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月影映る・海  作者: 林伯林
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 エイディスは呆然と立ち尽くしていた。


 先ほどまで心地よい場所で夢うつつに揺蕩っていたのに。


 一体何が起こったのか。




 遠くから己を呼ぶ声がする。


 振り向くと、既に懐かしい気がする学者がこちらへ走ってきていた。


 驚いたことに、精霊を伴っている。


 今のエイディスには薄緑の精霊がはっきりと見えた。



 いや、驚くことはほかにもあった。


 周囲はどこかの山の古い火口かと思えるような景色であったが、そこに重なるように。


 伝説や古代の書にしかない、旧魔導都市の姿が幻影のように浮かんでいた。


 ここはどこかの保養地でもあったのか。


 海辺の景色と、海辺ならではの軽装で楽しげにそぞろ歩く人々と、白亜の建物。


 遠く海には魔導橋。


 道は綺麗に舗装され、ゴミ一つ落ちていない。


 目立たないように動く魔導人形がそれを維持している。


 時折、恐らくは魔導車が走り抜ける。


 動力は魔核という事だけは判っている。古代都市の乗り物。



 行く手を阻むように腕を上げると、それらは通り抜けていく。


 立ち尽くすエイディスをも。



 「一体、何が起こっているんだ」



 呆然とした呟きに、息を切らせて走ってきていた学者も首を振る。


 「判んないよ。世界が闇に呑まれた後の事は、僕なんかの、いや人知を越えている」


 息を乱している学者の傍に浮かんでいる精霊を見やる。


 「君は説明出来るんじゃないのか」


 「あれ、この子見えるの?」


 学者が驚いたように顔を上げた。


 「私は本来魔力量が多かったらしいです。何か古の呪いとやらで力が奪われ、それがあの鳥の瞳だった石に魔核となっておさまっていたとかなんとか」


 「あ、そう言えば」


 学者がばつの悪そうな顔をした。


 「御免、あれ片方僕が握りっぱなしで転移しちゃって、しかもそれ、ガイキの剣に力として渡しちゃったんだ。戻せるかどうかわかんない。セラに聞けばなんとかなるかもしれないけど、今のところセラにどうやって連絡取ればいいものか」


 最後は存在を解いてしまったと聞いている。


 「ああ、ええ……」


 エイディスは曖昧に答えた。


 実を言えば、大方の事はあの浄化の石のなかに溶け込んでいた時見ていた。半ば眠りながら。それ故全ては夢の中の出来事のようにも感じている。


 それ以前の己の運命に関しても。


 「セラとはそのうち会える気がしているんだけど、ガイキの方がどうなったのか皆目見当がつかなくて」


 学者は目の前を通り抜けた魔導人形の幻影に視線を奪われつつそう言った。


 エイディスにしてみても、それまで魔力に頼らず生活していた為、半分が戻らないと言われても不都合があるわけではない。


 「まあ、それは後回しでいいですよ。別段困っているわけでもないですし。ところで」


 周囲をもう一度見まわす。


 「ここ、どこですか」

 


