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虹色の繭を割って、リルが出てきていた。
髪の色も瞳の色もそのままだったが、姿が十六、七の少女になっていた。
金木に変じ、深く伸びた根が魔力脈から無尽蔵に魔力を吸い上げる為、急激に力を増した為の変化らしい。
リルは、静音からそう聞いた。
静音は、すぐ傍に存在した。
姿は現さないが。
リルは今度こそ、それをはっきりと感じ取ることが出来た。
「この島全体を聖域としましょう。静音の住処として」
リルの言葉に、耳元で笑う声がする。
そもそもこんな所に来る者がいるはずもない、と。
「いえ、この幻影を見せた以上、いずれ再び海に橋を架ける者が現れるでしょう。空を飛ぶ物を作るでしょう。ここへ至ろうとする者は現れる。人には禁忌の地として知らしめてもらいましょう。幸い学者もエイディスもいますから」
笑い声は続く。
学者もエイディスも人間ではないか、と。
「片や渡り人の血を引き、片や精霊に好まれ、加護を持っている。人ではありますが、人に禁忌を知らしめるにはふさわしい存在でしょう」
何かを思い決めたような硬い口調。
どうしたの、話し方がいつもと違うわよ、と宥める声にリルは首を振る。
「私は変わりました。前と同じではいられません」
前と違っていても、気負う必要はどこにもないわ。可愛いリルのままでいいのよ。
そよ風のような柔らかな言葉にリルはそれでも頷かない。
あなた、もしや以前はそういう感じだったの。意外だわ。やっぱりシリルになんとなく似ているわね。
そう言われて、リルは複雑そうな顔をした。
シリルに似てるって言われるとやっぱり嫌?
それで特段嫌う事は無い、と静音は言ったはずだったが。
「嫌というわけではないです。私の知るシリルは穏やかで優しくて生真面目で、太陽神を心から慕っていました。そして私たちは太陽神にとても大事にされていました。あなたが、ルーや私に対してそうだったように」
懐かしげに水平線を見やりながらリルは目を和ませた。
「私はとても、幸せなのだと思っています。以前の太陽神にも、今世の太陽神にも近しく接する事ができて」
にっこりと笑う。虚空に向かって。
ひとかけらの静音の気配に向かって。
「闇竜との戦いの場へ顕現したのは、シリルであってシリルでない。あれをシリルとおっしゃるなら、嫌、ですね」
呟くようにリルは言った。
「あれは、もう殆ど存在が曖昧な者たちが、最後にとった形です。太陽神を愛するあまり、徐々に弱って希薄になっていった眷属たちの一部。シリルと同じであった者たち。シリルと同じようにありたかった者たち」
どういうことかしら、と気配が不審げに問う。
「太陽神を失くして、最も弱ったのは闇の精霊たちでした。光が輝くほどに、闇は濃く存在するものですし。自失状態で弱るばかりの精霊たちの中で唯一己を保ち、アルトナミのあの自殺行為な実験をなんとかしようとした者がシリルです。どうにもなりませんでしたが。とはいえ、長い時間をかけてあちこちに仕掛けを残し、最期は魔力脈へ身を投じ、太陽神とも混じりあった。そしてどうにか暴走を抑えた。それを羨んでいるのがあれらです。ぼんやりしていただけのくせに」
吐き捨てるように言った。
「ただ、シリルの意思が残っていたようです。僅かに。あそこに現れるよう導いたのは、その意思でしょう。もう希薄な者たちですから、容易にそれが可能だったのだと思います。シリルであってシリルでない、と言ったのはそういうことです」
幾つもの意思が混ざり合った存在。
精霊って不思議な存在ねえ、と気配は言った。
「あなただって本来は、精霊と近い存在なのですよ」
リルは笑いながら言う。
実感がわかないわ、と気配は応える。
もう人ではないのは確実だろうけれども、と。
リルは応える事が出来ず、黙り込む。
そういえば、竜の亡骸から立ち上がった光の柱があるわ、とふと思い出したように気配が言う。
あれは、シリルもどきがなしたことなのかしら。
「シリルの先見がそう導いたのでしょう。先見や過去視は闇に発現しやすいのです。あれらはそれ故、極力表に出ないように過ごしてもいました。シリルはその力が特に強く、闇の精霊の中でも異質な存在でした。「見た」のでしょうね。色々と。そう言えば、祈りの乙女、レイメはシリルの力を極々薄めた、似たような力を持っていました」
ああ、あれはあれで、生きづらそうだった、と気配は言う。
見なくていいもの、見たくないものまで見えてしまう。心を守るためには、いずれにせよ「庭」のような逃げ場所が必要だったのだろう。
私と違って、繊細そうな人だったし、と心の底から気の毒がっているように気配は言った。
「あなただって、繊細な人ではないですか」
悲しげにリルは微笑んだ。
そうかしら、そんなことないわよ、と気配は応える。
「そうでないと思うなら、そうしたのはこの世界であり、我々です」
元の世界でも、ことさら繊細な人間であったような気はしない。ごく普通だったと思う。
と言った気配に、それでもリルは首を振った。
何も言わないリルに、気配は笑う。
逞しくなった、ということよ。別に悪い事ではないわ。私は納得しているし、それでいいじゃない。あなたが全てを背負い込む必要はない。あなたは世界ではないし、全てでもない。
リルは返す言葉もなく黙り込んだまま。
気配は軽い笑い声を残して薄れた。
上空へ意識を向けてしまったようだった。
「静音……!」
思わず叫びに近い声で呼びかける。
すぐ戻って来るわよ。いえ、何時だって傍にいるわ。今のあなたなら感じる事が出来るでしょう?
薄く薄く、星の地表全てを覆うように広がってしまった静音であったもの。
そう、感じることは出来る。
常に、リルの傍にあって、リルを包み込んでいる。
それでも、呼びかけにすぐに答えて欲しいと願ってしまう。
「困った子ねえ……」
愛しく、懐かしい声に、リルは驚いて顔を上げる。
そこには、色のついた影のような儚い存在ではあるが、静音の姿が浮かび上がっていた。
色々変わりましたね。
短いですが、試しに上げてみます。




