とレモンを絞ってドレッシングとした。
「綺麗ね」
リルが嬉しそうに呟いた。
言われてボールを見ると、緑と赤が綺麗だった。
「艶々してておいしそうよね」
静音が答えると、リルは曖昧に笑った。
不思議に思ったが、鍋が吹きこぼれはじめたので慌てて火の傍へ駆け寄った。
静音の肩から浮き上がったリルはふわふわと静音を背後から眺める。
その更に後ろから、結界越しにルーが見つめている事に、気が付いていたのかいなかったのか。
珍しく楽しげに動き回る静音は米に夢中になっていた。
あと少しでストック分が尽きそうです。