***



 ここは、大洋の真ん中にある島で、更にここはその島の古い火山の火口だと知らされた。


 そして、島は、渡り人の現在の住処であるとも。


 その渡り人は、存在を解いてしまい、薄く星全域に広がってしまった。


 そして界渡りのように夢を渡る術を身に着け、もう元のような姿を取ることに拘る様子も見えなかった。


 それをエイディスはあの浄化され尽くして特殊な空間となってしまった石の中でつぶさに見ていた。


 何しろ、渡り人はあの石を己の持ち物として暫く持ち歩いていたのだ。収納空間へ格納して。



 神器であった杯へ放り込まれた時、一瞬死を覚悟したが、気が付けば弾き飛ばされてこの聖域へ来ていた。


 一体何故この場所であったのか理解できない。


 もしかしたら学者がいたからだろうか。



 「渡り人の眷属となった精霊は、ここを彼女の居心地のいい場所へ戻すと言っていましたが」


 強固な結界で囲って、以前のような環境を取り戻すと。


 だが、渡り人は既に定められていたかのごとき術と装置でもって、星から闇をはらってしまった。


 何か思いつめていたあの精霊はこれからどうするのだろう。


 「既に、恐らくは、彼女にとって好ましい場所に戻ってしまったようだよね。元通りなのだろう?」


 火口は未だ聖域として結界の中にあったが、徐々に晴れていく闇に伴って出入りは自由になるだろう。


 そうすれば、学者など、飛び出していきそうだ、とエイディスは思う。



 火口の真ん中には、巨木が伸びあがっている。


 学者に聞くと、驚いたことに先ほど苗木を植えたばかりだと言う。


 緑の精霊に促されて所定の位置に植えた苗は、南の大陸にのみ存在するとされる伝説の樹木であり、見る見る成長した後、魔力を迸らせて光の柱になったそうだ。


 その光の柱に巻き込まれてどれほどの時間か意識が無かったという。


 学者もまた、気が付くと金木の傍らに横たわっていたそうだ。



 巨木はまだ光を帯びて柱の中にある。


 暫くは、古代都市の幻影とともに柱もあるのだろう。


 「魔導の橋って本当にあったんだな」


 砂浜から海を臨むと水平線へむかって、一条の光が走っている。


 その上を自動で動く乗り物を使って商隊や人間がにぎやかに行き来しているようだった。


 「そうだねえ。今まで伝承とはいえ、お伽噺だと思っていた諸々を見直さないとねえ」


 のんびりと学者は応える。


 ゆったりと空を行く乗り物さえ見えた。


 伝承によれば、魔力暴走以前も飛行型の魔獣などはそうそう現れなかったとも聞くが、魔獣除けの特殊な波動を放つ魔導具を備えていたと聞く。


 その巨体を包む結界は空に虹色に光っていたとも。


 学者は水晶玉のようなもので、その映像を追っている。


 「それは遺物ですか」


 不思議な事をする、とエイディスは学者に問う。


 「そう。これね、映像を記録できるんだけど、幻影でも大丈夫だといいなあ」


 何気なく出してきた魔導具がとんでもない代物だった。


 「空飛べるっていいよねえ。僕が生きている間にああいう乗り物が出来ないかなあ」


 エイディスは空を飛びたいなどと思ったことはなく、首をかしげる。


 「ある程度上空から見下ろすと、測量が楽でしょうね」


 地図も作成しやすいだろう。


 エイディスの答えに学者は笑った。


 「僕は単純に空を飛んでみたいだけだよ」


 他者には無い発想で、新しい魔導具を次々と開発してきた学者である。エイディスはそれを冗談としかとらえなかった。


 理解されていない事は判ったが、それ以上は言わず、学者は周囲の幻影を遺物の魔導具で撮影し続けた。


 ぱたぱたぱた、と薄羽を羽ばたかせながら、緑の精霊エイファが学者の肩に乗る。


 何事か学者の耳元で囁き、学者は穏やかに微笑を浮かべる。


 それをエイディスは多少の驚きを持って見た。


 学者は飄々としていて、いつも笑みは皮肉に歪んでいたように思う。


 彼もまた、王家によって制約の紋など刻まれていたと知ればそれもまた無理からぬことと思える。今、穏やかに微笑むのであれば、それらのくびきから逃れて、自身を守るための頑ななスタイルをとる必要もなくなったのだろう。


 「エイファがね」


 不意に学者が話しかける。エイディスは我に返った。


 「飛びたいなら飛ばせてくれるって言うんだよ。そう言えば、ついさっき、金木が爆発的に成長した時、上までふわふわ連れていかれたんだよね。君もどう?」


 「はあ……」


 「まずは上の枝まで……って言っても、あの光の柱がおさまらないとね」


 闇は薄まり、火口には日が差してさえきた。


 上空を見上げると、まだわずかにグレーががかっているが青い空が広がっている。


 光の柱はまだ金木を内包して立ち上がっている。


 エイディスは、アルトナミ王都に突然現れた光の柱と魔法陣を思い出す。これもまた、石の中から見たものだったが。


 「おさまるでしょうかね」


 「おや、このままと思うのかい?」


 「王都の魔法陣の事もありますし」


 「ああ、そう言えばそんなものもあったね」

 

 「あれだってなくなっているかどうかわからないでしょう?」


 「まあ、そうだね。もう役目は終わっているような気もするけども」


 「残ってもいいように思いますがね。戒めとして」


 学者は笑みの形に口を歪めた。


 何に対する戒めだ、と言いたげな顔だった。


 あの王家に関して言えば、反省などするとも思えない。


 「王は闇竜に変じた後、始祖王に憑かれて砕かれました。王子はそれを見ていたわけで、前王よりはまともな統治をするでしょう」


 は、と学者は皮肉に笑って肩をすくめた。


 実利一辺倒の王子だが、それ故に、確かに前王よりはマシにはなるかもしれない。 


 あの公爵らが生き残っている以上、それもどうなるかは判らないが。


 「どうせ適当な嘘をばらまいて、自分たちに都合のいい物語を作るんじゃないか」


 「つぶさに見ていた吟遊詩人が、全てを詩にして残すでしょう。彼は天の使いを呼ぶ程の腕前の持ち主だと知れ渡っています。「加護を受けた者」として、誰もが信じるでしょうし、王族も滅多な事では手出しできないでしょう。実際、精霊の加護はある」


 吟遊詩人を連れ去ったのは、月神だ。


 あの場にいた人間達は知らぬ事ではあるが。


 ただ、一瞬で恐ろしく清浄な気に満たされたホールで起こった出来事を、彼らもまた他者へ伝えるだろう。


 「そう言えば……」


 学者は顔を上げた。


 ずっと微かに、心の底に触れるように静かに流れ続けていた竪琴の音。


 それが、今でも続いている。


 意識して耳を傾ければ、響いてくる。


 「彼はまだ奏で続けているのか」


 エイディスもまた、それに意識を向けた。


 地下水の流れのように、心の奥深くで微かに響き続けている。


 「渡り人の歌を待っているのかもしれません。力を含んだ歌声でしたから」


 あれ程澄んだ美しい歌声を聴いたことがなかった。


 王都中に響き、皆が聞き惚れた。


 「意外な才能だったよね。びっくりしたよ」


 学者も驚いたのだったが、精霊エイファは当然のような顔をしていた。


 実際、魔力粒子を集めて練り上げ自在に扱う事が出来る以上、それを歌声に混ぜて拡散させるくらいは息をするのと同等程度の事だっただろうとエイディスは思う。


 ただ、彼女の歌に関しては、誰もが予想外でもあったのだ。


 王家やその周辺も、彼女の魔力や魔法の才能にしか興味が無かったからだ。


 「あれは魔力や魔法とはまた違った能力ですよね」


 「吟遊詩人になれるんじゃないかな」


 「そうかもしれませんね」


 希代の歌い手にもなれるかもしれない。



 エイファはふんふん頷きながら、金木のてっぺんを見やった。


 カエンを始め、ここにいた精霊の殆どがそこに集まっている。



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